第一話 『三度目の結婚式に赤い祝福を』 その9
死者の血と脂、骨片まで感じた気がする味だった。闘争本能に興奮する竜騎士姫の口づけは、柔らかさ以外にも多くが混じっている。ガルーナ人の女を知らない者ならば、怯えてしまったかもしれない。だが、ガルーナの男ならば魅了もされる。
巨大な竜太刀と輪舞するように回ったあと、美しく若い背中は敵を求めて駆け出した。小娘らしく、どこかはしゃいでいるようにも見える。それは、関係性が与えた誤解かもしれなかったが、妻想いの男の脚を走らせる理由にはなるのだ。
「背中が、がら空きみ見えるね!!」
「任せているんだよ。叔父上殿ならば、良い壁となるに違いない!!」
半分の年齢ほどの若妻から得た信頼を、やや重荷に感じてしまう。若いころとは違って、片腕だ。魔力は血に宿る。血を巡らせる肉体が欠損すれば、それだけ使える魔力が減るのだ。戦いも、そのための訓練もしばらくは行っていない。
「やりは、するさ。だが、ムチャはするなよ!!」
「ムチャ?そんなことを、私は人生でした記憶はない!!私には、やれて当然のことしかしないのだからなッッッ!!!」
「その言葉じゃ、心配性な夫を安心させられはしないんだぜ」
「ならば、安心できるように、励むといい!!」
契約の場から飛び出せば、いまだ乱戦は続いている。祝言の残骸だ。血まみれの死体と、壊された何もかも。悲鳴は去り、怒声だけが満ちていたが。剣戟を肌と鼓膜で感じ取り、より強い敵を見定めると、一直線にアレサは駆ける。
左右にも敵はいたが、気にしないことを選んだ。
「夫が、どうにかすると?……君はね、ほとんど初対面の中年男を、信じすぎだぞ!!」
文句を言ったが若い背中に無視される。しょうがないことだ。アレサはとっくの昔に殺すべき敵だけを見ている。夫の言葉よりも、殺すべき戦士の腕前の方に興味があるのだ。
左右の眉を寄せ合わせつつ、不運なジーン・ストラウスは生身と魔力で形作った腕のどちらをも使い、『風』の魔術を撃ち放つ。
翡翠に輝く軌道が走り、アレサを狙った暗殺者どもの胴体二つを深々と切り裂いてみせた。
「ほら、なッッッ!!!」
敵の死を背中で嗅ぎ取りながら、獣じみた闘志が牙を剥く。アレサは竜太刀と共に飛び、正規の招待客と斬り結んでいた大男の敵に斬りかかる。
ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッッ!!!
竜太刀と長剣、二つの鋼が衝突した。火花が散る。暗殺者は技巧を頼ることで竜太刀を受け流そうとしたが、それを乙女の体は許さない。小さなステップと踊るように使った全身が、つばぜり合いからのかち上げの動作へと連携を組み上げた。
受け流しの動きと、竜太刀の重心が噛み合う。
巨大な片刃の鋼、独特な形状を持つ竜太刀ならではの強引な『噛み砕き』の技巧であった。長剣の鋼が、競り合う力に敗北し、甲高い音で叫びながら真っ二つにへし折られてしまう。
「バカなっ!?」
「驚きながら、死ぬのも幸せなことだな!!」
刀が宙で旋回し、死の猛打を叩き込む!!
暗殺者は避けようとした。いい反応と判断ではあったものの、圧倒的な実力差がある相手を前にすれば、ただただ分が悪い。逃避の動きに、あっさりと竜太刀の銀色の閃きが追いついてしまう。
「ぐはああああああああああああああああッッッ!!?」
深々と戦士の筋肉質の体が竜太刀に斬られながら壊される。鋭さと威力を併せ持ったそれは、切断しながら骨も肉も潰しにかかった。
「竜の牙を、浴びたようだろう!!だからこそ、ストラウスはこれを竜太刀と呼ぶのだよ!!」
「ぐ、ふ……う、うう……っ」
死の底がもつ冷たさというものがある。最も新しい竜太刀の犠牲者は、その全身が瞬く間に凍てついていくのを感じた。逃げ去った血の温もりが、欠損を自覚させる空虚さを伴う痛みが、死を悟らせる。即死させるには、わずかに浅かった。
だが、それでもにらむ。
夫は若妻がうっとりとした表情を浮かべるのを見た。嫉妬は、覚えなかったはずである。それよりも複雑な感情ではあった。崩れ去る敵の男に対して……無力だが、なお戦いの気迫を維持した男に対して、わざわざ断頭の一刀を放つ美しい乙女を見る心情というものは。
一瞬の死が訪れる。
痛みも苦しみも、終わっただろう。
ゆっくりと死ぬよりは、ずっと、この死は安らかなものに近しい。少なくとも、ガルーナの戦士たちが持つ価値観のなかではそうだった。
「良い戦士には、良い死が訪れるべきだよ」
転がる首から視線を離して、次の敵を見る。アレサはそのまま戦いの場へと突撃していくのだ。
「これが、君なんだね、アレサ。クインシーは、とんでもない娘をオレにくれたもんだ」
戦いの場に、アレサは次から次に死を刻み付けていく。
踊る赤毛に煌めく竜太刀の牙、返り血まみれで自ら引き裂いた花嫁のための白いドレス。狂った戦士のような闘争を見せつけながらも、なお美しさを失わない。その理由は、戦士としてどこまでも正しいからだとジーンは理解する。
強さそのものだ、壮絶であり容赦なく、だが力への敬意にあふれていた。
「まるで、君は……フィーエンだ。あの白くて強い、最強の竜のようだよ」
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