第一話 『三度目の結婚式に赤い祝福を』 その1

第一話    『三度目の結婚式に赤い祝福を』




「アレサお姉さまああああ!!」


 フィーエンの骸が燃え尽きて、竜と竜騎士の全てがそれぞれの領地へと引き上げたときには朝が訪れていた。孤独な朝陽を浴びながら、アレサはその声を聴く。風車と丘陵が並ぶ土地を、ケットシー族のメイドが白馬にまたがり道を急いでいた。メイドも白馬もアレサを見つけている。

燃え尽きた炎の前に立つ赤い髪の乙女の前に、馬が到着した。


「さすがに早いな、メリッサ・ロウ……っと!?」


 馬の背から降りと同時に、矢のような速さとなってメイドの少女がアレサに飛びついた。疲れ果てたアレサは、その力に押し倒されてしまう。


「ふむ。さすがは、私のメリッサだ。とても、俊敏である」


「ああ、ああ。お姉さま、お姉さまっ。フィーエンが、フィーエンがああっ」


 涙をあふれさせ、ケットシー族特有の猫耳を黒髪のあいだでぺしゃりと倒し、悲しみに割れる声を使う。竜騎士姫は、それを受け止めてやりながら、猫耳の生えた黒髪を撫でてやった。落ち着き払った表情のまま。


「安心しろ。勇ましく戦い、あいつらしく死んだよ。悲しむな。竜として生き、竜として死んで、ガルーナの空の歌となった。政敵どもも、それには同意せざるを得ない」


「……お姉さまっ。ですが、私は、哀しいですっ」


「そうだな。さみしくはあるよ。だが、生きている。竜騎士は、すべきことがあるぞ」


「研究の、続きですか?」


「ああ。多くの課題が残ってしまった。だが、昨夜の飛翔と風は……良かったよ。観測していたか?」


「はいっ。言いつけられた通り以上に、こなしたと思います」


「だったら、安心だ。お前は、ガルーナの戦士以上に風を読むことに長けているのだから。お前の協力があれば、竜騎士のための技巧を、より高められる」


「ですが。お姉さまには、竜が……もう……」


「あてはあるのさ」


「あて、ですか?」


「そう。そのためにも、まずは……竜太刀だな。折られてしまった」


「あれが、折られて……っ!?ザードめ……っ」


「恨むな。ザードも、竜としての本能を果たしている。それに、昨夜は……こちらから誘ってしまったのだ。挑まれば、応じる。そうでなければ、竜とは言えん」


「何だか、肩を持ち過ぎです。フィーエンを、あいつは殺したのですよ?」


「そのフィーエンからの遺言もある。それに、フィーエンにも誓った。私の名前は、ガルーナ最大の歌となるぞ。この王国に、そろそろ平和をもたらさねばならん」


「国盗り、ですか?」


「バカをいえ。私は、少年王エルヴェの支持者だぞ。エルヴェは、私よりもずっと年下だが、私の叔父上でもあられる」


「……はあ。あいかわらず複雑な家庭環境ですよね。貴族は、どこも乱れています」


「乱れた竜騎士姫と寝るのも、嫌いじゃないだろう」


「そ、それはっ。その、お、お姉さまの……エッチ」


 どこの王国の血統も、乱れた流れを持つものだった。ガルーナの王族と貴族、戦士として戦場に赴く伝統が災いして、多くが若くして死ぬこともあれば、戦死することを想定して多くの子を成すことも使命とされた。


 血のつながりは、政治力とも直結する。複雑な赤い糸が編まれていき、この王国の内乱を形作っていた。


「クインシーの……継母殿の策に乗るとしよう」


「え、ええええ!!?ま、まさか、お姉さまっ!?」


「竜太刀を打ち直す。より強力にしてな。竜乗りの術と風読みの術を研究しつつ……冬の訪れを待つぞ。嫁ぐ季節だ」


「……嫁ぐって、つまりは」


「どうだろうな。血のつながらぬ義理の叔父上の一人と結婚するだけだ。前の二人の夫のように、私に指一本触れることも出来ないまま、殺したりはせんよ。たぶん」


「えーと。お相手が、受け入れてくれるでしょうか?」


 結婚相手の夫を二連続で殺している乙女を、すんなりと受け入れる?


 貴族に仕えて複雑かつ狂気的な貴族の恋愛模様を見聞して来たメイドの一人であるが、賢いメリッサ・ロウの頭のなかにある常識は、愛しいお姉さまの三度目の結婚を受け入れる男がいるとは思えない。


「美しくても、炎に抱き着く者はいませんよ」


「いるさ。ガルーナの男は、バカなのだから。叔父上は、クインシーには逆らえん」


「何か秘密を握られているのです?」


「叔父上の勢力下にあった竜騎士が、昨夜、殺されたからだ。力を失うことを、叔父上も許容はできん。それは、今のガルーナでは死を招く。自身だけでなく、部下と領民の命さえも……それを、選べるほどには、傲慢ではないというだけさ」


 メイドを押しのけるようにして立ち上がる。愛しい竜の骸の灰に近づいて、微笑みを捧げた。誓うための言葉は、もう必要ない。アレサ・ストラウスは己の人生の方針をとっくの昔に決めている。笑顔で分かれればいい。いつか必ず訪れる死が、この離別を埋めてくれることもガルーナの戦士の全員が理解している。


 再会のときに備えて、己の人生を歌で飾らねばならない。


「感傷的に、なっている場合ではないんだよ。急ぐとしよう。秋などすぐに終わる。時間は、多く残ってはいない。次の戦いに備えるぞ」


「はいっ!!……フィーエン、私があなたの分まで、これからもお姉さまにお仕えします。空で、安らかに……お姉さまの人生を、見守っていてください」




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