第一話 『三度目の結婚式に赤い祝福を』 その12
「……ッ」
バカげている。メリッサ・ロウはそう考えたかった。しかし、このメイドも忠実なアレサ・ストラウスの部下であり、その立場に相応しい形質の賢さを持っている。
凶竜ザードほどの力があれば、そして、それを御したという強烈な実績があれば。政治的な理由でバロウに従おうとする竜騎士たちも意見をくつがえす。戦力という面だけでなく、政治力さえ持つのだ。ガルーナでは、いつの時代であっても力は信仰に値する。
たしかに。
相応しい。
相応しい翼ではあるが―――大きく忘れてはいけない問題が一つだけあった。
「……あの竜は……ッ」
続けるべき言葉を喉の奥で噛み潰してしまう。口にするのも、怖い。愛する者の怒りの炎に油を注ぐことになるかもしれない。竜の吐く炎のように、竜騎士姫の怒りは何もかもに厳しいことがある。
……あの竜は、フィーエンを殺したのよ!?
心のなかで叫ぶ言葉は、男をにらみつける乙女の顔に無言のまま描かれていた。男は、困り顔になるが―――意見を変えるつもりはないようだ。
「だってね、他に相応しい選択なんて、どこにもないんだぜ?」
「だ、だとしても―――」
「フハハハハハハハハハハッッッ!!!」
高笑いが響く。メイドはビクリと身を揺らした。知っている。この笑いを見せながら、かつて仕えていた城の連中は竜騎士姫の歌の一部にされた。全員の殺されたのだ。無抵抗な者や女子供にはやさしかったが、夫であった者の首を、鷲づかみにしている彼女を見た。
三人目の首も飛ぶ。メリッサはそんな心配をしていたのだ。アレサならば、ありえることである。二度もしているのだから、三度目がないとは誰にも言えない。
「気に入ったぞ!!」
「……え?……え、ええええええッッッ!!?」
「そうかい。だと、思ったよ。君ならば、そう答えてくれるんじゃないかなって」
「お、お姉さま、本気ですか!?」
「本気だぞ。私も、思っていた。ザードならば、この状況に相応しい。あいつには近々、会いに行く予定ではあったが……いい機会でもある」
「……危険、ですよ?」
「もちろん。危険だろう。竜のなかでも、最高峰。フィーエンと同じく、『耐久卵』より生まれた『竜喰い』……『グレート・ドラゴン』なのだからな」
ああ。愛しそうな顔をする。それは彼女らしいが、危うさを孕んでいる傾向だということもメイドは理解していた。彼女もこの4年間で竜がどれほど危険な存在なのか、肌身に染みて悟らされているのだから。
「火遊びならば、火傷で済みますのに……」
竜の炎は、それだけでは済まない。立ったまま骨から燃える肉が融けるように落ちることだってある。実際に見たのだ、竜に敵意を持った者たちの悲惨な末路を。フィーエンがそれをやれるなら、フィーエンよりも若く狂暴な凶竜ザードであれば……なおのことだ。
「安心しろ。私は勝つよ。勝てばいい。勝って、ザードを私のものにする」
「竜の契約ですね。一対一で勝てば、願いを聞き入れてくれる……」
「そう。ザードに勝つ。そして、この王国の非生産的な内乱を終わらせてやろうじゃないか」
赤く染まった祝宴の残骸を見回す。敵も味方も、どちらの死者もガルーナ人のそれだ。ここは戦場ではあったが、身内同士の殺し合いでしかない。歌の一部として、人生を飾りつけてくれるような名誉は、あまりにも乏しかった。
まして、謀反のための暗殺など。
「戦士が生きる道とは、もっとシンプルであるべきさ。私たちは、もっと良い命の使い方をすべきだよ」
「お姉さま……」
「準備をするとしよう。竜の聖地に行かねばならない。叔父上、食料と馬を。私とメリッサの分と……メリッサ、来るだろう?」
「当然です!!地獄の果てまで、お供いたしますから!!」
「あはは。だと思ったよ」
「お姉さまの、メリッサなのですから」
それは曲がらない。この旅路の果てに、たとえ凶竜ザードの炎に骨まで焼かれることになったとしても。いつまでも一緒にいる。それが、メリッサの願いであった。
「ありがとう。じゃあ、叔父上は……」
「……オレかい?当然だけど、言い出しっぺなんだから、君らに付き合うよ」
「ええ!?」
「メイドちゃんは、不服かい?おじさんだけど、腕はいいよ。片腕だけど……まあ、そこらの戦士には、まだまだ負けない」
「実力はさっき見せてもらったからな。問題はない。足手まといには、ならないさ」
「……そう、ですか。まあ、当然ですよね。お姉さまの、夫なんですから。ちゃんと、敵の盾となってくださいね!!」
「ああ。それは、するよ。夫の義務だからね」
脅したつもりであったのに、平然と答えられる。自分自身に起きている現象だというのに何故だかは分からないが、メリッサは自分の顔面が引きつるのを感じていた。
どうあれ、こうして旅の仲間は結成される。謀反を起こした国盗りの竜騎士バロウと、竜騎士姫アレサの戦い。長らく続いたガルーナ王国の内乱を終わらせる竜騎士同士による決闘が始まったのだ。
歴史にならい、勝者が全てを支配する。
新たな竜と勝利を求め、三人はこの地を旅立った。
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