第二話 『黒竜の誓約』 その4


 ブランクはあるものの、戦場と人生での経験値は二倍以上の男である。アレサとメリッサの年齢も合わせても42才には適わない。


 より荒れる細い道を馬で走らせる。頭上をおおう枝は濃さを増し、薄暗さと寒さも強まっていく。日陰のなかで育ったしまった幹の曲がった木が、道の左右には並ぶ。どうにも不吉で陰気な雰囲気が立ち込める。


 楽し気な道ではなかったからか、ムードメーカーを自称する男は二人の乙女に話しかけ続けた。


 おしゃべりな口は止まらない。多くを伝えて来た。この作戦についてのことも、そして、あの『魔力の腕』についてのコツも。メリッサからすれば、どこか気に入らないところもあるものの、ジーン・ストラウスはガルーナの伝説でもあることを思い知らされた。


 賢さがあり、自信に満ちている。アレサが文句ひとつ言わずに提案された作戦に乗るのも、作戦の出来に納得しているからだ。


 伝説は、やはり有能だったのである。隠居生活の長さが、多くの鋭さを奪っていたとしても。それでもなお、一流の戦士であり魔術師でもある。馬の背に負ける弱い尻にはなってしまってはいたが。


 ……とくに、魔術についての理解は、驚くほど的確であり実践的な指導をしてくれる男であった。教師のように手慣れていて、それなり以上の魔術の使い手である二人の乙女たちを生徒扱いしてみせる。腹が立ちはしたが、技巧の修得のためメイドは耐えた。


 呼吸法から始まり、体のどこにどの程度の緊張を作り上げるか。アレサとメリッサの魔力の質と強さの違いから、それぞれに別の手法を与えてもくれる指導をした。それらは順調に魔術の修得にも寄与する。


 それに、ジーンという男がどんな人物なのかも、多かれ少なかれ指導のための言葉と共に伝わって来た。


 年上らしく振る舞うのが好きな男だ。考えることそのものが好きな性格で、非貴族的な世慣れの目で他人を見る。落ち着いてはいるが、おしゃべり野郎だ。情熱に欠くのが残念ではあるが、冷静な判断力は、その冷めた世捨ての性格ならではの力かもしれない……。


 貴族社会に辟易しているらしいが、人付き合いそのものは嫌いではないのだ。この状況を『楽しんでいる』。アレサのように挑むことが好きなわけでもないのに。久しぶりの人との付き合いだから、社交に飢えたおしゃべり野郎の心が弾んでいるのかもしれない。


 馬の背の上で、逃亡しながらの魔術の授業。それを通じて、三人は知るべきことを知っていく。それは必要なことであった。バロウの追手から逃れ、ザードと対決し、そのあとでバロウを倒さなければならない。


 なんとも困難な任務の連続となるが、その全てを成功させなければ死が待ち受ける。


 チームとして、互いを理解して動く必要があるのだ。メリッサもその事実に納得し、どうにも腹が立つところを持つ男のことを信用してやることにした。彼の態度には嘘を感じられない。これも『罠』では、なさそうだ。バロウと密通していたり、ヤツにアレサを売ったりはしないだろう。


 当然ながら、油断しない。


 疑い続けはする。


 それが、アレサの腹心として影のように付き添う者の使命でもあるのだから。


 それでも、信じた。英雄は、どう見てもバロウよりも……娶ったばかりの若妻、アレサ・ストラウスに夢中なのだ。ムカつくが、それは明白なことである。孤独な世捨ての男の執着の全ては、アレサに注がれていた。


「そうそう。二人とも、順調だ。体内で、良い形で魔力を練り上げたね」


「上手いだろう」


「ああ。次のステップは、その魔力を動かそう。『爪』を作りたいほうの手に循環させる。徐々に、強くしていくんだ。心拍数に合わせてもいいし、今なら、馬の揺れる背中に合わせてもいい。リズムさ。多くの魔術がそうであるように、こいつもやはりそれが重要でね」


「……やれています」


「馬の背タイプか。環境に合わせる戦い方を好む。アレサとは、逆というわけだね。君らは本当に良いコンビだ。その質の違いがあるからこそ、互いを補うように動ける」


 細かな分析を受けて、魔術の組み方の癖すらも見抜かれていく。魔術師としての実力では桁違いの強さだ。洞察もある。腕を『ラウドメア』に喰われてから、それを取り戻したいと願った時間の量を感じさせもした。


 執念深い洞察を、自分に使い続けたからの知識なのだ。一分も途切れることなく、自分の用意した課題に身も心も捧げ続けると、それほどの理解に至れる。それを得れば、他人に誤解なく的確に教えを伝えられるほど、客観的で再現性のある知識になるのだ。


 知っている。


 竜騎士の技巧を完成させるために、必死の努力をし続けているのはこちらも同じこと。


「さあ。仕上げといこう。体に流れる魔力を、人差し指だけに集中させてみるんだ。熱されたヤカンでも、フライパンでもいい。薪ストーブでもいい。とにかく、熱された鉄製品を触ってしまったときのことを思い出せ。集まる熱に、体が勝手に逃げるだろ?あれを、魔力でやるんだ。ヒリヒリするほどの濃く、だが、小さく。肌を傷めない距離に魔力を集めればいい」


「……こう、ですね」


「おお。すごいね、メリッサくん。馬上の訓練で、『竜爪』を作れてしまうなんて」


「指一つじゃ、何も出来ませんよ。五本、使えないと。これは、コントロールが難しい」


「それでも、十分だよ。君なら、すぐに完成させる」


「……おい、私も出来たぞ。褒めろ、夫!」


 負けず嫌いなアレサは、メリッサから遅れて数分、右の人差し指に魔力をまとわせることに成功してみせた。


「ああ。それでいい。やっぱり、アレサも天才だな」


「フフフ。そうだ。英雄に褒められるのは、心地よいものだな。メリッサ、そうだろう?」


「……はい。新しい力が増えるのは、とても嬉しいことです。竜騎士の力が増えて、お姉さまの目的の完成に近づけるんですから」




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