3-9 あっ、これ確実に嫌われた(勘違い)
師匠から聞いたのだが、古い漫画の名言に「諦めたらそこで試合終了」というものがあるらしい。
確かに、湖上さんは僕のファイルを開いていた。
けど、まだ開いただけ。
中身の意味までは理解してない……いや仮に理解したとしても、僕がそれを書いた、なんて夢にも思わないはず。
諦めたら試合終了である。
「あ、いや、これはその……あはは……」
愛想笑いを浮かべながら幽霊のように横移動し、例のファイルを閉じた。
そのままカップコーヒーをテーブルに置き、何事も無かったように元のエロファイルを展開する。
半笑いのまま冷や汗を浮かべつつ、感想を聞いてみた。
「それで湖上さん、面白そうな本は見つかりました?」
「…………あ。は、はいっ。宮下さんの本、本当に沢山あって素敵です」
「それは良かった」
「ええ。ありがとうございます」
「……はい」
「…………」
「…………」
けれど、湖上さんの瞳は沈黙で語る。
さっきのファイルは何ですか? と。
じんわりと冷や汗を流しつつ、僕の口から出たのは――見事な言い訳だった。
「さ、さっきの原稿データなんですけど。実は僕もフィーンテイルを遊んで、気になって……ネット調べてたら、原作者さんが作成当時のシナリオを公開してたんです。それをダウンロードして保存してたものでして」
「そうなんですか?」
「はい。なので別に、特別なものではなく――」
「では私も読んでみても宜しいですか?」
「え゛っ」
「無料公開ファイルでしたら私もぜひ読んでみたいなぁと」
「あ、いや。自宅に帰ってゆっくり読んだ方が……今日はエロ本の鑑賞会なので、そっちは本題であるような無いような……ほら、いつでも自由に見れますし」
あたふた言い訳する僕であったが墓穴であった。
「なるほど……ところで宮下さん。先ほどネットで見つけたと仰いましたけど……特典ミニ小説とイラストもネットで見つけたのですか?」
「うぐっ」
「これは確かパッケージ版の初版にのみついた特典で、データ化はされていなかったと思います。しかも限定品ですので、ネット上に公開されることはないと思うのですけど」
「そ、それはその、……ごめんなさい違法ダウンロードを少々……」
「なるほど。どうしても欲しくて、アップロードされてた特典を違法ダウンロードしてしまったと」
「はい、そういうことで――」
「ですが違法ダウンロードしたはずの特典に、赤字入りの修正が入っているのですけど……?」
……それは……特典、僕が書いて……
師匠に修正してもらった文章が残ってたのかと……
なんて事情をどう言い訳するか迷ってる間に、名探偵湖上さんはあっさりと真実に到達する。
「もしかして、と思ったのですけど……自分で言っててもおかしな話だと思うのですけど……宮下さんって、じつはフィーンテイルの製作者の方とお知り合い、とか……」
「い、いや何言ってるんですか湖上さん。僕は普通の、十五歳の高校生ですし……本来なら十八禁ソフトを買うことすら無理な立場なのに、関わるなんて絶対無理っていうか」
「そうですよね。ごめんなさい。変なこと考えてしまいました」
そんなことあるはず無いですよね、とお互いあははと笑い。
こうして僕らの怪しげな会話は流されて終了――しないのが、やはり湖上さんだ。
「で、先程のファイルですけど、読んでもいいですか?」
「うぐっ」
「私、フィーンテイル大好きなので、どんな話か気になります」
「……いや、その」
「お願いします。私このゲーム、大好きなので」
「…………えと」
「大変、気になりますので」
両手をぎゅっと握りしめて迫る湖上さん。
完全に固まる僕。
正直――そのお願いは、当然だけど断るべきものであった。
今の現場さえ乗り切れば、ファイルの隠蔽は幾らでも可能だろう。
そして僕が口を閉じれば――あるいは絶対に嫌だと頑なに拒否すれば、湖上さんは身を引くだろう。
彼女は押しこそ強いけれど、相手が嫌がることをする性格ではない。そうするべきだ。
ただそれは、湖上さんの期待を……きっと心の底から望む喜びを、へし折ってしまう行為でもあった。
彼女がこのゲームの大ファンであることはよく知っている。
僕にお勧めするために、自宅からダッシュで届けてくれるくらい愛したゲームだ。その開発シナリオが存在するというのを目にしながら僕が断れば、彼女はひどく意気消沈するに違いない。
断るべきだ。
断るべきなのだけど――僕の中には断るという選択肢はない。
いや、ここで断ったら申し訳ない気もして……
「…………どうぞ」
「ありがとうございます!」
僕は大人しく、例のフォルダを開封した。
さっそく目を滑らせる湖上さん。
そして当然、そこには僕と師匠により刻まれた修正コメントが大量にあり――目を通せば嫌でも分かる事実がある。
「……あの、宮下さん。この修正コメント……制作者の喜多園あずま先生から、宮下さんご指名の直筆コメントがあるのですけど」
「…………」
「先程は確かに、宮下さんがゲームの製作に関わってるなんてあり得ないと、私も思ったのですが……そのぉ……」
死刑執行を待つ死刑囚とはこんな気持ちなのだろうか。
或いは不倫がばれてしまった男のような気持ちだろうか。
……まあ結局は、僕の優柔不断が招いた結末、ではあるけど。
仕方なく、僕は項垂れるように真実を口にする。
「その……じつは、僕が、書きました。フィーンテイル」
「…………ぇ」
「あ、も、もちろん大部分は師匠、じゃない、喜多園先生に修正して貰って……だから僕が全部書いたっていうのは語弊があるんですけど、でも大筋の部分で関わってないことは、なくて……元々そういうシナリオを、書かなきゃ生きてる意味がないとか思ってて……」
覚悟なんて全然決まらず、口から零れたのは、しどろもどろの言い訳じみた説明。
陵辱系作品は……以前から興味があって。
自分でもシナリオを書いてみたら、師匠に見初められてフィーンテイルのシナリオを書いてみないかと誘われたこと。
まあ実際にはその間、一年以上の苦労があったり悩みがあったりして……
「その。フィーンテイルの主人公の女騎士は、僕の理想でもあったんです。ときにお調子者なところもありますけど、前向きでまっすぐで、大切なひとを守るために、困難に打ち勝っていく姿に憧れがあって……でも僕自身は全然そんなことなくて……」
途中から正直なにを話していたか、頭が真っ白になってしまいよく覚えていない。
ただひたすらに、フィーンテイルをどうして書いたのか、みたいな話をしていたと思う。
「で、ですので、あの。まあ、そういう変な高校生も居たっていうか、あの、いや僕十五歳なので本当は絶対ダメなんですけど、み、みんなには秘密にして欲しいって言うか、あの、そのっ……いや男で陵辱作品書いてるなんて、き、嫌われても仕方無いんですけど、その、ていうか、あっ……」
泣きそう。
あたふた手を回しつつ、とにかく湖上さんの機嫌を取ろう――嫌われたり変な目で見られたくない――ていうか自分でも何を喋ってるかわからない。
と、混乱しながら彼女を伺うと。
湖上さんは真顔のまま僕の話をしばらく聞いた後、ぱちり、と小さな瞬きをした。
「あの…………ほ、本当に、宮下さんが書かれた、んですよね?」
「はい」
「書いたというのは、つまり、文章を書かれ、ストーリーを考えた、ということですよね?」
「……はい」
湖上さんは事実を認識しながらも理解が追いつかないようで、長いこと呆けていた。
けれど次第に、その瞳に理性の色が灯り始める。
僕はようやく、彼女が事態を理解したのだなと認識する。
それからほんのりと、彼女の頬が赤く染まり――
「……す……すみません。今日は、急用を思い出したことになりましたので、か、帰りますね?」
「え」
「また今度、詳しい話を聞かせて貰えれば……あはは……」
そのまま彼女は半笑いのまま、僕がやってきた時と同じように、幽霊のようにすーっと横滑りして退室してしまった。
パタン。
扉の閉じられる音。
彼女がトタトタと駆けていく足音。
――――。
――――。
(あ。これ確実に嫌われた)
そのことを悟ったのは、彼女が退室してからおよそ十分後のことだった。
終わった。
僕の人生もうダメだ。
確実に嫌われた……。
がっくりと膝をつき、深い溜息をついて崩れ落ちる。
どうしよう。
いやもう、どうしようもないのだけど。
はぁ、と深く深くため息をつく僕。
その隣に残されたパソコン画面には、いまも彼女が開いたままのシナリオ原稿が、うっすらと光を放ちながら残されていたのだった。
☆
そうして帰宅した私は思わずベッドにダイブし、悶絶するしかありませんでした。
足をジタバタさせながら思ったことは、ただひとつ。
(フィーンテイルの作者がおりゅうううううううっ!?)
え。
私、明日からどんな顔して学校に行けば良いんですか!?
――――――――――――――
いつもお読み頂きありがとうございます。
あと8話くらいで一旦完結(一段落)の予定です、最後までよろしくお願いします。
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