第一話 『三度目の結婚式に赤い祝福を』 その7


「バレたか!!おい、竜騎士姫の足止めをしろ!!片腕のジーンは殺す!!日陰者とはいえ、英雄をクインシーに使わせるな!!」


 武勇を尊ぶガルーナ国内において、伝説を持つ英雄の政治的な価値は重い。貴族としての暮らしを半ば放棄していたとしても、ジーン・ストラウスには価値があるのだ。


「夫となる叔父上を殺すか!!夫殺しは、私の仕事でもあるのに!!」


「どうせ殺すのであれば、我々が代わりに手を汚してやろう!!」


 鋼を打ち合わせ、火花越しに怒りをぶつけ合う。攻めに回らず、守りを徹底したことで竜太刀の一撃の前に無残に斬り殺されることはなかったが、それでも一方的な攻めを受け続けることは難しいものだ。腕が、ほほが、暴れる竜太刀に裂かれていく。


「速く、重く……っ。その上、鋭いか!!」


「父上直伝だからな!!」


 十秒間はもたない。アレサの嵐のような猛攻の前には、熟練の戦士の守りさえも崩されてしまう。長剣を弾き飛ばされ、武器を持たない手にされた。アレサは選ばせる。構えと静止を使い、降伏か死か、あるいは別の道を選ぶための猶予を与えた。


 強者らしい傲慢な慈悲である。


 戦士として生まれた男には、軽んじられる痛みに耐えられない。


 吠えながら、アレサ目掛けて殴りかかっていく。死を選んだだけではない、命がけで意地を示した。ガルーナ人のそういった気質を、竜騎士姫は嫌わない。踏み込み、カウンターの一刀で男の首を刎ねてやりながらも、心のなかで褒めてやる。


 見事だ。


「男とは、そうでなくてはな」


 血を吹きながら転がる首と、首の欠けてしまった胴体のあいだを進む。


「ジーン叔父上を救助しに行くぞ!!この場は、任せた!!」


「姫様を行かせるのだ!!」


「ジーン殿を、お任せいたします!!」


「『ラウドメア』を倒した英雄です!悪漢どもに殺されることのないように!!」


「善処する」


 ……英雄。偉大なる男。最高の魔術師の一人であり、数多の冒険をした男。軟弱な詩も好み、戯曲も書いたらしいが……芸術的な活動に、アレサ・ストラウスの興味はない。偉大なる戦士として、鋼と血のにおいがする日々を過ごす。人生を飾るのに、弱々しい芸術など不用だ。


「……生かしても、後から殺すかもしれんがな」


 弱い男は、どうしたって好きにはなれない。クインシーも、少年王エルヴェも、ジーンを絶対に殺すなとは釘を刺さなかった。


 英雄の名というよりも、ストラウス一族の結束と領地と領民だけを欲しがられている。


「クインシー継母殿は、野心を持たぬ男には興味を抱けない。エルヴェのような、幼い手駒は別として……」


 軟弱で、ストラウスの血に合わない男ならば、やはり初夜の前に殺すだろう。敵も嫌いであるが、弱い夫も嫌いだった。


 花嫁に殺されるのか、暗殺者に殺されるのか。


 不運なるジーンの人生に望まぬ波乱が訪れている。


「……ティファ。こうなるんじゃないかって思っていたことよりも、悲惨なことばかりが起きるよ。まったく、どうしてこの国ってのは、こうなんだい?……ガルーナの貴族は、静かな冬を迎えることも出来ないのか!!」


 幻滅しながら両腕を開いた。いや、『歌喰いラウドメア』に食われた右腕は、途中から『ない』。たんに獣に食い千切られたわけでもなく、刃に断たれた傷でもない。腕の断端は虚空の質である。『存在そのもの』が消し去られているのだ。


 異界からの『侵略神』が持つ力というのは、どれも計り知れないものばかりで、『ラウドメア』の力は、存在を消滅させることだ。『ラウドメア』に食われたら、肉体だけでなく、過去にまで存在の忘却は及ぶ。


 『最初からなかったことになる』のだ。


 ジーンも自らの右腕のことを覚えていない。どこにどんな傷やほくろがあったのかという記憶さえも、邪悪な神の力に呑まれ消えている。


 広げたはずの腕は、右の方だけぺしゃりと袖を垂れさせた。間抜けを演じる道化のように、滑稽でしまりがない。その様と、自暴自棄な表情を見たとき……暗殺者どもは自信を持った。


 かつてはともかく、今はすっかりと英雄も力を失っているらしい。表舞台を離れた理由は、詩作に没頭したという軟弱な願いゆえではなく、たんにみすぼらしく堕落した弱さを世間にさらけ出したくないだけなのだろう。


 そんな評価で、あざ笑った。


「覚悟しろ!!ジーン・ストラウス!!」


「お前たちストラウス一派の支配から、我々は祖国を解放する!!」


 神聖で小さな信仰の間のなか。石造りの薄暗く冷たいその瞑想の場に響いた野心を帯びた若い声。解放する。素晴らしい文言だとは、ジーンも感じた。


「だが、いささか欺瞞も感じるよ。オレや、ティファの姪を殺したところで、このガルーナが良き方向に向かうとでも?」


 クインシーは嫌な女だ。ストラウス一族も強引だろう。


 だが、それを力で排除しようという者に、現状以上の政治的器量があるとも思えない。


「間違っているのさ。エルヴェの成長を待つといいよ。あの子は、誰よりも賢者の記した本を読む。とても素直な目で読めるのだ。貴重な才覚だ。待てばいい。あと十年もすれば、誰もが認める名君となるに違いない」


「知った口を!!クインシーは、王を傀儡としてしか使っていないではないか!!」


「バロウ伯爵は、必ず、この内乱を制する!!ガルーナを、より偉大な王国にするのだ!!」


「……バロウね」


 聞き出したい言葉を聞けた。あとは、どうするべきか。亡き妻のもとに行くのも良い選択に思えるが……。


 ……この男にも、ガルーナ人の荒ぶる血が流れている。




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