第一話 『三度目の結婚式に赤い祝福を』 その10
竜騎士姫という二つ名の理由をジーン・ストラウスが理解したころ、血まみれの結婚式での戦闘は終わった。
「我々の勝利だああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
最後の敵を斬り終えたアレサは、竜太刀を掲げながら勝利を宣言した。生き残った者たちもそれに応え、それぞれ手に持った武器を空へと向ける。敵も味方も、大勢が死んでしまっていたが……ガルーナ人は共に戦うことで一つになれる野蛮な人々だった。
「負傷者を、屋敷へと運ぶんだ!……ジーン!!問題はないな?」
「あ、ああ。もちろんだ」
生き残りの中には竜騎士バロウに近い者もいる。彼らを生かすことが政治的なメリットになるのかどうか……この惨状を起こした野心の形を理解しつつあったジーンは内心では悩んでしまう。
だが、横たわる負傷者に駆け寄り、止血を始めた若い妻の行動を見たとき、文句は口から出なかった。
「大丈夫だぞ。死にはしない。がんばれ。すぐに治療してやれる」
「……は、はい。ありがとうございます、アレサさま…………」
バロウに遠くない貴族の一人だ。ストラウスかバロウか、そう問いただせばバロウを選ぶに違いない者を助けようとしている。
貴族として、それが正しいのだろうか?……知ったことではない。自分は、そもそも政治などに興味はないのだから。自らの方針を決めたバロウは、誰にも見せないうなずきを使ったあとで、屋敷の者たちに指示を出す。
「村に行って、医者を呼んで来るんだ!……もしものときに備えて、血止めの薬を多く用意させている!!」
……ジーンがアレサ・ストラウスに斬られることを、彼の知り合いの医者は心配してくれていた。ジーンだけでなく、屋敷の者たちの多くに災いが降りかかるのではないかと、懸念していたのである。
その用心を事前に聞かされていたことで、何人かの貴族が助かることになった。想定した状況とは大きく異なりはしたが、人命が救われたという結果は正しいものだ。不運な花婿はそんな判断を下した。
「私に備えていて、良かったな」
「皮肉は止めようよ、アレサ」
「ああ。そうだな。夫と不仲になるつもりはない」
二度も夫を殺した竜騎士姫の言葉をどう解釈すればいいのか、答えを求めるように空を見上げてしまう。だが、答えはいない。流れる小さな雲と、どこからともなく降り始めた小雪が見えるだけだ。
良い空ではあるが、この静寂は長くは続かないことをジーンは理解している。
「お姉さま、これをお使い下さい」
「ああ、ありがとう」
負傷者が運ばれたあと、メイドのケットシーはどこからか調達して来たタオルをアレサに渡していた。アレサは血まみれとなった体を拭う。血化粧も彼女に似合っていたが、それを落とした若い乙女の顔は、より美しいものであった。
戦いの場での彼女を知らなければ、多くの男がすぐさま魅了されただろうに。薔薇には棘がある。だが、たんに形の良さだけが美しさとは限らない。戦士としての偉大さや、慈悲深さ。戦うことや力そのものへの敬意を持つ戦乙女だけが持つ美貌もある。
とても怖くて、とても深い魅力なのだと片腕の英雄は理解した。彼女の夫となることの名誉は、やはり自分には荷が重いようだ。
それでも、夫となってしまったのは事実である。いつまで、こんな茶番じみた夫婦の形が続くかは分からないが、アレサに死んで欲しくはない。妻に二度も先立たれる趣味は、この男には一切なかった。
アレサに近づく。メリッサに警戒されたが、構わずに話すことを選ぶ。アレサがそばに置くことを許した少女なのだ。色々と、親身だという噂も聞いてはいる。聞かれても問題はないだろう。もちろん、他の者には聞かれぬように小声を使ったが……。
「……竜騎士バロウ伯爵が、今回の襲撃の犯人のようだ」
「ほう。バロウか。なるほど」
「驚かないんだね」
「驚いてはいるよ。だが、想定内ではある。力は、あるんだ」
竜騎士の名門貴族、ガルーナに残った大物の一人ではった。
「いいヤツだったのに、残念だよ。戦場では、頼りになる連中だったのだが……国盗りを狙うとは。ガルーナ人の血を、ムダに流させる道を選ぶなど……いつかの戦場で、助けてやらねば良かったかもな」
「君も、内乱にはうんざりしているわけだ」
「意外かな?」
「いいや。嬉しいよ。こんな、血なまぐさい無益なことを嫌ってくれて」
「戦いは、好きだがね。敵と戦うべきなのだ。ガルーナを、弱くする。竜騎士を、堕落させる道など……私は忌むよ」
勇敢で正しい戦乙女であった。内乱の時代でなければ、彼女により多くの竜騎士が集まれば、ガルーナは広大な領土を確保しているような気がする。近隣諸国からすれば、今よりも恐ろしい竜騎士団の盟主が君臨するという恐怖そのものであったであろうが……。
英雄が、そのまま女王にもなることもあった。強く、そして、慈悲深い戦場の女傑に、ガルーナの戦士たちは尊敬と従順を示すだろう。フィーエンに認められた最高の竜騎士に、全てのガルーナの戦士たちが集うのは当たり前の結果だ。
クインシーのような謀略の力ではなく、正統な力そのものによって生まれる女王。それを、見てみたかったと考えてしまうのは、ジーンも所詮はガルーナの男だからだろうか。
花嫁を見つめる中年男の視線に、メイドの少女は警戒を覚えつつも、賢い彼女は口にすべき言葉を選べた。
「……お姉さま。お嫌でしょうが、可能な限り早いうちに逃げるべきです」
「……いい判断だね、オレもそう思う」
「ああ。すぐに竜が来るからな。バロウ家には、まだ5匹は竜がいる。ヤツに加担する竜騎士がどれほどいるのかは分からないが……継母殿が……クインシーが、殺されていれば……ストラウスではなく、バロウのもとに竜騎士たちは集まるかもしれん」
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