序章 その3


「どれが父上を毒殺した卑怯な男なのか分かれば、今すぐに殺すんだが。嫌味な復讐をしている場合でもない。さすがに、これ以上、竜騎士を失ってしまえば……ガルーナそのものの戦力が瓦解する」


『ええ。竜のいないガルーナは、脆いでしょう』


「……祖国のために、私は父親の仇とも並び、飛ぶとしよう!……楽しみだ」


『隠せてませんよ、本音が。もっと上手く振る舞えば、幸せな家庭でも築けるのに』


「私が子供を産む日などは、来ないさ」


『残念。あなたの王朝は、興味があるのに』


「どうあれ。今宵、ザードに勝たねば全てが終わる。楽しもう!『最強』と『最強』の戦いだ!!竜騎士が乗った方が、強いという真実をお前の仔に教えてやるぞ!!」


 ブーツが首の付け根を打ち、羽ばたきの手法を伝える。その動きが伝えた竜騎士姫の選択に、フィーエンは知的な興奮を覚えた。賢い老竜は全ての竜と竜騎士の思考を把握しているが、アレサはそれ以上だ。把握しただけでなく、掌握し、制御しようとしている。


 まるで。


 空の支配者だ。


 翼と角と牙としっぽが生えた竜の姿で、どうして生まれてこなかったのか。背中の主と出会ってからの十数年、二日に一度は抱く考えが古老の脳裏に再び浮かぶが―――今は、この素敵な命令に従うことを選ぶべきだった。遅れを取ってしまえば、竜騎士姫の描いた理想の掌握が崩れてしまうのだから。


 今だ。今しかない。


 政敵に背を見せるリスクを恐れずに、あの血と火球の破片が飛び散る空戦の中心へと飛び込まなければ、ザードに勝つことは出来ない。経験を積ませ過ぎている。成長させ過ぎた。才能。圧倒的な才能を、これ以上、研がせてしまえば。


 フィーエンが守って来たガルーナという巣が内側から淘汰されてしまう。


 古老の白い翼が空を叩き、加速を帯びた。思考は捨てる。それは、300年、空を飛んで来たはずの自分よりも空戦を掌握する小娘に任せればいい。集中し、決意と本能を用いて、ただ速さを作るのみ。


 役割分担だ。


 それを行うことで、竜は竜騎士に乗られていたとしても―――乗られていないときよりもはるかに速く、はるかに鋭く、飛べるのだから。


 迫る。


 複雑に、立体的に。夜天の強い風と、熾烈な命がけの闘争の応酬に複雑怪奇に絡み合う無数の飛翔の軌道のなかを、ただ真っ直ぐに。空間と時間が、動く。神がかった、空戦の掌握。竜の感情と力と、竜騎士の思惑が……全て行いとなって空に描かれるのだが。アレサは、全てを見切ってみせた。


『しろくて、あかい……やつッッッ!!!』


 恐ろしいはずなのに、愛らしい無垢も帯びた声が空に響く。気づいていたはずだったのに、他の雑魚どもとは異なり、ずっと意識はしていたはずなのに。凶竜ザードは、自らの母竜と竜騎士姫の突撃を許してしまう。


 解せない。


 竜騎士の奥義を極めた、天才が竜と組むことでのみ到達できた瞬間のことが。


 フィーエンのあごが大きく開く。近づく白い牙の群れに、凶竜ザードは思考する。こいつらは、あらゆるものを読み切ったらしい。空の風も、忌まわしい雑魚どもの動き方も……そして、腹立たしいことに、ザードの反応さえも。


 全てを読み切り、道を描いたようだ。


 どの竜がどう飛び、ザードがどう動き、どう飛べば……ザードの首に、ここまで牙を近づけるのかを読み解いた―――ありえんことだ。ありえんことを現実にして、『また、やって来やがった』!!


『GHAOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


『GHAOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 闘争本能が昂り、竜の血を暴れながら走る魔力が歌と共に強力な火球となって放たれる。至近距離からの火球の撃ち合い。それらは正面から衝突し合い、融合しながら丘のように巨大な爆炎へと変化した。


 黄金色の輝きと、灼熱の波が空をうねらせ歪ませる。


 アレサは焼き尽くされそうな熱量を浴びながらも、歓喜に唇を曲げた。


「ハハハハ!!あのタイミングに、才能一つで反応したぞ!!さすがだな、ザード!!」


 千載一遇の好機だった。


 ザードが、あとわずかでも弱ければ、迷えば、賢くなければ。あるいは、不運であれば。この襲撃がザードに死を与えたはずである。だが、違った。理想的な攻撃さえも、才能が凌駕する。強さを崇める戦士の魂は、感動を禁じ得ない。


『笑っている場合ではないですよ』


「もちろん!!」


 魔力を込めた腕を、空へと向ける。竜騎士姫の突き出した左手が、『雷』の矢を撃ち出した。竜たちが生み出した爆炎に向けて。黄金のうねりの奥から、漆黒の殺意が飛び出して来ることを予測していた。


 一瞬だって、長く生かしてやろうとは思わない。思えない。ザードがそうなるように力を見せつけてもいた。渡すつもりはない。この戦いも、ザードも。ガルーナにおける最大の歌となることを、竜騎士姫アレサ・ストラウスは望んでいるのだから。


 『雷』が、爆炎を越えて来たザードに衝突する。空を焦がす音が……爆炎の残響と熱が残る空が、紫電の魔術で切り裂かれ、仔竜の身に傷を入れた。突撃の勢いが、削がれる。わずかだが、わずかであっても。極限の戦いのなかでは、決め手となるものだ。




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