第二話 『黒竜の誓約』 その2
「オレは、そんなに恐ろしくないけどね」
「私にはな。だが、世間一般では、あの右腕は恐ろしがられる」
「右腕?」
「あー。じつはね、オレ。『ラウドメア』のヤツに元々の右腕は喰われてしまっているんだけど。少しの時間でなら、魔力でニセモノの右腕を作れる。疲れるから、あんまりやらないけど」
「そんな、器用なことを……?」
耳にしたことはある。高度な魔術師の中には、そういった技術を持つ者がいるとも。腕そのものを作るのではなく、剣や槍や矢の形という話ばかりであったが。魔術の才があり、知識を大量に詰め込んだメリッサは、それが戦闘用のものではないと予想をつける。
腕のように柔軟性が必要なものならば、魔力で形を維持するだけで精いっぱいになるはずだ。
それが、一般的な知識から想定されるべき結論であった。
「いい威力だった。鋼を握りつぶせる」
「……っ!?」
間違いはしたが、メリッサの認識不足というわけではない。ジーン・ストラウスという男の方が、常識から大きく逸脱しているだけのこと。
……鞍に傷めつけられた尻を馬上で揺らす男などに、あの豪傑な女主人が惹かれた理由の一つをメイドは知った。バケモノのような力を示したのだ。だからこそ、認めた。おそらくは、夫というよりも戦士としてだ。
「褒めるなよ。あんなものは、緊急事態にしか使えない」
「だが、面白い。戦場で武器を失ったとき、緊急時用の非常手段として、実に優れている。あとで、私たちにも教えてくれ」
「私たち、ね。メリッサくんにもかい?」
「メリッサの方が、魔術の才はあるよ。竜乗りの才もね。風を、よく読めるから。賢くもある。ケットシー族の方が、おそらく人間族の身よりも、竜騎士には向くのだ」
「なるほど。身軽な『風』使い。献身的で、勤勉……」
「私はな、叔父上。メリッサと一緒に、最高の竜乗りの技巧と知識を確立したい」
「より、強い竜騎士になりたいわけだね?」
「むろん、それもあるのだがな。だが、それ以上のことも、したい」
「ん。つまり、あれかな。技巧ではなく、知識として確立するということは……皆に広めたいと?」
「賢いな、さすがは中年」
「バカな中年男もいるよ」
「すねるな。叔父上では、可愛さが増えることはないぞ」
「だろうねえ、愚痴っぽい男はつまらないよね。君は、前向きに進むことを好むようだし」
「ああ。進みたいものだ。下らぬ内乱で、私たちは力をムダに弱めてしまっている……竜騎士団の再建のためにも、より有能な竜騎士の教育法が必要だと思ってな」
「……へえ。君は、とても王国想いなんだね」
「そうなんですよね!!お姉さまは、とってもおやさしくて、ガルーナのために努力しておられます!!」
……利他的な姿勢もある。だからこそ、あの血まみれの激しさでも周りがついて行きたがるのかもしれない。他人のことをさほど大切に出来ていないやる気のない英雄には、まぶしいほどに輝いて見える道だ。
誰かのためにする努力。そういうものを、妻を亡くしてからは、ジーン・ストラウスの人生には縁遠い要素である。四時間前、屋敷を出るとき……多くの者から、彼女を頼むと告げられた。懇願する顔。『ラウドメア』を倒してくれと言われたとき以来で、不吉さの冷たい指に心臓を撫でられた瞬間でもある。
『ラウドメア』との戦いでは、多くの仲間が殺された。
『歌喰い』に喰われた者たちのことは、名前さえ覚えていない。存在ごと喰われるとは、そういうことなのだ。伝説に歌われるに相応しい勇者たちも、いなかったことになっている。共に悪神に対峙した戦友である自分でさえ、彼らを覚えてやれていないのだ。
あの邪悪な『侵略神』はフィーエンが封印してくれたが、しかし……もしも、この戦いに負けたら?
ストラウスの一族が、バロウの一族に駆逐されたら。竜騎士姫アレサの名前は、歌は、きちんと後世にまで残るのだろうか?
武勇と武勲と、慈悲。ガルーナの戦士が好み過ぎる存在だ。ストラウス家の象徴として捉えられる。存在そのものが、とっくの昔に政治力の塊だ。
バロウは、アレサの歌を禁じて消し去ろうとするかもしれない。英雄の歌を消す邪悪な者は、異界から来た邪悪以外にもいるのだ。命を奪うだけでなく、名誉までも奪い取ろうとする者が。
それは、許せないことであった。
「……教えるよ、オレの『奥の手』。まあ、これは……腕全体を意識と一致させて動かすっていう、とんでもなく難しい術だけど、使い方を考えれば君らでも使いこなせるはずだ」
「ありがたいね」
「私も、がんばって覚えます!どんな方法なんです?それの、実用的な方法は?」
「腕全体を作らなくたっていい。君らには、まだ腕があるんだからね。つまり……指先にだけ、魔力をまとわせればいいってわけさ。そうすれば、鋼にも勝る鋭い爪を、乙女の指に宿らせるよ」
「竜の爪だな!」
「ん。そうだね。竜爪の術だ」
「私の作りたい竜騎士に、合いそうだ。叔父上、私はな、竜騎士の戦闘の技巧も、この竜太刀も……より洗練して、完成させたい」
「協力するよ。可能な限り。大きな、時間がかかりそうだが……修得するのは、君ならやれそうだが。知識にまとめるというのは、なかなかに難解なものだろう」
「その点は、大丈夫だ。この可愛い私の猫耳メイドの賢さは、それらの全てを成してくれるよ」
「……お姉さま、ほめ過ぎですよう……っ」
「足りないぐらいさ。お前は、私にとって最高の宝物の一つだ。私の力を、後世にまで遺す。歌だけでなく、力そのものを。私に、それをさせてくれるのは、メリッサだけさ」
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