竜騎士姫アレサ ~最後の竜騎士の英雄譚外伝~

よしふみ

序章 その1

竜騎士姫アレサ




序章




 偉大な戦士が死んだとき、その国では歌が作られた。


 死を讃える歌ではない。戦士が自らの人生で戦い抜くことで示した価値を、生き残った者たちに畏敬を与えるためだ。戦士の生き様を肯定する、血と鋼と炎の香りを帯びた歌。死者の魂の還る空へと捧げられ、永遠に歌い継がれる物語……。


 北方にある剣で語ることを好む野蛮な王国、ガルーナ。


 そのガルーナでも、最も血が流れたという内乱に明け暮れた赤い時代も終わりに差し掛かった頃。満月が吹雪に覆われた夜に、『竜騎士姫』は生まれた。アレサと名付けられ、竜騎士の名家ストラウス一族の一員として育てられる。


 その見た目は美しい姫君であり。


 その血に流れる気質は、『剣鬼』と形容されるストラウスの戦士のそれだった。


 幼いころから父親と共に竜に乗っていた少女は、剣と声と肌で竜と語らう天賦の才を目覚めさせ、やがてガルーナで初めての女竜騎士となる。


 身の丈と同じ大きさの竜太刀を自在に振り回し、戦場を竜の炎で焼き払い、怯えた敵兵の命を両断していく、赤い髪の戦乙女。焦げる敵の血が上げた黒煙のなかを、白い古竜と共に飛び抜ける恐怖を知らない美しい獣。


 アレサ・ストラウスは、時代の申し子だった。ただでさえ乱暴な暮らしをする北方野蛮人どもの王国が経験した、史上最悪の内乱の日々が生み出した、あまりに荒々しい歌を持つ者。


 ……十五回の国内外の戦場で武勲を上げつつ。


 三か月だけ国王となった父親が何者かに暗殺され……。


 当たり前のように二度の政略結婚に失敗したあとも。


 ガルーナの空の下に、愛竜と共に君臨している。


 多くの歌と共に、彼女は生きるのだ。


 望むものは、少女の頃から変わらない。


「なあ、私のフィーエン。お前よりも長く続く歌として、この空に残りたいのだ。まだまだ、敵の血で飾るとしよう」


 獣のように鋭い犬歯を、美しく可憐な見た目の唇からのぞかせながら。竜騎士の名門ストラウス家の最大の伝説となる者は、今宵も竜の背へと向かう―――。


『―――いい歌になるでしょう。我が仔、ザードを仕留めることは』


「業深いな」


『いいえ。正しい習わしなのです。竜とは、そういうものだと教えたはず』


「教わった。たしかに、これもまた竜の本能……我々と、そう変わるものではないか」


『変わりませんね。ヒトも、同じこと。『弱った群れ』を駆逐して、新しい王朝を築こうとする破壊者が生まれる。それは獣の本能なのですよ、アレサ。あなたは、ザードにとてもよく似ているの』


「『竜喰いの竜』に似る。名誉なことだ。血のにおいは、私に合う」


 ガルーナにおいて最も恐れられる怪物、『竜喰いの竜』……今宵、それに挑むことになった。アレサは身を走る血に熱がたぎる。戦場に赴くときは、常にそうなった。例外はない。


「死を身近に感じられるほど、生きている実感が得られる。楽しもう」


『……これだから、ストラウスの血は興味深いものです』


 白竜フィーエンは瞳を閉じて、夜の闇を突き抜ける風を待った。丘を埋め尽くす若い緑が鳴る。北からの力を翼で受け止め、古く白い翼が広がり―――アレサはブーツの内側を用いて合図を送った。


 赤く長い髪が突風に揺さぶられ、竜の翼は風を叩く。軽やかに空へと舞い上がるのだ。風を包み込むような飛び立ちに、完璧主義者の竜騎士は欲深な瞳を細める。


「いい動きだ。今のは、満足がいく。メリッサは、ちゃんと記録しておいてくれたかな」


『しているでしょうよ。あの子は、まるであなたの妹』


「敵の城から……いや、元・旦那の城から奪って来たケットシーの奴隷なんだが……たしかに。可愛い妹だ。いいにおいだし、やわらかい」


『メス同士で、何をしているのか。非生産的ですね』


「可愛いものが好きなのだよ。初夜に夫を二人も暗殺したような女には、若くて美しくても言い寄る男が少ないのさ」


『竜騎士姫の夫は、苦労する』


「ああ。私の夫なのだから、当然だよ」


 父親からの命令でした最初の結婚で得たのは、悪名と敵対国の伯爵の首。そして、賢い奴隷の少女。


 母親からの命令でした二度目の結婚で得たのは、国内貴族の首。白竜フィーエンと共に暴れて、屋敷と騎士団一つを滅ぼした。


「時代が、させる」


『どうでしょうか。それだけでもないと、私は思いますがね』


 300年生きた古い竜は羽ばたきと旋回を巧みに合わせ、夜の空高くへと昇っていく。アレサのブーツがそれを求めていたからだ。多くの竜騎士を背に乗せて、心と技巧を重ねてきたが……フィーエンにとって最良の乗り手は、この19才の乙女である。


 才能の塊。


 竜騎士としてなるべく生まれたような力の持ち主で、実際、その才能の通りに人生を変えた。美しく着飾り、たくましい夫の腕に抱かれ、やがてストラウスの色をした赤毛の仔を生む。そんなありきたりの運命から、どこまでも遠ざかり今も空にいた。


「すべきことをせなばな。まずは、高みから見る必要があるぞ」


『ザードの動きを?』


「もちろん。だが、ザードだけではない。ザード以外にも、私の敵は数多い」


『そうですね。あなたの所業が、招いてもいる。いえ、時代の方ですか?』


「どちらもだ。私だけのせいじゃないよ、内乱は、父上の死ぬずっと前からあった」




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