3-4 湖上さんがぐいぐい来る! ~世話焼き編(上)~


 食後に温かいお茶を貰い、ほっと息をついた頃にはずいぶん身体が軽くなっていた。

 程良く汗をかいたお陰で、熱も引いてきている。

 ご馳走様でしたと感謝の意を示すと湖上さんがほんのり目を緩めて微笑んだため、少しドキリとした。


「湖上さん、本当にありがとうございます。これなら明日にも学校に行けるかも……」

「いまは薬が効いてるだけですので、夜にはまた熱が上がりますよ。明日まで休んだ方がいいですよ?」

「そうですけど、文化祭の件で迷惑かけるかなって」


 明日の話題になって、ようやく文化祭の件を思い出した。

 ……聞きたくはないけど……湖上さん、今日のHRはどうでしたか?


「今はまだ案出しの段階ですね。クラスの皆さんはあまりやる気はなさそうです。このままだと町の歴史紹介みたいな、地味な展示物になりそうです」


 正直その方が有難い。

 面倒事が嫌いな僕としては、面白味のない展示物を飾っているくらいが良いのだ。


 でも、適当に片付けすぎたら、先生に叱られたりするかも……?

 頑張りたくはないけど、それで迷惑をかけたり嫌な目にも遭いたくないような――とぐるぐる悩んでいると。


「そういえば宮下さん。私、気になったんですけど、文化祭実行委員も引き受けられたんですか?」

「あ、はい……先生に頼まれて」

「文化祭、やりたいんですか?」

「……やりたい、というか。先生に頼まれたなら、やるしかないというか」

「委員会は原則掛け持ちしないはずなので、クラス委員の宮下さんが文化祭実行委員まで持つのは、おかしいと思うのですけど」

「そうなんだけど、事情があって……」


 説明をした。

 文化祭実行委員を務める小野寺君の親が、事故にあって大変であること。

 担任の郷戸先生も、ほかの男子に声かけをしたが引き受けて貰えず、僕にお鉢が回ってきたこと。


「僕はクラス委員を受けてますけど、部活動には入ってないので、時間が無い訳じゃないし……それに文化祭が進まないと、クラスのみんなにも迷惑かかるので。それを断るのは、僕の身勝手なワガママになるかなって」

「ですが、クラスには他にも部活動に入ってない生徒いますよね?」

「塾にでも通ってる、とか……」

「学年成績一位の宮下さんを差し置いて、ですか? それに男子がダメなら、女子二人でも構わないと思うのですけど」


 湖上さんが不服そうに口を尖らせる。

 その矛先がどこに向いてるのか分からず聞いてると、彼女がきっぱり口にした。


「宮下さん。……宮下さんは、文化祭の運営をやりたいんですか?」

「う」

「私の印象ですけど、宮下さんは人前に出るのが好きそうではなかったので、不思議に思いまして」

「……まあ、好きではない、かな」

「ではどうして引き受けたのかな、と」

「先生も困ってるみたいだったし、頼まれたので……あ、でも、やりたくないって訳じゃなくて、やるからには真面目に頑張らなきゃいけないって思うし、だから湖上さんが心配することは、ない……です」


 正直、僕だってやりたくない。

 けど、頼まれたものを断るのは間違った行為だ。断ることで迷惑をかけてはいけない。


 そしてふと思う。

 僕はらしくもなく自分の事情を話している。

 ……熱で浮かされたせいかもしれないが、僕はこんなに口が軽い男ではなかったはず――他人様に不満を話してしまう、愚かな男ではなかったはずだ。


 ああ、この話題はよくない……。

 続けたくないなと思った僕は、誤魔化すように半笑いを浮かべ、へらへらと笑い、誤魔化した。


「湖上さん。そろそろ夜も遅くなりますし、帰った方が……」

「宮下さん。いやなことは嫌って口にするのも、大切なことだと思いますよ?」

「別に、嫌って訳じゃ……」


 というのに、湖上さんはなぜか、んー、と考え込んでしまった。

 湖上さんの思考がまったく読めない。

 今の会話で一体なにに悩み、考える必要があったのか。


「宮下さん。余計なお世話、かもしれませんけど」


 ……ああ。

 これ、お説教される流れかな。

 出来のわるい男の子は嫌いです、だとか。

 そりゃあ自分でも自覚はある。

 ……けど、聞かない訳にはいかないよなぁと顔を上げると。


「宮下さん。すこし、お勉強しませんか?」

「え。何のですか」


 湖上さんがむふんと自慢げに宣言した。


「陵辱エロゲの竿役主人公メンタリティから学ぶ人生教訓、です!」


 なに言ってんだこの子。

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