3-2 そして彼女がやってきた


「相変わらずすごいね宮下君。また一位なんだ」

「まあ、運が良かっただけだよ……」


 慌ただしい日々が続き、十月頭を迎えたところで中間試験の結果が発表された。

 元部高校では成績上位者の名前が掲示板に張り出される。その一番上に置かれた自分の名前を見てまず感じたのは、今回も大丈夫だった、という安堵だ。


「いつも思うけど、どうやって勉強してるの?」

「……どう、って言われても困るけど、普通に勉強するだけ、かな」


 学力低めな元部高校で好成績を取るのは難しくない。

 文系科目は丸暗記。数学物理は、公式を応用すれば大抵の問題は解けてしまう。あとは純粋な反復学習だ。

 恐れるのは凡ミスの方で、それも時間いっぱい使って二度見直しすれば防げることが多い。


 問題は、シナリオ作成と文化祭の方だ。

 シナリオはテストと違い、正解がない。七転八倒した末に出したものが一瞬で没にされ、適当に書いたものがあっさり採用されたなんて話もよくあるので本当に難しい。

 文化祭の方はもっと最悪だ。

 皆の意見をまとめつつ、喧嘩しないよう宥めつつ、自分が率先してリーダーシップを取っていく……なんて、考えただけで胃が重い。


 ていうか、クラス委員長の仕事に加えて文化祭実行委員って、目立ち過ぎじゃないだろうか?

 みんなに変な目で見られたり、目立ちたがりだと鬱陶しがられたりしないかな……

 なにより、文化祭という大舞台で意見をまとめられる気がしない。

 明日から準備だけどもう死にたい。


「っていうか宮下君、大丈夫? 顔色悪いけど、勉強のしすぎじゃない?」

「大丈夫……まあでも、今日くらいは休もうかな」

「宮下君は頑張り屋だから、無理しないでね?」


 小早川君からお世辞を頂いたものの、残念ながら僕は頑張り屋には程遠い。

 気落ちはするけど、これくらい誰でも平然とやれることだろうから努力せねば。


 そう思いつつ放課後を迎え、帰宅しようと鞄を持ったところで、くらっ、と立ちくらみと寒気がした。

 ……おや、と思ったけど無視した。

 いつもの一過性の体調不良に違いないのだから。




 ――本格的におかしい、と気付いたのは夜になってからだ。

 お風呂に浸かっても寒気がするし身体が重い。ついでに鼻がぐずりだし、夕食の弁当の味が妙にぱさぱさしていた。

 もしやと思い、熱を測ってみたら見事に38度超え。


「マジか……やば……」


 明日の文化祭HRどうしよう。

 初日から実行委員が休む訳にはいかない。けど無理に学校に行って悪化させるとまずいし、授業中に倒れてしまうのはもっとまずい。

 ……とりあえず明日まで様子を見よう。

 その間に解熱してくれることを祈りつつ、水を飲んで毛布にくるまりイモムシのように過ごすことにした。


 が、翌朝の体温は変わらず38.5。


「ああ……」


 学校行こうか。止めようか。

 迷ったけど結局、学校に行く方が迷惑をかけると考えて連絡した。

 電話するとき指先が震えたのは、先生やクラスメイトに迷惑をかけてしまう罪悪感による気後れだ。


 幸い電話口に出たのは知らない先生で、伝言ひとつ頼んだだけで済んだのは助かった。

 それから再び布団に籠もるが、……どうしても気分は鬱々とする。


 布団の中で朝を迎えると、引きこもり時代を思い出してしまうのだ。

 役立たずな自分。

 何もできない自分。


「……ほんっと自分、ダメだな……なんでこんな、上手く出来ないんだろ」


 ベッドに籠もったまま寝相を変え、せめてシナリオ作業だけでも進めようとスマホを開くも、頭痛がして調子が上がらない。

 文章がぐにゃぐにゃして、自分でもなにを書いてるのか分からなくなってくる。

 そして弱い自分に嫌気が差して、思わず泣きたくなってくる。


 ああ。明日治っても学校行きたくない文化祭やりたくないシナリオしなきゃああゲームしたい休みたい気分悪いああ吐きたいもう死にたい誰か助けて――いや、僕なんか助けてもらえる資格なんてないか。

 ぐるんぐるんネガティブな思考を繰り返しつつ、気がつけば泣きたくなるほど疲れてしまって。

 ぱたっ、と意識を失うとともにスマホが指先から転がり落ちた。


 そのスマホが妙にぴこぴこと鳴っていたのは、熱が生み出したまやかしだろうか。




 ……。

 ……。


 ぴんぽーん

 ぴんぽーん


 夢かと思ったら現実のチャイム音だった。

 うちのマンションにくる客なんて新聞勧誘か宗教勧誘くらいだ。無視しようかと思ったけど、僕としてはドアの前に誰かが立っているかもしれない、と思うだけで居心地が悪くなる。

 寝間着姿のまま身体を起こしつつ、体調不良を理由にお帰り願おう……

 と、のぞき穴から覗いた僕が見たものは。


 見慣れた女子の夏服と、きれいな黒髪を揺らしてきちっと姿勢を正した――湖上さんだった。


 は? と慌てて扉を開けると、学校帰りらしく学生鞄をしっかり下げた彼女が心配そうにこちらを伺っている。

 その右手にはマイバックが下げられ、ペットボトルの頭がぴょこんと飛び出していた。


「こんにちは。風邪と聞きましたけど、大丈夫ですか? 一応ゼリーとスポーツ飲料、買ってきましたけど……あ、もしかして起こしてしまいました?」

「………………」


 完全に固まる僕。


 もしかして、叱りに来たんだろうか。

 文化祭こなかったのなんでですか、とクラスを代表して……


 いや、違うか。

 じゃあ、……お見舞い?


 そう気付いた僕は、パタンと扉を閉じてきっちり鍵まで閉めてしまった。


「宮下さん!?」

「あの。僕、元気ですので大丈夫ですから……」

「そんなガラガラ声で嘘言ってもばれてますよ!?」


 トントンとドアを叩く湖上さん。

 本当ごめん、なんか反射的にドア閉めちゃった……。

 っていうか、風邪ひいてる人の家に上がらせるとか申し訳ないし。

 それに僕はいま寝汗でぐちゃぐちゃに濡れたパジャマ姿だし、部屋にはゴミ袋とか服とか散らかってるし。


 ……けど、彼女を廊下で待たせすぎるのも申し訳ないので。


「湖上さん。とりあえずシャワー浴びて着替えて家の片付けして風邪治して文化祭がんばりますので、お見舞いは文化祭が終わってから来て貰えると……お客さんを迎える準備が出来てないので、申し訳ないというか」

「風邪のお見舞いなのに風邪が治ってから来ては意味ないですよ、何言ってるんですか!?」


 僕の説得はなぜか通らず、湖上さんは頑なに動こうとしない。

 仕方なく、僕は生き恥をさらすように、ドアをこっそりと開くのだった。








――――――――――――――

いつもお読み頂きありがとうございます。

現在、予定の半分弱を投稿し終えました。一応、四章終わりで一区切りつける予定ですので、もう暫くお楽しみ頂ければと思います。

宜しければ御評価、感想いただけると嬉しいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る