第二話 『黒竜の誓約』 その7
「いつもながら、メリッサの作る料理は最高だな!」
「はい。お姉さまへの愛情がたっぷりと注がれていますから!」
小屋の一つで、ディナーは始まる。アレサ好みの牛肉たっぷりのシチューに、ふわふわのマッシュポテトが添えられた分厚い牛肉のステーキ。ジギーの畑が生み出した傑作を使い切る勢いだ。
メイドとしての洞察も一流で、メリッサ・ロウはジギーの保存していた食料のなかから最良の味を見つけ出してもいる。
「ちゃんと、銀貨は置いておきましたからね!相場通りに!」
「ああ、それが良いよ。過剰な施しを嫌うからね、彼は」
「そんな気がしました」
「どうしてだい?」
「どの仕事も几帳面だからですかね。巨人族の方には、多い傾向だとも思います」
「若いのに、そんな視点で物事を捉えられるのは貴重な才覚だよ。さあ、君も座って食べるといい。給仕係は要らないよ。アレサも、オレも、そういう態度を求めたりはしないさ」
「……そう、みたいですね」
お姉さまに詳しくなっている。一秒一秒、戦いのことを相談し合いながらでも。いや、むしろそれが戦士であるアレサには頼り甲斐があるのかもしれない。自分の仕事を奪われつつあるような気持ちがするが……今夜のシチューとマッシュポテトは、誰にも負けていない。
ロウソクの灯りが踊るテーブルに着いた。貴族然とした燭台なんてあるはずもないので、あまりにも庶民的なディナーの席になりはするものの、巨人族仕様の大きさのテーブルのおかげで、三人分の料理を置いても十分な余裕があった。
愛情がたっぷり融けたふわふわのマッシュポテトを口にしながら、メリッサはようやく緊張が和らぐのを感じる。良い味は魔法があって、無条件で人の心を落ち着かせるものだ。その作用を愛するお姉さまにも捧げられたであろうことを自らの舌で確認する。それもまた、メリッサを幸せな気持ちで包んでくれるのだ。
食事は進む。
戦いと逃走劇は、三人の体力を十分に奪ってもいた。料理の味を更に増す食欲の深まりがあったのである。空腹を肉とシチューとジャガイモで満たし終わるころ、アレサの感覚が巨人族の帰宅を嗅ぎつけていた。
「……蹄の音だ。ゆっくりとした足音が一つだけ。ジギーが戻ったらしい」
「……そう、みたいですね。たしかに、足音は一つだけ」
「ジギーは裏切らないよ。敵を引き連れて戻ったりはしない。ティファへの忠義があるんだ」
「疑ってはいませんよ。でも、警戒するのが役目なんです。可愛くなくて、すみませんね」
すねるわけでもない。すねる必要がないからだ。
ジーンは夜になり生え始めた無精ひげを指で掻きながら、無言の苦笑を選ぶ。アレサはそんな状況を気にもせず、食後の赤ワインを瓶ごとラッパ飲みするだけであった。
「……戻ったぞ、ジーン」
居心地の悪さを破る友人の帰還に、救われた。
「おかえり!早かったな!」
「大した仕事じゃないからな。街に出て、お前の言う通りに嘘を流して来た。凶竜ザードに乗った竜騎士姫さまを見たと」
「誤った情報を流すわけですね。お姉さまがザードと一緒に、王都へと向かっているように見せかける」
「そういうことさ。そうすれば、バロウたちは王都の守りを固めようとする。竜の聖地への道を見張っている場合でもなくなる。とくに、竜騎士は。竜は可能な限り、バロウを守るために使われるよ」
「その隙を、私たちが突くようにしてザードのもとへと向かうわけだ」
「ああ。悪くない選択のはずだぞ。オレたちの体力も回復できるし、敵を間違った情報で踊らせる。噂が広まるのも、早いはずだぜ。君の支持者も、バロウの支持者も、大いに関心のある話題だからね」
「嘘だとバレなければ、ですけれど」
「ジギーは嘘をついたことがない。今回も、実のところ嘘じゃないんだぜ。すぐに、実現するからね。ザードは、アレサの竜になる。そして、バロウを討つために動くんだ」
「そうだな。必ず、そうなる。私たちのために、仕事をしてくれてありがとう、ジギー。ストラウス家は、貴方の協力を忘れない。何か、勲章でも贈るべきかな?」
「いいえ。姫さま。そのお言葉があれば十分です」
「だと思ったよ。ありがとう。ストラウス家の友よ」
その言葉は巨人族の大きな体の奥にある、年を取った心に深く響いた。アレサの叔母であるティファの笑顔と、ジギーは再び会えたのだ。そっくりとは言わないが、秋の空のように深い青をたたえた双眸と、ストラウス一族に多い炎のような赤い髪。それは、彼女を思い起こさせるには十分な特徴である。
死者のために、何か大きなことをしてやれる機会は少ないものだ。
普段から笑うことも少なく、ましてこのところの一人暮らしで家畜以外と縁遠くなっているジギーは、ぎこちなさを伴いはするものの、久しぶりに笑顔となった。
ありがたい感情だ。
疲れた脚と背中に力がみなぎる。
……辛い報告も、しなくてはならない。それをする前に、ティファと出逢えたことは、この男にとっては何よりも大きな救いの一つであった。
「さあ。ジギー、メリッサの作った料理を、食べてくれ。他のことは、そのあとでいい。夜は、まだまだ長い。まずは、疲れを少しでも癒してくれ」
「……ええ。アレサ姫さま。お言葉に、甘えさせていただきます」
ストラウスの姫さまは、いつも飾り気がなく。
いつも、無表情の自分の心まで見抜く空の色をした瞳を持っていた。
その一致が、ジギーは嬉しいのだ。
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