3-5 湖上さんがぐいぐい来る! ~世話焼き編(下)~
「湖上さん、熱があったら言ってくださいね。僕が病院に連れて行きますから」
「違いますっ。私は今日も元気です!」
「毎日学校にいくの、疲れますよね……気持ちわかります。心が疲れてる時は、人のいないところでのんびりしたり、ホットミルクを飲んだりすると良いって聞きます。ああ僕、カウンセラーの人知ってますので、お勧めのカウンセラーが必要でしたら――」
「違いますってば!!!」
顔を真っ赤にしながら、にゃーにゃー吠える湖上さん。
いやでも普通「君に必要なのは陵辱エロゲ主人公メンタルです」なんて言われたら、医者に診て貰った方が早いかなと……
「宮下さん、さっきのは比喩です。分かりやすいように説明したつもりです」
「そ、そうなんですか。すみません僕ヘンな勘違いしたみたいで」
「いえこちらこそ……。で、話を戻しますけど。陵辱ものの主人公に必要なものって、なんだと思います?」
……。
立派な竿じゃないですか?
とは言えないので真面目に考察すると、陵辱ものにおける男キャラってそこまで重要度は高くない、と僕は思う。
大事なのはやられる女子がいかに悲鳴をあげ尊厳を奪われ泣き叫ぶかであり、男キャラはそのヒロインを痛めつける舞台装置として、ゲスな設定を盛り込む方が良さそうだ。
……なんて言えるはずもないので黙っていると、湖上さんが満面の笑みで語り始めた。
「陵辱系作品の主役に必要なのは、身勝手力だと思うんです。相手が清楚でいたいけな、一点の非もないような少女であってもお構いなく襲う。相手が嫌がっても泣き叫んでも、自分の欲望のためだけに徹底的にやり尽くす、それが陵辱主人公の鑑だと思うんです」
「ええ、僕も同じ意見ですけど」
「そこに学びましょう!」
「……は?」
「もちろん犯罪をしようって訳ではありません。現実で本当にそういうことをしてしまう人は、この世から消えてしまえと思います。けど――少しくらい身勝手でワガママであることは、人間らしいって思うんです」
例えば、試験勉強をしなきゃいけないのに、ついサボって漫画を読んでしまうとか。
人知れずこっそり陵辱エロゲを楽しむために、友達のお誘いを断るとか。
「私だって自分が好きなことをするために、宮下さんに無理を言ってゲームを買ってもらうワガママを言っています。自分が好きなことをするために他人を巻き込んでますし」
「……まあ、はい」
「でもやりたかったんです。フィーンテイルが面白くて、ああ他の同人RPGもしてみたいなって、ずっと思っていて。そんな時に宮下さんから話を聞いて、我慢できなくて。なので、という言い方も変ですけど、宮下さんもそれ位やっちゃってもいいと思うんです」
押しの強い湖上さんらしい意見だ。
……けど、僕にはそこまで自分の意見を押しつける資格が無い。
存在だけで迷惑かけてるような一面があるし、人には言えない秘密もあるし。
「話は分かりましたけど、僕には向いてない……です。遊ぶために嘘をついたら、バレた時に困るし」
「でしたらバレないようにやりましょう」
「えぇ……?」
「意外とバレませんよ。それに私も、卑怯なこと結構してますし。例えば……今だから、バラしちゃいますけれど」
と、湖上さんはそーっと目線を逃げるように逸らして、僕の知らない秘密を白状する。
「私、クラス委員長に立候補したの、宮下さんが相方だと聞いたからなんです」
「え」
「……郷戸先生にクラス委員を持ってくれ、と頼まれたのは同じですけど、相方には宮下さんを、って先生が呟いたんですよね。で、宮下さんとは前からお話したかったので、勢いで引き受けちゃいました」
「……それは、なんで」
「いえまあ……例の本屋でお見かけしてたので……委員長だからという建前で、性癖をなんとか聞き出してお話するきっかけになれば、と……」
ほんのり頬を赤くする湖上さん。
……知らなかった。
僕はまったくの偶然で、湖上さんとペアになったと思っていたのだけど。
「私、結構ずるい女の子なのですよ。いつだって、心の中では自分のやりたいことが一番です。ごめんなさい隠していて」
「いえ。別に迷惑には思ってませんし、むしろ……」
改めて思うと、策略であっても――
「良かった、って気持ちもあります」
「そうですか?」
「キッカケがないと、こんな風に湖上さんと話す機会もなかったと思うので」
その返答に、湖上さんがにんまりと嬉しそうに唇の端を吊り上げていく。
「でしたら、宮下さんもちょっとくらい遊んじゃいましょうよ。……そもそも私『部活をする』や『勉強する』は委員会を断る理由になるのに、『一人でゲームをする』が予定に入らないのっておかしいと思うんですよね……自分にとって大切な時間なんですから、部活動と一緒で認められても良いと思うのですけど」
「さすがに同人エロゲを学校活動として認めるのはどうかなぁ」
口では否定しながらも、心の中では「いいなぁ」と思う。
彼女のように、自分は自分である、と押し通せる人がすごく羨ましい。
もちろん、一度引き受けた文化祭実行委員を、今になって降りるなんてことはしない。
面目も立たないし身勝手すぎるし、クラスの皆から非難を浴びるだろうし。
そんな蛮勇は、僕にはない。
……けど。
けど――
「でも、羨ましいです。湖上さんのそういう姿勢。……出来るなら……僕も、自分の時間を大切にしたい、です」
そう。
本当は、とても羨ましいなと――
「では宮下さんも陵辱犯に学びましょう! やると決めたらやる、それが犯罪者魂です」
「え゛っ」
「宮下さんは、文化祭実行委員。本当にやりたいですか?」
そう問われ、僕はとっさに俯いてしまった。
僕を、悪の道へと引きずり込もうとする湖上さん。
その彼女に誘われるように、口が滑る。
「いえ……本音を言えば、やりたくはない――僕は人前に立つのも、意見を受けるのも苦手で、本当は――」
「では相談してみましょう」
「へ?」
どこに?
という疑問を聞き流し、彼女はすぐさまスマホを開いて電話をする。
「あの。どこに電話を?」
「郷戸先生です」
「!?」
「RPGでも困った時は、山盛りのバフを乗せて火力で押すのが一番です。物理はパワーで解決するのが一番です」
「なんですか物理はパワーって」
「あ、先生夜分に申し訳ありません。ご相談がありまして、宮下さんの文化祭実行委員を外して頂きたいと思いまして」
行動力ぅ……。
と思ってる間に、トントン拍子で話が始まった。
先生の会話は聞こえないけど、湖上さんの声はハッキリと耳に届く。
「――ですので先生? 宮下さんは私と同じクラス委員なので、文化祭に取られると困ります。はい、仕事上とても困ります」
「理由ですか? 宮下さんが学年成績一位キープしてるのを考えれば、部活がなくても勉強が大変かなと。なのに宮下さんに文化祭までさせるのは負担が大きく……え、私の中間試験の成績が落ちてる? それはゲームのし過ぎ……いえその話は置いておきまして、いまは宮下さんの話でして……」
「他に手の開いてる男子もいると思います。広瀬さんとか藤堂さんとか。男子がダメでしたら女子ペアでも良いと思いますし、先生そもそも宮下さんに頼りすぎじゃないですか?」
言い争い、というよりは湖上さんが一方的にまくしたてるその様子に……
僕は、呆然としていた。
――よくよく考えると、おかしな話だ。
文化祭実行委員は僕の問題であって、湖上さんがここまで関わる必要性はないはずだ。
そして普段の僕は、他人の干渉をこれでもかと嫌がる方であり、湖上さんみたいにぐいぐい迫られるのは苦手、なはずだった。
けど。
けど、困ったことに……
ちょっとだけ嬉しい自分がいる。
それは情けなさの裏返しだろうけど、自分の代わりに彼女が物事をハッキリ告げてくれるからだろう。
正直、僕の価値観には、先生からの頼まれ事に対して意見を返すという意識自体、無かった。
親や教師の命令は絶対であり従わないと生存権に関わるものであり、言い返すなど言語道断かつ迷惑をかける不貞行為だ。
そう思っていたものを、湖上さんはあっさり返してくれる。
しかも湖上さん本人の問題でなく、他人である僕のために、だ。
……これがどういう気持ちなのか、いや多分嬉しいんだろうけど。
経験が無さ過ぎて、よくわからない――けどなんか、すごく嬉しいなとじんわり感じていると、湖上さんが「はい」とスマホを渡してきた。
「宮下さん、先生からです」
「え、えと」
「確認したいと」
なにを……?
スマホをおそるおそる耳に当てると、郷戸先生のあの煩い声が耳にきーんと響いてきた。
「よぉ宮下。話は湖上から聞いた。お前、本気出せば全国模試一位取れるんだって?」
話盛りすぎです湖上さん……。
「それで毎日勉強が忙しくて、けど先生に迷惑かけると申し訳ないから文化祭、引き受けたんだって?」
「全国一位は無理ですけど……まあ……」
「まあ他の男子に断られたから、つい頼んだけど、あれだぞ、宮下。あんま嫌すぎるときは気軽に断っていいんだぞ?」
「いえあの、頑張ろうと思えば頑張れなくもない、ような……いや、でも……」
受けた期待には応えなきゃいけない。
けど、湖上さんがわざわざ電話してくれたし――やりたくないのは本音だ。
……たまには、ワガママになってみてはどうか、という言葉が頭を過ぎる。
エロ作品の主人公に習うのは、どうかと思うけど。
少しくらい……
自分の意見を、口にしてみたい。
「すみません。正直……苦手、です」
その一言には、ひどく勇気が必要だったけど。
ようやく口にすると、先生は「了解」とあっさり応えてくれた。
「じゃあ他の男子に頼んでみるか」
「すみません、よろしくお願いします」
「いや元々こっちから頼んだしな! 仕方ない!」
「はい。本当にすみませ――」
「それと宮下。湖上みたいな友達がいるのは、自信を持っていいぞ?」
「え」
「親身になってくれるのは、お前が普段それだけ相手に良くしてくれてる証拠だ。だから大事にしろよ」
高校時代の友達は、一生の友達だからな。
郷戸先生はなんか偉そうな言葉を残して、電話は切れた。
……こうして――
僕を悩ませていた文化祭の一件は、一瞬で通り過ぎた台風のように、実にあっさりと片付いてしまった。
呆けたままの僕を見てか、湖上さんがくすっと笑う。
「お疲れ様でした。これで少しは楽になりますね」
「は、はい。本当に……あの、僕なにもしてませんけど、有難うございます」
本当だ。
本当に今回はもう、湖上さんにおんぶに抱っこという感じで恥ずかしく、でも――
なんでだろう。妙にくすぐったい気持ちになるのは。
うまく言えない。
言えないけど、……誰かが助けてくれるって、すごく嬉しいな、と。
現実にはあり得ないはずの、ラブコメか何かの一幕のようなことを考えてしまい、ぼーっとしてしまうのであった。
*
その翌々日。
幸いなことに風邪は長引くことなく回復した。
文化祭のストレスが軽くなったのが大きかったのだろう。昔から僕はストレスを抱えるたびに体調を崩す節があったので、自分でも分かりやすい変化だと思う。
学校に行けるようになったら、湖上さんに改めてお礼をしないと……
そう思いながら顔を出した日の午後。
文化祭の話は、思わぬところに飛び火していたことを知る。
僕が実行委員を降りたあと、誰が受け持ったかというと――
「えーと……文化祭実行委員になりました、小早川です。どうも」
「は!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます