3-8 私、見つけちゃいました!


 湖上さんが自宅にくるのは今回で二度目だけど、だからといって焦らない訳ではない。

 むしろ意識がハッキリしているぶん、下手なことは出来ないという緊張が強かった。


 改めて湖上さんを見れば、相変わらず透き通るような黒髪をさらりと流し、ニコニコと上機嫌のままローテーブル奥に腰を下ろしている。

 陵辱もの好きな彼女だけれど、その所作はどう見ても上流階級のお嬢様で、育ちの良さが端々から伺える。

 そんな彼女を前に、今回はきちんと策を練った。


 僕には日常会話を盛り上げるスキルがない。

 そもそも『会話』なんて概念自体が陰キャにダメージを与える猛毒だ。であれば挨拶は早々に切り上げ、彼女を本題に釘付けにしてしまえば良い。


「ええと……僕のデータ類は、全部あっちのパソコンに入ってますので。どうぞ好きに触ってください」

「はい。では失礼しますっ」


 僕は湖上さんを速攻でパソコンデスクに座らせた。

 普段自分がかじりつくように座ってる椅子に、湖上さんが座ってることにドキドキしつつアプリを開く。


 当然、電子書籍の一部エロデータは透明ファイル化し、検索除けも仕掛けた。

 開いたエロファイルの中身は100%純愛もののみで、僕はいかにも健全なエロ男子を装いつつ紹介する。


「僕が読んでる本はこのアプリから……色々ありますけど、好きに読んで下さい。ゲームはこっちのフォルダです。あ、僕ちょっと飲み物もってきますね」

「すみません、お気遣いさせてしまって。あ、私も本持ってきましたので」


 ごそごそと性癖本のやり取りをしたのち、湖上さんは早速パソコンにかじりついた。

 男子の前で遠慮なく開かれるエロファイルに目を輝かせる傍ら、僕はお茶を用意するためそそくさと退室する。


 これで時間を稼ぎつつ、場が温まってきたところで例の件を打ち明けよう。

「実はこういう陵辱系も、僕好きでして……」と、あくまで自然体を装いながら、少しだけ興味がある、という体で口にするのだ。


 そう考えつつ台所に戻り、お茶を入れようとして。

 ふと、湖上さんならコーヒーの方が良かったかも……? と思った。

 スマホで時計を確認。

 自販機に行く時間はある。


 湖上さんにバレないよう、こっそり部屋を出る。

 タンタンと足早に階段を下りながら、今日は上手くいくぞという予感があった。

 大丈夫。きちんと予定通りに進めれば、問題なく出来るはず――



(わああ、ダブルスクリーンに全画面えっちな本……便利ですねこれ……!)


 宮下さんの私室にお邪魔した私は早速、彼の電子書籍ファイルを開きながら感嘆の声をあげていました。


 宮下さんの自宅用PCは、本格的な大型デスクトップ。

 操作に遅延がなく、おまけにモニターが二つ並んだダブルスクリーン仕様です。

 メインの左画面でエロゲを開きながら、なんと右側で攻略wikiを開けちゃうのです!


 私のPCは父から貰ったお下がりのノートで時々フリーズするので、この大きな画面で速やかにゲームや本を開けることに感動です。

 その大画面で開かれる彼の純愛性癖には、思わず目をきらきらさせずにいられません。


(宮下さんは、守備範囲がとても広いのですよね……)


 パソコンのマウスを弄り、性的な本をぱらぱらとめくりながら、私はドキドキと胸の高鳴りを抑えきれずにいたのでした。




 湖上奏――私がこの手の本にハマり始めたのは、中学三年半ばの頃。

 最初に好きになったのは、少女漫画によくある過激なシーンで、女性を無理やり抑えつけて致す男性にドキドキしたのがキッカケです。

 当時は少女漫画のサディスティックな男に興奮したと思いましたが……

 どうやら私は、単純に女の子が苛められるのが好き、と気がつきました。

 そこから性癖の赴くまま過激なシーンをネットで探して、気付けば二次元陵辱系に大興奮する自分を知ったのです。


 それらを検索している間に、同人ゲームで陵辱系が流行ってると知り、イラストに惹かれて人生初のRPG『フィーンテイル』体験版に手を出したことが私の転機になりました。


 ――この世に、こんな魅力的なゲームがあるなんて。

 ――私ももっと、遊んでみたい!

 意を決して、年齢をちょろまかしてエロゲショップで『フィーンテイル』本編を購入し、遊び尽くしました。

 それはもう全ルート三周ずつは堪能し、自分で攻略wikiを編集できるくらいやり込み、気付けばすっかりこのジャンルに墜ちていたのです。


 背徳的、という自覚はあるのです。

 大変にいけない性癖です。

 世間にバレたら打ち首拷問の刑でしょう。

 私のことを心から信頼している父や母には、もちろん絶対に言えません。

 本当なら私一人で秘匿し、墓まで持っていくべき秘密だと我慢していたのですが――


(宮下さんとお話できて、本当に良かったです)


 彼に秘密を打ち明けたのは、……彼を本屋で見かけたのがきっかけです。

 初まりは、六月の始め。

 馴染みの本屋、といっても当時はまだ三度目の来店でものすごくドキドキしていたのですが、その時、逃げるように店を出る宮下さんの背中を見たのです。


 宮下さんの顔は、入学時からよく覚えていました。

 テストの成績表でいつも一番上にある名前です。総合成績五位をうろうろしてる私が意識しないはずもありません。

 そんな彼に本屋で見られた時は、あ、私死んだかもと思ったのですが……


 宮下さんはその後も、私について語ることはありませんでした。

 私に気付いてると気付きつつも、悪評を言いふらすことはなく。

 教室の隅でひっそりと、息を潜めるように過ごしていたのです。


 その四ヶ月の空白が、私に勇気をくれました。

 ――この人なら、秘密を打ち明けても……言いふらしたりしないのでは? と。


 もちろん話を切り出すときは、清水寺どころかスカイツリーから飛び降りる勇気が必要でした。

 なので私は、ずるさも手管に使います。

 「委員長として仲良くなるため」なんて建前をつけ、雑談のふりをして有名十八禁ゲームの名を出して反応を伺い、最初は純愛ものが好きなフリをして。

 ずるっこい私は足場を確かめながら宮下さんに近づいたのです。


 ……まあ、彼が同人ゲームをオンラインで買えると知った時はテンションがん上がりすぎて、遊びたいあまり無茶をして冷静どころではなかったのですが……

 ……というか私、ホント色々しでかしたのですが……

 宮下さんのフォローにより事なきを得たので、本当に感謝しかありません。


(私も宮下さんにお返ししたいのですけども。宮下さん、勉強もできるし本知識も同人ゲーム知識も私より上すぎて、何もないのですよねぇ)


 ぱらぱらとマウスでページをめくり堪能しつつ、ふぅ、と一息つきます。

 うーん。


(私にお手伝いできること……ゲームの攻略を教えるとか?)


 そういえば宮下さん、お渡ししたフィーンテイルは遊んでくれたでしょうか。

 フィーンテイルは同人RPGにしてはやり込み要素が深く、またレベル上げも必要なゲームです。意外とボスも強いので、道中で詰まっているかもしれません。

 ……気になったのでPCに【フィーンテイル】と文字を入力し、デスクトップから検索。

 ゲームデータが表示され、こっそり起動してみると、既にセーブデータが入っていました。


(え、レベル26!? すごい……)


 本ゲームはレベル15前後でクリアが可能で、やり込み要素を突破するのにレベル21程度あれば良いとされています。

 レベル26というのは相当にやり込んでる証で、私はつい嬉しくてにんまり笑みを零します。


 良かった、すごく楽しんでくれてる……と安堵していると。

 ふと、検索画面がまだ動いてることに気付きます。

 何か、変なファイルがひっかかっていました。



【フィーンテイル シナリオ3-01】



 画面を二度見した私の前で、検索ファイル名がどんどん増えていきます。



【フィーンテイル シナリオ3-02(修正\宮下)】

【フィーンテイル キャラ設定一覧】

【フィーンテイル シナリオ3-05(再々修正\あずまコメント付き)】



 ばらばらと出てくる謎のファイル。

 単なる文章ファイルのようですけど……

 お貸ししたデータに、こんなものありましたでしょうか?


 私はどうしても気になって、最初のファイルをかちりと開きました。



 マンション下の自販機でコーヒーを買おうと思ったのだけど、コンビニの方がいいかと出かけたせいで遅くなってしまった。

 湖上さん、怒ってなきゃ良いけど……。

 と、自宅に戻り「お待たせしました」と湖上さんに声をかけつつ、画面を見て――


 僕はぴしっと固まった。


 開かれていたのは淫らな少女でもなく、ゲームでもなく。

 僕が修正を行っていた『フィーンテイル』作成中のシナリオ原稿そのものだったのだ。


 固まる僕の前で、ふらりと振り向く湖上さん。

 その瞳は困惑の色が浮かび、ええと、と視線が泳いでいる。


「…………」

「……あの。宮下さん。ごめんなさい、ふらっと見つけて開いちゃったんですけど……」


 その彼女の迷うような、けれど輝きを秘めた瞳が、僕へ切実に訴えていた。

 これは何ですか? と。

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