第一話 『三度目の結婚式に赤い祝福を』 その6


 荒ぶる本質は傲慢であり、支配的だ。凍てつき間延びした戦いの場のなかで動けたのは、支配者とその最も忠実な眷属だけである。怯える敵の背中の一つにナイフを投げつけたメリッサ・ロウは、折り曲げた指を口にくわえて音を鳴らした。


 ピイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!


 敵の注目を呼び込みもするが、問題はない。本当に呼ぶべき者を呼べたのだから。雪のように白い軍馬だ。素晴らしい筋肉の躍動を見せつけて、疾風の速度をまといこの場に突撃して来る。


「馬!?」


「竜騎士姫の、白馬っ!?」


「アレサさま!!竜太刀を!!」


「ああ!!」


 愛馬に向かいアレサも走る。歩調を緩めてステップを踏む白馬の背に、飛びつくようにして巨大な竜太刀を抜き去ってみせた。華麗な動きではあるが、力強くもある。勢いのまま地上に降りた竜騎士姫は、打たせたばかりの巨剣と踊り、重量を御しにかかった。


 敵から奪った長剣とは異なり、関節と骨に響く重さに正統性を抱ける。


「これぞ、ストラウスの剣鬼が持つべき鋼だ!!」


 踊りが終わると同時に、青い双眸は獲物をにらむ。一連の事象に圧倒されていた敵の群れに、アレサこそが襲い掛かって行くのだ。逆転する状況に、襲撃を企てた暗殺者どもは苦悶する。


「狩るつもりで来て、この有り様かッッッ!!!」


「諸君らは、悪くはないよ!相手が、悪かったのさ!!」


 巨大な鋼と一つになった花嫁の突撃を、暗殺者の長剣が受け止める―――が、あまりにも力が違い過ぎる。凶竜ザードに迫るために設計から作り直した竜太刀なのだ。隠すための細さを持つ暗殺者の鋼では、受け切れるはずもない。


 鋼が割れる。竜太刀にへし折られてしまったのだ。


 甲高い音は若い女の悲鳴のようにヒトの本能へと突き刺さり、圧倒された事実を暗殺者は拒みたがる。剣を折られると同時に、軽々しく斬られた事実も否定したい。肉体がズレていく感覚は、何とも不吉で恐ろしいものだったから。


「バカな―――」


「達人は、ありえないようなことでも成し遂げるのさ」


 敵の遺した言葉に応えてやる。真っ二つになった敵の体から、また大量の血が放たれた。


「ストラウスの剣鬼の手に、竜太刀が戻ったんですよー!!敵のみなさん、お姉さまに、ぶっ殺されちゃいなさーい!!」


 メイドの言葉に戦士の誇りを煽られる。挑発なことはあまりにも明白であり、それに容易く心を流されるべきではないと暗殺者どもは考えた。考えることは出来たが、だとしても現実は容赦なく肉薄する。


 竜太刀の斬撃の嵐が、赤く踊る髪が、白い花嫁衣裳が、殺意に歓喜する竜騎士姫の顔と共に獲物に喰らいつく!!


 競り合おうと必死になる。一方的に殺されてなるものかと執念を発揮しようとするが、この現実は深刻な重みで組み上げられていた。


 剣ごと、体が裂かれていく。


 速さと、重さと、技巧が違う。あまりにも強い竜騎士姫の前に、暗殺者らは一方的な蹂躙の被害者となるほかない。


「こ、ここまでか!!ここまで、強いのか!!」


「知ってはいただろう!!戦場で、どの猛将よりも私が敵を斬っている!!」


「姫様に続けええええええ!!」


「敵どもの死体から、剣を奪い、戦いに参加するのだ!!」


 冷静なメイドは状況の変化に満足する。『安全』。そう呼ぶにはあまりにも物騒な殺し合いが繰り広げられているが、敗北の危険は消え去った。アレサとアレサに連携をした戦士たちにより、敵の脅威は牙を抜かれている。


 鼻をぶるると揺らす白馬の毛並みでも撫でてやるのが、自分の仕事になるかもしれない。いや。あるいは、いつものように観測の仕事をすべきか。耳は良い。風の歌い方も踊り方も聞き取れるし……長年、貴族に仕えたおかげで技巧を一つ持っている。小声で交わされる企み事も探り取れるのだ。


「いかん……竜騎士姫は、狙えん。失敗だが……まだ、この婚姻を邪魔する手立てはある」


 生まれ持った頭脳の冴えもあった。


 戦いに没頭し、夢中になってしまうガルーナの野蛮な者たちとメリッサ・ロウは違っている。メイドとして女主人に仕えるための心得も知っていた。成すべきことを常に探す。仕事は自ら見つけ出し、言いつけの通りを実現しなければならない。少なくとも、そうしなければアレサへの愛情をメリッサは満たしことにならなかった。


 それゆえに。


 ある意味では戦士以上の感度を用いて、敵の動きをも分析してしまえる。


 劣勢になった敵の動きは、あきらめてもいない。アレサとストラウスの一族に負けたことを理解していたとしても、失敗するつもりはないようだ。力で負ける失態を見せても、それが全てではない。強い弱いだけで、戦いが決まるとは限らない。メリッサが読破したいくつかの戦術書には、そんな考え方が記されていた。


 知識を、信じてもいる。


 ヒトの洞察や解釈によって発見された知識は、普遍的にヒトの行いの真実を見せるものだと、賢いメイドは知っていたのだ。


「お姉さま!!敵は、まだ作戦を成功させるつもりです!!決定的な選択肢を、まだ残しているんです!!」


「……なに?……ふ、む……そうか!!おい、皆の衆!!ジーン・ストラウスを、敵に殺させるな!!」


 婚姻を永遠に邪魔する手段のうちの一つに、花婿を殺してしまうというものもある。不運なるジーンを狙い、暗殺者どもの一団が動き出していた。




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