第一話 『三度目の結婚式に赤い祝福を』 その5
「竜騎士姫を殺せえええええええええええ!!!」
「悪女どもからガルーナを取り戻すのだ―――――」
暗殺者の一人に、アレサが正面から『奇襲』を行う。身構えていたはずだが、その男は後れを取っていた。不思議なことではない。アレサは彼を見ていなかったのだ。殺気を浴びせていたのは、となりにいる男の方である。
言葉と共に、命が斬られた。
頭部を切り裂かれたまま、言葉の代わりに血を吐き散らす。
「なんだ、今の……剣はッ!?」
「竜は、よくやる。格下の相手は、見ることもなく殺せるのだよ」
「誰が、格下か!!」
血霧のなかで嗤う乙女に、生きていた暗殺者が襲い掛かる。長剣が交差し、剣戟の音が互いの顔と腕を揺らした。悪くない腕ではある、が、常識的だ。それがアレサの抱いた相手への印象である。値踏みされる視線を浴びて、男は激怒していた。
「あばずれが、オレを、そんな目で見るな!!!」
「私を、クインシー扱いするなよ」
荒ぶる男の剣をいなし、アレサは軽やかな動きを使う。踊るような動き。軽薄なまでに自在であり、対戦者が不在であるかのようだ。向けられる敵意と殺気は、虚空へと外される。未知の動きに焦り剣が放たれるが、そのいずれもが空を切るばかり。
「悪くはない。だが、しょせんは、その程度だ!!」
飽きた。
それが本音である。傲慢な感情のまま、アレサは敵の空振りの軌道に長剣の突きを差し込んでいた。鋭い切っ先が喉元に喰らいつき、深々とその場所を裂いていまう。
「がはあ、ううっ!?」
視線が逃げる。竜騎士姫は、死を与えた獲物のことを見ていない。それが、死にゆく男には悔しかった。鍛錬と忠義を持つ男ではある。愚直に剣の腕を鍛えた、ガルーナの戦士だ。勝利を獲た敵に見つめられもしないことは、何とも屈辱的なことである。
「おれを……みろ……っ」
壊れた喉をどうにか揺らし最期の声を投げつける。それで精一杯だ。また一人、アレサの敵が死ぬ―――。
「―――恨むなよ。多くで仕掛けて来た、お前たちの方が悪い」
こう数が多ければ、一人一人を愛でるようには殺せない。ただただ一方的に、始末していく他なし。戦場で覚えた哲学のままに、赤い殺意は己の婚姻の宴席であった場所を駆け抜ける。
狙ったのは、弓隊。道化の姿をしたままの暗殺者どもだ。強靭な脚力と身軽な女の体にものを言わせ、速さ一つを頼りに突撃していく。最短距離でだ。つまりは、蛮勇極まる『真正面から』の攻めである。
「バカな!?」
「こちらは、5人だぞ!?」
「だ、だが、風のように速い!?」
「慌てるな!!同時に撃って、射殺してやればいい!!」
「構え――――ぐうふ!?」
ケットシーのメイドの腕が、物陰からナイフを投げていた。見事に一人の弓兵の顔面に突き立てられる。動揺が、起きた。ナイフを浴びせられた者は、この隊列を指揮する者であったがゆえに、号令が乱れる。当然ながら、狙ってのことだ。
「賢いメイドの存在は、いつだって心強い!!」
遅れた反応に容赦なくつけ込み、斬撃の速射で敵どもを斬って回る。速く、変幻自在、右から斬られるのか左から斬られるのか、弓持つ敵は判断をつけることも対処することも選べない。一方的に、斬られてしまうだけであった。
「さすが、お姉さま!!」
「あり……えん……っ」
「あるえるさ。強いとは、ときに理不尽な現象を起こす」
まだまだ余裕がある。メリッサ・ロウの援護を信じてもいたが、依存してはいなかった。投げナイフの反応が遅くても魔術を放つ準備はしている。剣術ほどではないが、魔術も十分に得意であった。
恨めしそうに見上げながら死んだ男から興味を外し、血の色に染まる宴席を見回す。アレサを見つけた敵がまた二人迫るが、彼らもまた風のような動きに斬撃を搔い潜られ、その腹を深々と裂かれるのみだ。臓腑をまき散らしながら、敵がまたガルーナの土に沈む。
「ば、バケモノめ!!」
「か、囲め!!囲めえええええ!!」
「……私ばかりに見惚れているとは、愚かなものたちだ」
ここは、ストラウス一族の宴席である。奇襲と混乱に呑まれたせいで、遅れを取りはしたものの、アレサの働きに敵どもの動きが釘付けにされれば、結婚式に呼ばれた者たちも対処を始める。
練られた計画ほど、外れたときに脆さも出た。弓隊の射撃を頼った策であることをアレサに看破され、そこから打撃されたことは痛い。
「……鋼での打ち合いを好む勇敢さは正しい。だが、今はそうあるべきではなかった。貴様らも、不本意な策ではあったというわけだ。主と手下の不一致も、弱さとなる」
矢を放った後、それを捨ててから突撃した敵も多かった。近接での武器を使った戦いを、この暗殺者どもの半数が望んでしまっている。矢の雨を降らせ続けた方が、戦術としては強かったのだが……そうはならない。
アレサは微笑む。
「我が祖国の、愚直なる勇敢さは、まことに愛おしいぞ」
皮肉ではない評価であった。竜のような勇敢さを、それに殉じたいと願望するガルーナの戦士たちを、返り血まみれの乙女は愛せる。
自らに迫って来た暗殺者と再び斬り結び、その男の腕を断って落とした。男は、剣もそれを振るう腕を失ってもなお、アレサ目掛けて身を突撃させる。噛みつこうとしたらしいが、その頭突きめいた動きを躱しながら、竜騎士姫の牙が交差し獲物を襲った。
深々と、男の首に乙女の歯列が喰い込む。
驚く男の体を剣持つ拳で押し付けながら、しなやかに首と背骨を伸ばした。
まるで、敵の肉を食い千切る白竜フィーエンのような動作。喰われた敵の首が放つ血を浴びる乙女に、敵どころか味方側の戦士らも恐怖で身を凍てつかせた。
「りゅ、竜騎士姫…………」
その名にあまりにも相応しい乙女であることを、ガルーナの男たちは再び教えられていたのだ。牙を使って殺した男の前で、可憐なまでの細さをもつ白い首は肉を呑み込む。
「勇敢な者は、好ましい。牙を使ってやる価値が、確かにあるぞ。くくく……っ。ハハハハハハハハハ!!!」
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