3-6 困ったときには頼りましょう
「皆さんよろしくお願いします。クラス一地味な小早川です」
壇上に立った小早川君はいきなり自虐ギャグをしつつ、早々に文化祭用のアンケートを収集し始めた。
教室は小早川君が壇上に立つ珍しさにざわつくも、まあいいかという空気に落ち着いていく。
その姿を見ながら、なんで? と戸惑う。
小早川君は僕と同じく、教室の日陰に縮こまっているのを好む方だ。
とすると……
僕の代理として、小早川君に仕事を回してしまったのでは……?
とすると、大変申し訳ないことをしてしまったのでは……。
気まずさを抱えてる間にも話し合いは進み、出し物は展示物に決定された。
僕らの住む元部町、その歴史について――地味すぎる内容だが、うちのクラスは部活動の出し物に専念したい生徒が多いらしく、多数決によりあっさり決定された。
……それ自体は、僕としては有難い。演劇や接客業に比べれば気が楽だ。
と、内心ホッとしてる所に小早川君が戻ってきた。
「いやぁ、慣れないことすると緊張するね。宮下君よくクラス委員なんか出来るねホント」
ほう、と息をついて眼鏡を拭く小早川君は、緊張の汗をタオルで拭っていた。
……やっぱり、自分のせいで迷惑かけたのでは、と気になってしまう。
「あ、ご、ごめん小早川君。僕が降りたせいで、迷惑かけて」
「大丈夫だよ。郷戸先生に頼まれたときはびっくりしたけど、僕も宮下君のクラス委員との掛け持ちは気になってたし。湖上さんからもお願いされたしね」
「湖上さんから?」
「私が先生を焚き付けてしまってごめんなさい、だって。宮下君、好かれてるんだね。……ただそれなら、最初から相談してくれたら文化祭委員代わっても良かったのに」
いやそれは出来ない。
先生に頼まれたのは僕であって、彼には関係ないのだし。
そもそも表舞台が苦手な彼に話を振るなんて、とんでもない迷惑だ――と、ふるふる首を振って応えると、小早川君は呆れたように溜息をついた。
「宮下君さ。入学式の日に助けてくれたの、覚えてる? ほら、僕が腹痛でよろよろしてた時」
「……ああ、うん」
僕と宮下君が初めて顔を合わせたのは、元部高校の入学式のときだ。
引きこもり生活三年を経た僕にとって、その日は吐きそうな程に苦しかった。
足はガクガクと震え、頬は引き攣り、半笑いのまま彫像のように固まる自分。
周りの生徒達――自分より三歳年下の彼等が眩しく騒いでいるのを横目に、自分の正体がバレないか、何か言われやしないかと、心の中で泣きながら震えていた。
そんな弱くて卑屈で臆病すぎた僕は、無意識に仲間を求めていたんだろう。
誰よりも周囲を気にしていた僕は、入学式が終わり教室へ向かう途中、お腹を抱えていた小早川君にいち早く気がついた。
「あの……大丈夫ですか?」
「あ、す、すこし寝不足で。でも大丈夫だから」
「先生に言いましょうか。無理しないでください」
いくら人見知りの僕でも、体調がすぐれない人を見捨てる訳にはいかない。
それに三年前、高校受験のときに腹痛で失敗した身としては、他人事ではなかった。
ということで僕は名前も知らなかった彼を連れ、遅刻覚悟で保健室まで連れ添ったのだ。
その彼――小早川君と同じクラスだと知ったのは翌日のことだった。
「宮下君。僕さ、あんまり友達できない性格だし、高校生活うまくいく自信なかったから、本当に助かったんだよね。それからも宿題見せてもらったり勉強教えてくれたり。代わりに僕も手伝おうと思ってたんだけど……宮下君って、大抵のこと一人でしちゃうからさ」
「まあ、隣の席だし、手伝いくらいはするよ」
「そうだけど、たまには手伝わせてよ。毎回手伝ってもらってばかりなのも悪いからさ」
そんなことないよ、と言おうとして――
お礼の法則、という湖上さんの造語を思い出す。
いやまあ、僕は本来ならお礼を貰えるような人間ではないけれど。
他人様に頼りすぎるのは良くないし、迷惑をかけてはいけないけれど。
……実は、少しくらいお願いした方が、相手も嬉しいんだろうか?
……正直、頼み事をするのは苦手だ。
相手に負担を押しつけることも苦手だし、それを理由にあとで文句を言われたり、前言をひっくり返されたりトラブルが起きるのも嫌だ。
自分でやれることは、自分でやった方が楽、というのもある。
けど自分でこなすのが、あまりに大変なら……お願いしても良いんだろうか。
頼ってもいいんだろうか。
改めて頼んで、後で「じつは嫌だった」とか言われても辛い……けど……
小早川君は、僕が見る限り、そういうことをするタイプではなさそう、だし。
お願いする側が悩むというのも、傲慢だとは思うけど――
「じゃあ、その……えと。その」
「うん」
「こ、今回は……」
どくんどくんと焦る気持ちを抑え、僕はなんとか、その一言を絞り出す。
「お願いしてもいいかな? ごめん、だけど……」
「了解。ていうか君は、君が思ってる以上に助けてくれてるから、こっちもお返しさせてくれないと釣り合わないよ」
僕の、ようやく絞り出したその声に対して。
小早川君はあっさりと笑い、当たり前のように引き受けてくれた。
――その笑顔の、なんと格好良いことか。
いままで気がついてなかったけど、彼は本当に頼りになるんだな……と。
彼の知らない魅力にまた一つ気付いて、僕はちいさく、ほんの小さく笑みを零した。
*
そうして小早川君に文化祭の件を頼んだ僕であったが当然、彼一人に任せる訳にはいかない。
自分の負担を押しつけたぶん、全力でサポートすべきだろう。
恩には恩を。
約束には約束を。
自分の事なら延々と迷うけど、自分を助けてくれた人のためなら迷う必要はない。
という訳で数日後、僕は学校の図書室やら町の図書館で調べてきた資料を、pdfデータにまとめて小早川君に提出した。
「町の歴史って言っても範囲が広いから、焦点を絞ってみたんだよね。とりあえず元部町で一番わかりやすい駅と川。で、炭火川について調べてみたんだけど、歴史的な合戦や利水よりも、現代に通じるものを見せてみると面白いかもって思って……大人も見学に来るから、炭火川で作られる吟醸酒の話題とかも調べてみたんだ。これがその資料。必要だったら使ってね?」
「……えーと……」
「あと地元で炭火川を月別に写真撮影してる人がいて、tuitterでDM送ったら画像データ貸してくれたんだ。これデータね。流域人口みたいな数字表示よりも、写真で彩りを配置した方が見栄えもよくなると思うし――」
「……宮下君。嬉しいんだけど、これ既に展示物四枚分くらいの資料あるよね? クラス全員でやる資料の四割くらい、一人で調べてる気するんだけど」
「え。でも調べるだけなら時間作って勉強するだけだし。……何かまずかった?」
「そういうトコあるよね宮下君」
*
そして物事のサイクルというのは、一旦良い方向に傾いたら色々と上向くものらしい。
文化祭の準備の傍ら、僕は師匠に頼まれていたシナリオを一本提出した。その返答は、
「いいねー! 風邪で看病に来てくれた健気な幼馴染みを徹底陵辱。うん、このクソさが実にいい」
師匠から頂いた、珍しいお褒めの言葉だった。
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