序章 その5


 ズガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!


『ぐがああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!?』


 ザードの左眼が、竜太刀の一刀に斬って裂かれる。大量の血が夜空へと噴き上がり、ザードの眼球と魔力が大きく消え去った。


『このくそおんなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』


 怒れる尾が、アレサを狙う。アレサは回避しようとしたが、回避はできない。その甘さをザードは持っていない。片目を失ったばかりでも、母竜との闘いで疲弊した身体でも、完璧な鋭さと精度を持った攻撃を放った。


「さすがだ――――」


 感心しながらも、打撃される。竜太刀で受けるが即座にへし折られてしまう。だが、それが衝撃を殺してもくれた。竜騎士姫の体は軽々しく吹き飛ばされたものの、どうにか意識は保っている。地面を転がり、全身の骨が軋む自覚を得はするが、死なずに立ち上がった。


 目の前に、迫る殺意を―――笑顔でにらむ。


 嬉しくもあるのだ。


 ザードの力が、これほどでもあることが……。


『しねえええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!』


『それは、お前の方だああああああああああああああああああああッッッ!!!』


 傷だらけのフィーエンが反応する。ザードに突撃し、その巨体を押し込み、風車の一つにもつれながら突っ込んだ。蹴爪で、瓦礫のなかに沈んだザードを押さえつける。押さえつけようとして―――金色の隻眼と殺気と……強烈な魔力の昂りを知覚した。


 ザードの魔力が電撃を呼び、母竜の制圧を電熱で崩す。脚から焼き払われていくフィーエン。体力が残っていれば、まだ仔竜から放たれる魔力に耐えられたはずだが、圧倒され、その身を後退させてしまう。


 選ぶときが訪れていた。


 300年続いた命を、どう終わらせるべきか。


 フィーエンは、選ぶ。


 母竜を超越して、殺意をアレサだけに向けた我が仔に対し……一撃を浴びせ、誇りを見せるよりも。アレサのために動いた。


 ザードの牙の列が開き、強大な魔力が口内で火球へと変わる。アレサは見ていた。全てを、その見開いた青い双眸のなかに映す。最後の瞬間、フィーエンはザードの放つ火球を、自らの首で受け止めた。フィーエンの首の半分が吹き飛び―――爆炎が、二匹の竜のあいだで黄金色の煌めきと劫火へと変わる。


「……私の盾に、なってくれながら……自分と、ザードの魔力を、融け合わせ……暴発、させたのか……っ。これは、つまり、半分は自爆だぞ……っ。私の、ために……っ。フィーエン。フィーエン……っ。フィーエンううううううううううううううううううううううううううううううううううううううッッッ!!!」


 黄金に暴れる猛火の奥で、呼び声を浴びながら白竜の身が崩れ落ちていく。炎のなかにいる仔竜を見つめ、言葉を託して。


 むろん。


 凶竜ザードは、そんな声を無視する。燃える母竜のとなりで、身を起こし。傷だらけとなった体を灼熱から脱出させた。にらみつける。金色の隻眼で、赤毛の竜騎士姫の青い双眸をにらむのだ。


 剣もない。


 傷だらけ。


 それでもなお、闘志を失うこともない。仔竜は視線をにらみ返される。青い空のような、二つの瞳に。


 怒りと、憎しみと。何か別の感情が去来するが、ザードの知性が生存を選択させる。


 フィーエンの死を悟り、戦場が動き出していた。残りの竜と竜騎士たちが、重傷を負ったザードへと殺到しようと空のなかで隊列を組んでいく。わずらわしい。雑魚どもめ。


『GHAOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 雑魚を威嚇するためと、そして、誓うために。


 凶竜ザードは夜空へと歌を放った。


 怯む竜騎士団など無視して、隻眼はただ一人だけをにらみ返す。


『このめの、かりは……やがてかえすぞ』


「……来るがいい。あるいは、私から、そちらに行くぞ。次は、目玉では済まさん」


『……こしゃくな、おんなめ!!』


 目を細めると、仔竜は尊大な尾を振った。体勢を整えると、アレサのとなりを駆け抜けて空へと戻る。ガルーナの竜騎士団が、その飛翔を追いかけるものの……どうにも、速さが違っている。


「追いつけるものか。あいつに追いつけるのは、フィーエンと……私だけ。私だけだよ」


 燃える愛竜の骸へと、アレサ・ストラウスは近づいていく。竜の魔力が生んだ炎に焦がされる風を浴びながら、虚空に向けて手を伸ばした。


「守ってくれた命だ。ガルーナのために、尽くすよ。フィーエン。お前は、私の生まれた王国の、『母』なのだから」


 ガルーナの竜騎士団を生み出した偉大な古竜、フィーエン。


 その骸を焼く炎の熱を手のひらに受け止めながら……。


 竜騎士姫アレサは静かに微笑む。


 竜と竜騎士を結ぶ絆の術が、最後の声を心に響かせていた。


「……『新たな翼を求めなさい。最も偉大な歌となる乙女には、相応しい翼がある』。やはり、お前は……母親だな、フィーエン」




 その夜の凶竜ザードとの戦いは、そうして終わった。フィーエンの命を費やし、深手を負わせることに成功したガルーナの戦士たちは竜の聖地と呼ばれる幽谷へと落ち延びたザードを追撃することが出来ない。入り組んだ地形に攻め込めば、ザードとの単独での戦闘を強いられる。


 勇敢な者たちも、命を粗末にはしない。多くの戦力を失った今となっては、それぞれの一族を存続させるためにも……生き延びることを優先せざるをえないのだ。


 多くの王が乱立し、王位を奪い合う内乱の時代においては蛮勇であることを誇ったガルーナ人たちも慎重な政治的駆け引きに囚われもする。


 この夜、多くの戦力が黄泉に旅立ち。


 歌へと変わった。


 歌……栄誉ある戦場の英雄になれた者たちは幸いであったかもしれない。ガルーナの伝説として、永遠を得られたのだ。


 地上での醜い権力闘争から解放されることを、この土地の単純な戦士たちの多くが願っていたものの、名誉ではなく権力を求める野心はこれからしばらくのあいだ燃え続ける定めである……。




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