第二話 『黒竜の誓約』 その3


 ……やはり、会話は冒険のお供には有効なものだとジーンは再確認する。アレサのことを戦場の野心家だとばかり認識していたが、そんなものではない。


 凡百な騎士とはわけが違う。名誉を残したいわけではなく、力を遺したい。それこそが英雄の成すべきことだと理解している。賢者の記した書が偉大なのは、有名な賢者が書いたからではない。現実に偉大な力として機能する遺産として、永遠に人々を支えているからこそ偉大なのだ。


 アレサは利他的な側面を持っていて、愛国的とも自らの血筋への誇りが強いとも言えるが、本質はおそらくそうじゃない。賢者のように知識や己の学識を愛しているわけではない。


 力そのものを愛しているのだ。自らの生まれ持った才能と努力で磨き上げた、類まれな力。それを伝えることを望んでいる。この美しく苛烈な竜騎士姫アレサ・ストラウスは、力をまるで『我が子』のように愛しているのだ―――。


 農家で生まれた男の乏しい竜への知識の一つが、不意に心へ浮かび上がる。連想する心が、アレサの『生態』に別の生物の『生態』を導いていた。


「―――そういえば、『グレート・ドラゴン』は、弱い群れを淘汰するんだよね」


「ああ。弱い竜の群れなど、許せないのだろう。群れが弱くなると、『耐久卵』から孵化してくれる。そして、自分以外の竜のほとんどを滅ぼし、新たな血筋で王朝を築く。強い自分の仔だけで、新たな群れを作るんだ」


「……そうかい。熾烈だね、竜とは……」


 まるで、君みたいに。竜たちも力を信じている。


 ガルーナの堕落を、誰よりも許せないから。力を生み出そうと、与えようと、必死でもある。強い竜騎士団を、竜を……愛している。愛ある行動というか、愛そのものだ。苛烈な態度も、愛ゆえに。だからこそ、魅了されてしまうのか。


 厄介な政略結婚のはずだったのに。


 敵の血の味のする唇と、独占的なあの歯がつけた痛みが忘れられそうにない。戦士でありたいと望んでいるわけでもない自分でさえも、これほど魅了するのなら、戦士でありたいと望むものたちからは敬愛されるだろう。


 バロウは、大きな間違いを犯したようだ。


 アレサ・ストラウスの器に、勝てるような男ではない。そもそも、そんな者はジーンが知る限りはいない。彼女に竜が戻れば、彼女が竜騎士に戻れば、誰が勝てるというのか。


「アレサ。オレが予言しておくよ」


「予言か?男にしては、変わった趣味だな」


「いいじゃないか。聞けよ……アレサ。君の歌は、永遠に続くだろう。誰よりも偉大な竜騎士の名前として、王国の歴史に残る。この国の空に竜がいる限り、君の歌は永遠だ」


 地上を這いまわる下らない権力闘争よりも。


 竜のように天空に君臨する力を伝える至高の歌だ。


 全ての竜騎士たちの母親として、アレサ・ストラウスの歌は遺される。


 そんな予感がした。そんな願望が生まれた。彼女の腹に宿る子孫が、自分の血でありたいとまでは望まない。もっと相応しい何か、バケモノのような者の血が相応しいだろうから―――。


「ああ。その予定だ。そうなるためにも、協力してくれ、私の夫である叔父上殿」


「するよ。君に竜を渡す。そのために尽力する……まずは、こっちだ!」


 馬の歩みを速くさせて、ジーンが先頭に躍り出る。


「こっちの道に行くんだ」


「竜の聖地から、より遠ざかる道のはずですけど?」


「急がば回れだ。バロウも戦術を使う。天才ではないが、無能でもない。アレサの行動を逃亡だとは思わないさ。最も恐るべき可能性を選ぶ」


「私とザードの合流か」


「なら、急いだ方がいいのでは?聖地への道を、見張られます」


「オレたちは、時間にこそ隠れるべきだ」


「時間、ですか?」


「そう。時間が経てば、守る側の不利にも働く。謀反を許さない者もいれば、バロウこそを討ち取り、バロウのしたかった国盗りを自らが達成したいと願う竜騎士も出る」


「いつまでも、手勢を私の捜索にばかり使えないということか」


「ああ。バロウが政治的な地固めをするまではね。時間は、オレたちはその点でも有利に働く。そして、ありがたいことに竜の聖地にはそうやすやすと竜が近づけない」


「近づきすれば、ザードの怒りに触れる。あの聖地を縄張りだと認識しているからな」


「そうだ。アレサの性格を考えれば、最短時間で聖地に向かうコースを敵は想定する。今頃、ザードを、刺激し始めているさ。王都と、聖地のあいだを竜騎士はうろちょろせざるをえないが……王都にまでザードを近づけるなんて悲劇はバロウも望まないだろう」


「それは、惨劇になりますねっ。竜騎士の全滅だけじゃなく……もっと、悲惨なことになっちゃいそうです」


「王都が火の海だな!」


「若奥様、そういう顔をするのはまずいんだぜ」


「ああ。すまんな。悪癖だが、竜の活躍を想像すると、ワクワクしてしまってな」


「悪癖だと思えているうちは、欠点としては機能しないかな。周りが、努力すれば」


「細めた瞳で見つめなくても、ちゃんとフォローしていますよ。私は、お姉さまの専属メイドなんですからね!」


「なら、問題ないね。とにかく、オレたちは時間に隠れる。敵が想定するタイミングを逸するんだ。そして、敵の動きも誘う。そうすれば、ムダな戦いをすることなく、ザードのところまでアレサを送れる。体力の消耗など、した状態で決闘に挑みたくはないだろ?」


「互いの全てで、ぶつかり合いたい」


「そうだ。愛しいザードに、君の全部をぶつけさせてやる。それが、夫としてのオレの役目だ。だから、こっちの道を行こう。オレの作戦に従ってくれ。無策に突っ込むよりは、マシだろ」


「無策で突っ込むのも、好きではあるが……」


「フィーエンに怒られちゃいますよ!」


「……ああ。たしかに、そうだな。フィーエンならば、私をしかりつけてくれる。古く落ち着いた声で、愚かな点をたしなめてくれた」


「彼女ほど古い声はしちゃいないが、おじさんの声もいいもんだろ?」


「落ち着いているな。それに、そうだった。戦にも詳しい」


「好きで従軍したわけじゃないが、何だかんだと50回は合戦に駆り出されている。経験だけなら、君らよりも豊富なんだ。任せてくれるかな?」


「任せる、我が夫よ。良い働きをしてみせろよ。乙女を感心させたなら、良い見返りがあるかもしれんぞ」


「そういう、スケベな心じゃ動いてないからね」


「どうでしょうか。鼻の下が伸びたようにも思います」


「性欲もすっかり枯れた四十路野郎さ。さて、行こう。若い乙女たち。こっちの道の先には、おじさんの友人がいる。彼の協力も得られたら、完璧な作戦になるぞ」




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