2-4 湖上さんとおでかけ予定

 それから数日ほど、僕は平和な日常を迎えることができた。


 元より僕の願望は、誰にも関わらず一人ひっそり過ごしたい、というものだ。

 小学校のころは図書館に住み着いて本の虫になりたいと思ったし、今なら自宅に生涯籠もって住み着きたいとも思う。

 陰キャのゲーム好きにとって、孤独の時間は至福の時間だ。


 ようやくのんびりできる……

 と思っていた僕の元にメッセージが届いたのは、その日の夜。

 先日のゲームに大変満足したという感想の最後に、その一文はちょこんとくっつけられていた。


『宮下さん。今度お礼を兼ねまして、宜しければ一緒にお買い物にいきませんか?』


*


「宮下君。大魔王を前にした村人みたいな顔してるけど、今度はどうしたの……?」

「いやまあ、以前の手強いボスを倒したと思ったら第二形態に変身されて……」

「そんなに厄介なボスなんだね……」


 翌日早朝。小早川君とまたも似たやり取りをしつつ、彼からそっと目を逸らす。


 湖上さんからお出かけの誘いが来たのは昨日のことだ。

 突然すぎて慌てつつも、断るのは失礼だろうと思い了承したけど……。


 一緒に買い物って……なに、するの……?

 そもそも僕に、お礼って、何の?


 僕は人生で、女子と一緒に買い物などした経験が無い。

 ああ、違う。……女子だけでなく男子と一緒に買い物した覚えも無い。

 せいぜい母親に連れ回され、あなたにはこの服が似合うだの、この文房具があなたらしいだの――と連れ回されて「楽しかったね」と言われた記憶しか無い。


 経験ゼロ。美少女と買い物できる器量もアイデアもない。

 ついでに服もない。

 僕の私服はオタクまっしぐらみたいな、チェック模様のパーカーと謎の英文字が入ったクソダサTシャツばかり。

 かといって今さら新しい服を買うのも気が引けるというか、妙に意識してるみたいに見えて変だし……そもそも服を買いに行くっていう概念がわからないっていうか……


「ねえ小早川君。これは僕の友達の知り合いの隣に住んでる人の話なんだけど」

「その前振りいらない気もするけど、どうしたの?」

「えと、その人が同級生の女子から買い物に誘われたらしいんだけど、理由ってなんだと思う? ……あと、着ていく服がなくて困ってるんだけど……」


 そう告げると小早川君はまたも真顔になり、真摯な瞳を称えながら僕の肩をぽんと叩いた。


「宮下君。ツボと一緒に絵画を買わされそうになったら相談してね。親に相談して弁護士探してもらうようお願いするからさ」

「そ、そういうのじゃないよ? それに僕そんなお金ないし」

「高校生で借金はダメだよ。あと当然だけど、僕に服の相談されても分からないよ……」


 クソザコスライムが二匹揃ってもクソザコで、魔王に勝てる気配はまったくなさそうだった。


*


 迎えた土曜日の午後。

 当日になるまで、僕は結局なにひとつ打開策を打ち出せないまま、元部駅前の集合場所へとやってきていた。


 ……いやだって、湖上さんと会うためだけに洋服を新調するのも意識し過ぎてる感あって恥ずかしいし、変に目立つし。

 そもそも、服を買いにいく知識もないし……。

 ていうか自分なんかが服とか新調しても、服だけ浮くような気がするし。


 ぐずぐずと自分への言い訳を重ねつつ、そのくせ、格好か変じゃないか?

 とスマホカメラを覗いて髪をいじる。


 駅前は土曜午後だけあってそこそこ人気も多く、地元民の待ち合わせ場所である偉人の侍像(名前は知らない)の前にはそれなりに人だかりが出来ている。

 そんな一般人に紛れていると、僕はどうにも居たたまれない。


 クラスメイトに見つからないか?

 十八歳の高校生とバレて職質されないか?

 無様な格好してないか?

 周囲にひそひそと笑われてないか?


 と、もじもじそわそわ怯えつつ、周囲の人間を見ないようにしてたせいだろう。

 トン、と不意に背中を叩かれ、びっくり飛び上がって振り返り――息を飲んだ。


「お待たせしました、宮下さん。……どうかしました?」

「……あ、いや」


 声をかけてきたのは湖上さんだ。

 その装いは当然ながら学校で見ることのない私服姿だ。


 涼しげな白のブラウスに、ふわっとしたベージュ色のロングスカート。

 両手をきっちり前に合わせ、にこっと微笑む彼女は決して目立つ装いではないものの、流れるような黒髪とのコントラストが相まって、つい人目を引いてしまう。

 当然、僕の視線も固まってしまい「いや、そのっ」と口籠もっていると、湖上さんが不思議そうにトコトコと距離を詰めてきた。


「どうかしました?」

「いえっ……べつに……」


 思わずどぎまぎしながら、成程、これはツボも絵画も買わされそうだ――

 と、小早川君の顔を思い浮かべることで、冷静さを取り戻す。


「……今日は、か、買い物、でしたっけ?」

「はい。宮下さんと一緒に行きたい場所がありまして」

「えと、ど、どこに?」

「まずはいつもの場所ですねっ」


 ……いつもの場所って、何? え、学校?

 戸惑う間に湖上さんは歩き始め、僕はRPGの仲間キャラよろしくその後をちょこちょこと追いかけつつ考える。

 いつもの場所?


 例えば、彼女お勧めのケーキバイキングとか。

 名前も聞いたことのない高級イタリアンレストランとか。

 或いは彼女お勧めのアパレルショップに連れ込まれ、「宮下さんの服はクソダサなので、日頃のお礼に私が選んであげますね」とダメだしされた挙句、身丈に合わない洋服を着せられ周りから怪しい目で見られまくってああこの人全然ダメだなんて失望され笑われてしまうとか――


「宮下さん?」

「あ、な、なんでもないです……」


 多少は仲良くなれた気がする湖上さん相手でも、三次元の世界だと怖じ気づいてしまいびくびくと怖くなる。


 本当に馴染みのある場所なら、まだマシだけど……

 でも湖上さんに限ってそんなことあり得ないよなぁ、と不安をぐるぐるかき混ぜている間に、湖上さんは迷うことなく駅を抜けて――




「到着ですっ」

「………………」


 いつもの場所だった。


 八栄町駅から徒歩十分の本屋『春風屋』。

 表街道から絶妙に離れたビルの一、二階は一般的なオタクフロアであるが、その地下には……

 僕と湖上さんに縁がある場所とくれば……


「すみません。意外性はなかったと思いますが……下手にべつのお店に入るより良いかと思いまして」

「ええと、お礼って……」

「私、先日から宮下さんにお世話になりっぱなしでしたので、ここらでひとつ宮下さんのお力になろうかとっ」


 ぐっと奮起する湖上さん。

 彼女曰く、やはり王道が一番、聖域は身近にあり、とのこと。

 一体何がどうあって、お力になるのか僕にはまったく分からない。

 そして確かに『馴染みの場所』ではあったが、それ故に僕としては大問題が起きてしまう。


 ……女子と一緒にエロ本屋に入るって、大丈夫なの……?


「私、がんばって宮下さんの性癖に合う本を探して奢ります。ええ、貰ってばかりではいけませんからね」


 が、湖上さんは僕へのお礼を兼ねて完全にやる気であった。

 ついでに始めて彼女の目的が『僕に本を奢ること』だと発覚した。


 そして僕には、断る、という選択肢が存在しない。


 相手に嫌な顔されたら申し訳ないし、湖上さんは善意でがんばってくれているのだから、無碍にしては大変申し訳ないし……まあ、エロ本は嫌いじゃないし。

 ただ、湖上さんと一緒に本屋に入るのが死ぬほど恥ずかしいだけで。


 いいのかな、大丈夫かなと悶々としつつ――

 僕は湖上さんと一緒に、ゆっくりと例の暖簾をくぐって階段を降りていくのであった。

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