第一話 『三度目の結婚式に赤い祝福を』 その11


 バロウが持つ魅力は何だろうか。アレサは敵を考える。クインシーへの反感ゆえか、ストラウス家において最大の戦力である自分が、竜を失ったままだからだろうか。後者の方が決定的な変化を招いたように感じられる。クインシーがこの王国で好き放題しているように見えるのは以前からだ。


 変わったのは、やはり、竜の不在。最強の白竜フィーエンの不在こそが、バランスを壊してしまった。無力であることは、あまりにも罪深い。力が治める安定というものもある。国盗りを企む野心家に対しては、暴力で威嚇するほかに有効な道はない。金では、支配欲を抑えきれないことだってあるのだから。


「お姉さま」


「ん。ああ、すまないな。感傷的になってしまった」


「お察しいたします。クインシーさまが……」


「そっちは、あんまり気にしちゃいない。クインシーは自分がどうなろうと、自業自得だと考えるだろう。拷問されて死んだとしても、あの女は誰も恨まないよ」


 『悪女』をやるのは、なかなかに覚悟のいることではある。


 ガルーナ全体の不協和音は、今の世代に原因があるわけでもない。複雑な血の系譜が紡ぎ出した悲惨な結末の一つだ。多くの者が、間違っていた。クインシーの傲慢さが国の衰退を招いていると感じる貴族も民も多いものの……アレサからすれば、それは真実ではない。


 混乱した王国の政治など、誰が仕切っていても限界はある。クインシーが傲慢であることは性格ゆえでもあるが、政治のためでもあった。


「アレに不満が集まれば、誰もが己の弱さや無能さや、我々の先祖から受け継いだ血が持つ業の深さなんかに目を向けなくて済むのさ。継母殿は、それもちゃんと見越している。悪女をすることで、エルヴェを守っているんだよ」


「……いい洞察だね」


「同意見ということか、叔父上よ?」


「完全な一致かは分からないけれどね。そういう力を、クインシー殿は果たしている。彼女は、後悔するような女性じゃないだろう。今、殺されていたとしても」


「ああ。笑いながら死ぬさ」


 未来を見ているだろうから。バロウに訪れる限界も、見抜く。この暗殺が最良の形にならなかった以上、バロウの運命には竜の落とす暗い影がある。だから、たとえ生きたまま八つ裂きにされたとしても、クインシーは嘲笑するのだ。敗北者が誰になるのか、あの翡翠色の双眸は容易く見抜いてしまうのだから。


「……バロウめは、本当にそこまで?」


「する。自分の側にいる貴族たちも巻き込んで、私を襲撃した。これは意志表明だよ。どの貴族にも文句は言わさない。力で、統治者が誰かを示す。クインシーを殺し、私と叔父上まで殺せば、ストラウスは終わる。誰も、バロウを殺せなくなるんだ」


「早く、ここから逃げようじゃないか。竜が来るのならば、戦力不足だし……何より」


「負傷者も民も巻き込むことになるからな」


「そうだ。ムダに人死にが出ることを、君だって好まないだろ?」


「ああ。我々は、去るべきだ。ここから去れば、生き残った者たちとバロウ側の竜騎士の間で交渉もやれよう。国盗りが終わったあとも、各勢力をまとめなければならない。ムダに殺せば、恨みが遺る。ガルーナ人の恨みは、500年は消えんからな」


「……では、どこに?『秘密基地』ですか?」


「『秘密基地』?」


「私とお姉さまと、フィーエンで作った研究と訓練のための施設です。森と谷に隠すように作られています。逃げ込めば、やり過ごせますよ」


「隠れているだけでは、状況は好転しないとオレは思うがね」


「じゃあ、どうしろって言うんですか!?」


 メイドの乙女に詰め寄られて、片腕男は苦笑する。自分の不用意な皮肉が、周りの不興を買いがちだという傾向を彼は知っていた。


「ニヤニヤしていないで、何か策の一つも言って下さい!!あなたもガルーナ貴族の一員ですし、一応は、お姉さまの夫なんですからね!!」


 一応は、という強調に嫉妬や威嚇が込められてた。噂は本当だったのだろう。こんなに美しい乙女たちが、夜な夜な互いを求め合い……妄想をするとスケベな面構えになりそうだと判断し、ジーンは瞳と口を閉じて、表情を選ぶ。


 緊張させた顔面には、ならない。


 昔からの癖だ。悪癖なのか、良い癖なのか。その評価は時と場合に寄りけりだが。『自分なりの最善策』を口にしたとき、周りはよく凍てつく顔となる。それに合わせて、落ち着いて表情を選ぶべきだった。受け止めるために、場合によっては、受け流すために。


「竜を求めるべきだ」


「お姉さまに協力してくれそうな家に、竜を貸してもらいに行くと?」


「いいや。そんな『弱い竜』じゃ、戦力としても政治力としても、弱すぎるだろう」


 若い妻の顔が、歓喜に歪むのを見た。


 気に入ってしまっているようだ。


 考えていたんだろう、この、見方によっては『最悪の選択肢』さえも。


 彼女は、あまりにも竜騎士姫という名前に相応しい。


「そ、それじゃあ、他に、どういう選択があるというのですか!!」


「君も知っているだろう。竜騎士姫アレサ・ストラウスに相応しい竜を」


「……フィーエンは、死んでしまいました」


「そうだ。フィーエンは死んだ。だが、このガルーナにはもう一つ、彼女に相応しい翼が残っているじゃないか」


「ま、まさか……ッ」


「まさかでも、なんでもない。凶竜ザード。あれこそが、アレサの新しい竜となるべき、唯一の力さ。他の竜では、あまりにも弱すぎるからね」




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