3-7 お礼、そして小さな勇気を出してのお誘い
師匠に提出したシナリオの内容は、単純なものだ。
普段はお人良しを装っている高校生の鬼畜主人公が、始業式の日に後輩のヒロインを助けたことを機に仲を深める。
やがて彼を信頼し淡い恋心を抱いたヒロインが、風邪をひいた主人公宅を看病する……という建前でドキドキしながら家を訪れ――その最中に無理やり襲われ、失意のなかそのネタを脅しに使われ、監禁陵辱されまくる作品である。
「宮下君らしい陰湿さが出てるよね。後輩ちゃんとじっくり信頼を溜めて、一気に攻める。んー! やっぱ人間、まず希望を与えてから絶望させないとねぇ。にしてもこの後輩ちゃん、君のキャラにしては珍しく押しが強くて犬みたいな子だけど、元ネタあるの?」
「いや、たまたま閃いただけで……」
大嘘である。
先日湖上さんに看病されたことと、小早川君に恩返しして貰った件を応用した。
これも全部、湖上さんのおかげ……
ではあるけど、どう考えてもこんなこと口には出来ないよなぁ、と後ろめたさを覚えていると、
「ふーん? で? リアル後輩ちゃん可愛い?」
「ぶっ。……いや、妄想に決まってるじゃないですか。この前、風邪ひいた時にぼんやり思ったんです。ああ、こんな後輩がいたらなって……」
「そういうのネタにするのに躊躇しない宮下君、好きよ。で、付き合う? 付き合っちゃう?」
「仮にそんな相手がいたとしても、僕が付き合うとかあり得ませんから……」
「なんでだよ。告れよ若人。あたしなら自宅に看病しに来てくれた時点で告ってるよ」
「いやそんなのあり得ないですよね……そもそも告白なんて、相手に迷惑じゃないですか……」
人は人に気を遣わなければ生きていけない。少なくとも僕は、だ。
多少のワガママは許されても、それ以上のことが許されるほど世界は甘くない。
と、僕が力説したらげらげら笑われた。
「世界(笑) まあアレだ、告白する勇気がなかったら、友達として仲良くしてくれって言っておけばいいよ。エロゲで女友達ですって言ったら百パー攻略ルートだしねぇ」
「僕は師匠と違って迂闊な性格ではないので、そういうことは人生ぜったいにあり得ないと思います」
「そう? 人生って案外、タイミングだよ? んまあ冗談はこの辺にして、修正の打ち合わせしようか」
「はい」
それから僕らは師匠に送ったシナリオの修正会議を行った。
一時間ほどにも及んだ話し合いが終わり、ようやく通信が途切れた所でふっと息をついて――
そのままベッドに寝転がる。
「終わった……」
中間テスト。文化祭。シナリオ提出。
主立った課題に目処がつき、ようやく一息つくことができた。
まあ修正作業はこれから行うけど、まずは合格ラインだ。
ああ疲れた、と枕に顔面を突っ伏しながら、久しぶりの心の休息を堪能しつつ……
ぼんやり考えたのは、二人にお礼しないとなぁ、ということだ。
(ほんと、湖上さんと小早川君には面倒かけてしまった……)
小早川君には……どうしよう。贈り物でもしようかな……
ああでも、お礼って何を送ればいいんだろう。
お中元、というのも違う気がするので。現金か?
小早川君スマホゲーしてるから、iTumesカードでも送ろうか?
ああでも現金渡すのって、相手にとっては荷が重すぎるだろうか?
悶々と考えつつ、次に思いを巡らせたのは湖上さんのことだ。
……風邪の件といい、先生に申請してくれた件といい、本当に感謝してもしきれない。
そんな湖上さんへのお礼。
彼女の好きなものと言えば、当然陵辱系のエロ本なわけで。
そう考えると……ほんのちょっとだけ思ったのは……
ちらっ、と先程の師匠との会話ログを思い返す。
愛の告白はもちろん、友達だなんておこがましいことは言えない。
けど……
湖上さんには、僕の陵辱系趣味を少しだけ打ち明けてみても、良いかもしれない。
それで僕のお勧め本を、彼女にお礼として渡すのだ。
もちろん僕がフィーンテイルを始めとした陵辱系作品を作っていることは絶対言えない。
今回のシナリオに至っては、貰った恩を仇で返すような作品だ。平手打ちされても仕方無いと思う。
けど、趣味としてこの手の本を集めてました、程度なら……
湖上さんなら話題に喰らいついて、喜んで話してくれそうな気も――
いやでも、自分にとって都合のよい展開を並べているだけで、実際に本を見せたらドン引かれるのでは……?
(どうしよう……)
僕は自分にとって都合のいい妄想をしやすい馬鹿なので、調子に乗りすぎてワガママを口にするのは怖い。
怖いのだけど、湖上さんが喜んでくれるなら――
そんな思考を繰り返しつつ、僕は本当に、雀の涙みたいな勇気をふりしぼって、スマホに文章を入力した。
前口上に長ったらしく理由をつけつつ、
『じつは僕、陵辱系作品が好きでして』
と打ち込んで、いや文章履歴が残るものに書いたらダメだろと首を振る。
せめて人の居ない場所で、出来れば僕のホームグラウンドで……かつ自分の本を紹介しやすい場所で、落ち着いて話をしたい。
となると――
『今度、うちで遊びませんか?』
「…………」
入力して、いやこれは無いだろと思った。
風邪の看病ならまだ言い訳できても、平時の男の家に彼女を招くなんて迂闊なこと……
と、慌てて文章を消そうとしたが、
ぴこん
『文化祭も一段落しましたね! これで思う存分ゲームできます!』
「う、わっ」
突然届いた湖上さんからのメッセージに、びっくりしてスマホを取り落としてしまい。
気付いたら、ぽすん、と送信ボタンを押していた。
「あ、しまっ……!」
これじゃあ湖上さんに速攻で返信したように見られてしまう!?
いや違うんですこれはそういう意味ではなくて――という返事を打つも、遅く。
『遊びに行ってもいいんですか!?』
「え、いやっ」
『ぜひぜひよろしくお願いします!』
そこから先は湖上さんの独壇場であった。
日付はいつにしますか、楽しみです、私からも本持ってきましょうか――怒濤のごとく送られてくるメッセージに嫌とも言えず、そもそも僕には断る意思もない。
……いや。
断りのメッセージを送ることも出来たけど――その必要は、ない。
(いい機会だ。今度は、ちゃんと話そう。僕にも、そういう趣味があるってことを……)
大丈夫。
湖上さんなら大丈夫。
自分の秘密を一つでも打ち明けるのは怖いけど……これだけ趣味を好きと言ってくれる湖上さんなら。
よし、と僕はメッセージの交換を終えて頷き、彼女を自宅に招く以上は、準備を完璧にしておこうと思った。
部屋の掃除と片付け。
洗濯物を久しぶりに畳んでクローゼットにしまい、床に掃除機をかけ、ゴミ袋をちゃんと出して。
一通り整理を終えたところで、ふと。
服装は、どうしよう?
この前外出した時はやっぱ湖上さんとの差があったし、もう少し正装っぽくしたい。
で、高校生の正装といえば――
*
「こんにちは、宮下さ……どうして日曜日なのに制服なんですか?」
「せ、正装です」
そうして彼女が遊びに来た当日。
僕は襟元まできっちり詰めた制服姿で湖上さんをお招きし、首を傾げられてしまった。
どうやら……失敗したらしい……。
それでも男子高校生として健全な格好です、と付け加えようとしたところで、湖上さんが成程と考え込み。
「リアルの制服を着て陵辱エロ本を読む……奥深いですね宮下さん」
僕も色々ヘンだけど、この子も大概かもしれない、と思った。
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