第二話 『黒竜の誓約』 その1
第二話 『黒竜の誓約』
野蛮なことではある。
「伝統とはいえ、考えさせられてしまうよね。竜と竜騎士の一対一の決闘か。昔から、オレには理解できない考えが我が故郷には息づいている」
馬で旅立ってから四時間。空を支配する敵の竜騎士の目を避けるため、主要な街道を使うことはなく、森を貫きうねる小さな道を選ばざるを得なかった。
久しぶりの馬の背に、尻がすっかりと痛くなってしまったころ、ジーン・ストラウスは愚痴り始めてしまう。北方諸国を旅して回った冒険の日々は、すっかりと昔のことだ。貴族としての生活が、これほど軟弱な身に自分を堕落させているとは予想外であった。
「あなたが言い出したのでしょう?ザードを、お姉さまの翼にするんだって!」
「そう。ほんと、そうなんだけどねえ。緊急事態から、少し距離を置いて冷静になっちゃうと、やっぱり不思議なことは、不思議に思うじゃないか?メリッサくんは、ガルーナの出身じゃないんだから。オレよりも、こういう伝統に疑問を抱くんじゃない?」
「それは……少なからず、異文化というものは理解が及ばないところもあります。でも、竜騎士の伝統は、気高いと思います!!」
「……たしかに。それは、認めるよ」
「叔父上は、なぜ、竜騎士にならなかったんだ?」
「オレ?……知ってるだろ。育ちがね、それほど良いわけじゃない。ティファの夫になれたから、ようやく貴族をやれた。本来は、農民のたぐいなんだぜ?……そういう身分に生まれたら、『侵略神』の一柱でも倒さない限り、童話の気のいい男のように姫さまと結婚できないんだよ」
身分制度の厳格さ。それは当然ながらガルーナにもある。
「つまらんことだな。才能と努力で作り上げた力こそが、全てだというのに」
「戦場みたいに平等な考え方だね」
「戦場ばかりにいるからかな。あそこは、平等だ。弱いは罪。強いは正義。死から逃れるために必死で生きる者は、とても美しく。あきらめる怠惰な者は、死に罰せられる。戦場のように、日常も平等になればいいのに」
「ふう。過激なのか、寛容なのか、よく分からない考えです……」
物騒な性格ではあった。それが良く作用することもあれば、悪く働くこともある。
「身分など、下らぬな。あまり縛られないようにしなければ。有能な者も、世に出て来れなくなる」
「それは、そうですよね」
「ならば、アレサ。君が王国を統治したら、そうなるようにしてみてくれ」
「疲れているアタマで考えることは、ろくでもないな」
そういう竜騎士姫の顔には笑みがある。メイドは彼女がその未来を想像して、少なからずの楽しみを得ていることに気づいた。嫉妬する。大切なお姉さまに、そんな未来を見せる言葉を使う男に。
自分では言えない言葉がある。元来が奴隷でありメイド。寵愛を受けて傍に置いてもらえているが、この立場は絶対ではない。どうしても、媚びてしまう。対等でなければ、使えない言葉もあって、それをメイドは口にすることは不可能だ。
うらやましくもある。
夫。この夫婦のあいだの力関係がどんなものかは、まだ当事者の二人にも分からないままだろうが……それでも、主従の関係に比べれば、はるかに対等に近しい。
寒さの訪れに固まった、穴の目立つ小路。馬は器用にその道を歩いてくれている。その背の上で、猫耳を苛々しながら揺さぶるメイド……自らに乗る者の感情を、馬は気にするように視線をチラチラと向けていた。
「戦いを前に、気が昂っているみたいだね。メリッサくん」
「……そーかもですね!」
「あー……なんていうか、ごめんね」
「な・ん・で、謝るんですかね!?」
「いや。オレのせいで、苛々させているようだから。戦いのせいってのも、あるだろうけども」
「気にしてませんので」
「いや、気にしてるだろ……はあ、若い娘の扱いは難しいよ。自分の年齢の半分にも満たないんだからさ……おじさんとは、やっぱり、色々なことが違い過ぎるよね」
「あなたも賢い方なはずなのですから、振る舞いくらいは選べるはずですよ」
「振る舞い、ね……」
「賢者という者は、口数を少なくして要点だけを述べる者では?……一般的な、オトナの男性もです!落ち着いているのも、あなたの性別と年齢ならば、仕事のようなものでしょう!」
「うん。そうなんだけどね。昔から、こんなカンジなんだ。各地を旅して回っていると、ついついムードメーカーが要るかなって。オレは、おしゃべり野郎でさ。こうやって、会話があると疲れも紛れる。それに…………」
「……途中で、黙らないでください」
「気になる?」
「そういう絡み方は、好きじゃありません」
「だよね。うん。なんていうか、話しているとさ、それぞれの人となりってのが分かるじゃないか。旅をするときは、それって大きい。仲間がどういう考えをするのか見えれば、振る舞い方も見えて来る……すぐには通じ合えないけどね」
「たしかに、互いを知ることは有益ではあるな。私もメリッサも叔父上のことは噂話でしか知らない。そういうものは、背びれも尾ひれもついてしまうし……時には、過小評価もされてしまう。恐ろしい者は、とくにそうなるな。皆、恐怖をムダに遠ざけたがる」
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