序章 その2
竜騎士姫の青い瞳が、燃える地上を見る。
貴族の屋敷が、また一つ燃やされていた。その領地に生えた風車も三つ焼かれている。実り始めていた小麦の畑も、今ではあちこちが火の海となっていた。
「暴れ竜に挑むには、あまりにもつまらん小細工を用いたらしい」
『畑に牛でも置いていたのでしょう。エサにし、伏兵で囲ませて……浅はかな』
「竜を知らなすぎる。竜騎士の一族のくせに、竜の背で寝た夜が少ないらしい」
『ザードを討ち取る名誉、それに目が眩んでいたのでしょう。あそこの家にも、私の仔の一匹がいたはずですが……』
「賢くない仔もいる。竜は、たしかに弱くなったよ。竜騎士も、質が落ちた。残念だ……ああ、すまんな、フィーエン。仔をまた一匹、失ったお前に告げるべき言葉じゃないか?」
『真の竜は、事実を好むものです。問題ありません』
我が仔の一匹は、小麦畑のあいだを曲がりながら走る川に落ちて死んでいた。腹を食い破られている。主である間抜けな竜騎士の死体は、まっぷたにされたらしい。上半身が仰向けに転がる竜の頭の近くに転がっていたが、下半身は行方不明だ。興味がないため、捜索することはしない。
『私の血も、衰えた。私の祖父から続く血が作った王朝は、終焉を迎えつつある』
フィーエンの瞳には、燃える夜のガルーナが見えた。不用意な『罠』が、ザードの闘争本能に火を点けてしまっている。鋼のにおいがする場所を、徹底的に襲撃し始めたのだ。竜のいる竜騎士の家は、とくに執拗な襲撃を受けている……。
「私の敵が、私の味方と共に全滅してしまいそうだよ」
『嬉しがらないことです。そういう態度は、敵を増やす』
「今は、私とお前だけだ。評判を落としはしない」
『いつまでも、私はあなたのそばにはいれませんから』
「そうだな」
『……命を懸けるべき相手。私から生まれた全ての翼のなかで、最も黒く。最も強く。最も残酷なものと、戦うのです。私は……このガルーナのためにも、まだザードが全ての竜を喰らう日が来るべきだとは思っていません』
「死ぬ気でいこう。私も、付き合ってやるぞ。いつものように」
背中にいる乙女が、誰よりもストラウスなのだと信じられる。戦いを好む、凶暴な質。魂の底から勇ましさの牙と角が生えている。恐れ知らずの、剣鬼。
『名誉ですよ、竜騎士姫を背に乗せて、死ぬのは』
勇ましい四つの瞳が敵を空に探す。
巨大な雲が横に長く流れる西の空、雲と山の境い目で……ガルーナの竜騎士団が久しぶりの集結を見せている。20匹以上の竜と、その背に乗った竜騎士たち。アレサとフィーエンと同じく、彼らもまた少年王エルヴェ・ゾードの招集に応えた。
「勇ましく戦っているな」
『どちらのことです?』
「もちろん、ザードのことだよ。ほら、素晴らしい。速度が、切れが、全くもって違う」
達人が使う剣技のように、敵対者の攻めを呑み込むように受け流し、熾烈な反撃の牙で打ち据える。アレサは知っていた。武術と竜の飛行が目指すべき究極の動きは、いつも似ているのだと。
素晴らしい。
年若い竜のはずなのに。
成熟した竜と、アレサよりも十年は長く竜には乗っている竜騎士の組み合わせが生み出す空中の包囲をすり抜けて、闇より深い黒いうろこを煌かせ……己に挑んだ弱者どもに、報復の爪を降らせていく。
「ああ。いい動きだ!そうだ、そうこなくては!!ああ、いい!!また、殺すぞ!!」
『悪癖ですね。強い脅威に、発情しないでください』
「治らんのだよ、ヒトとは、竜よりもずっと正直でバカなんだからな!!」
19、18、17……。
凶竜ザードの爪を浴びせられ、牙で噛み殺され……そして、死体を蹴りつけながら空で舞い踊りながら放った黄金色の火球が、竜騎士と竜の組み合わせを喰らっていく。流れるような動きで、漆黒の仔竜は成竜の群れを駆逐していった。
「あいつ。良いな。こちらの戦術を、読んでいるぞ」
『……長く、同じ方法を使い過ぎてしまいましたね。仲が悪すぎるから、こうなります』
フィーエンも見抜く。竜騎士団は実力を発揮し切れてはいない。より立体的な空中陣形も張れるはずなのに。そうすれば、勝てるとは言わなくとも、ここまで遊ばれることもないはずだった。さすがに、そこまでフィーエンの血脈は弱り切ってもいない。
技巧でも、血でもなく。原因は、より浅い場所にあった。
「内乱の最中だからな。エルヴェの訴えに今夜は皆が素直に従っているとはいえ、この戦いの正しさを信じてはいても……背後を、政敵に見せることを選べない。連携が、単調になる原因だな。『それ』も、あの仔は見切ったか?」
『見切っていますね。ヒトの政治などに、興味を持ってはいないでしょうけれど。動きは、多くを語り過ぎる。とくに、ガルーナ人は短慮を好みますから』
「耳が痛い。だが、賢い仔なことを確かめられて、嬉しくはある」
……16。
貴重なガルーナの竜と竜騎士の数が、また減った。空で踊ったザードの尾の一撃に打たれ、竜の首が折られる。高速かつ立体的に交差する竜の首を、的確に狙い、理想の通りに命中させた。
「運が良いな。あの動きは、想定外だった。あれをもらえば、私たちでも危なかった!負けていたな!!」
『喜ばないことです。それで、どうしますか?……王の言葉に従い、ここに来た。政敵が減る機会ではあります。あなたの、父親の仇も、死ぬかもしれませんね』
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