2-3 湖上さんのわくわくお買い物タイム(オンライン)
こうして人生初のオンライン購入を堪能し始めた湖上さん。
けど、その声はすぐに苦悶に塗れたものになってしまった。
「宮下さん、どうしましょう……」
「あれ。システム上、困ったコトとかありましたか? 決済できないとか……一応テスト購入もしたと思うんですけど」
「そうじゃない、そうじゃないんですけどっ」
ヘッドフォン越しの悲鳴に耳を傾けると、湖上さんはひどく切実な声で訴えてきた。
「作品が多すぎて選べませんっ。陵辱のフロンティア、恐ろしい……これが満漢全席というものですね……!」
違うと思う。
「ええと、湖上さん的に気になるジャンルはどれですか?」
「普通の学園ものも良いですけど、ファンタジーや監禁系も面白そうですね! ああ催眠系はあまり好みではなくて、あ、リョナは結構いけますむしろ好きな方で」
「ああいえそっちじゃなくて、漫画とかゲームとか同人とか……」
「遊んでみたいのは同人陵辱系RPGです! フィーンテイルがすごく面白かったので、似たような作品をあれもこれも遊んでみたいのですが、種類が多くて困りますね……」
「じゃあ、まずは人気順に並べてみましょうか」
フィーンテイルの名を出されてどきっとしつつも、彼女と画面を共有しながら面白そうな作品を検索していく。
同人界隈にはコンシュマーに負けないくらい無数の作品があり、クオリティもピンからキリまで様々だ。
でも人気作には人気作になる理由があり、当然ながら面白い。
僕も師匠から人気作には触れておくよう教育を受けているため、売上の高い作品には目を通すようにしていた。
僕はそれらの中から幾つかのRPG――ダイスを振って進むマス式RPGという珍しい作品や、シンプルなハクスラ系アクションRPGをお勧めした。
どちらも同人界隈では一万本以上売れた名作で、僕もお世話になったゲームだ。
湖上さんはふんふんほうほうと頷き、素直に購入リストに突っ込んでいた。
が、途中から「ああ」とか「あぅ」と声のトーンが下がり、次第に元気がなくなっていく。
「ど、どうかしましたか?」
「宮下さん。私の購入予定欄がいつのまにか一万円を超えるバグが起きていますが、どうしてでしょう?」
「バグではなく仕様だと思いますけど」
「ああ……人類のすべてを救うには、私の両手では足りないんですね……」
「まあ資源と時間には限りがありますので、ときには見捨てる勇気も必要かと……」
陵辱という愛を平等に与えることは難しい。
と、陵辱ゲームの選定で愛と平和を説いたものの、湖上さんの悩みがそれで解決する訳ではない。
苦悩の末、彼女はようやく同人RPGを三作品に絞ったものの、最後の決断に悩んでいるようだった。
「予算オーバーです……どうして私は今月既に本を買ってしまったのか悔やまれます」
「お金、すこしなら貸しましょうか?」
「そういう訳にはいきません! 宮下さんにはただでさえご迷惑をかけてるのに、お金まで頂けません。それにエロ好きたるもの、獲物は自分の手で手に入れてこそ達成感があるものですっ」
湖上さんのキャラがどんどんおかしくなっていく……。
学校では清楚で大変お淑やかなのに、好きなことになると本当、猪突猛進というか。
まあでも、そんな所に素が出てていいよなぁと思いつつ持っていると、ぼそりと尋ねられた。
「ちなみに宮下さんならどう選びます?」
「えっと……」
ラインナップを確認する。
湖上さんの選んだのは、王道で人気のRPGが二作品。
それともう一つ――売上が二千五百程度の、お世辞にも売れ線ではない作品がひとつ、買い物カートに入っている。
湖上さんも気付いているんだろう、ごめんなさい、としょんぼり呟いた。
「お勧めに従うなら、この砦脱出RPGは買わない方がいいと思うんですが、絵やシチュエーションが好みでして、よく分からないんですけど惹かれるんです。……諦めた方がいいでしょうか?」
「ああ。僕も同じ悩みによくぶつかります。買って後悔するんじゃないかな、とか、どう見ても駄作そうだけど気になる、とか」
「ですよね。じゃあこれは削除した方が宜しいですよね?」
「いえ。そうでもないというか……湖上さんにこんな助言をしてもいいのか分かりませんが……」
「聞きたいですっ」
ふんふんとヘッドフォン越しに迫る湖上さん。
でも……どうしよう。
言ってもいいんだろうか。
正直、同級生の女子に向かって口にしていい助言ではない。
……けど、湖上さんが悩んでいて、その解決の助けになるのなら。
ちょっとくらい、恥ずかしくても……いい、かな?
「その……あの……」
「はいっ」
「こ……こか……」
喉に声が絡みつき、それでも、僕は必死に絞り出す。
「悩んだ時は、股間に従え……お前の雄は嘘をつかないぞ、と、僕の師匠が仰ってまして。……つまりは性癖に抗うな、我慢するな、買わずに後悔するより買って後悔したほうが人生は楽しいぞ、って……」
あああ自分、湖上さんに向かってなんて恥ずかしい事を言ってるんだろう。
口にして、すぐに猛烈な後悔が襲ってきた。
言うにしても表現はもっと選ぶべきだったろうに。
よりにもよって、股間とは。
画面越しに顔が火照り、机に突っ伏してしまう僕。
……ドン引きされたかな。
死にたい。
ああもうバカ。自分のバカ。でも言わずにはいられなくて……。
「ご、ごめん……湖上さんに聞かせていい言葉じゃなかったです……」
頭から突っ伏し、パソコン画面を前にしたまま汗だくになる僕。
湖上さんの返事はない。
ああ嫌われた、これ絶対嫌われた、と僕が怯えながらつぎの言葉を待っていると――
湖上さんのマウスカーソルがひょいと動き、ぽいぽいぽい、と五本ほど作品をカートに突っ込んで迷わず会計ボタンをバーンと押した。
「増えてません!?」
「ありがとうございます宮下さん、おかげで覚悟完了しました。はい、勃つものも勃ちましたっ」
いやあなた勃つものないですよね!? と思ってしまった僕は変態かもしれない。
なんか僕の方が顔を赤くしてしまいそうになり、妙な気分になってくる。
そして勇ましい声を上げた湖上さんであったが、その内側にうっすらと血が滲んでいたのを僕は聞き逃さない。
「ほ、本当に大丈夫ですか? お小遣いとか……」
「宮下さん。人生はときに、無理に手を伸ばしてでもがんばる時が必要なんです。今がその瞬間だと私は覚悟しました。今日は宇宙誕生ビッグバンの瞬間であり、据え膳食わぬは女の恥、つまり甘い物は別腹ということです」
「湖上さん言語がバグってません?」
「すびばせんちょっと後悔したかも……でもいいんです、これが私の選択です……私だって、中間試験前にうっかりゲームしちゃうことくらいありますから……」
ぐすん、と少々涙目ながらも購入を決め、それでも初の購入を完了した湖上さん。
その勇ましい愛を前にし、僕は心のなかで密かに彼女へ賞賛を送るのであった。
こうして彼女はぶじ購入を終えた。
オンライン購入の利点は、ダウンロード後すぐ遊べることである。
「では早速遊んできますね。本日はありがとうございました!」
「はい。頑張って……!」
興奮してる彼女を見送りつつ、通信を終えて……
ふぅ、と大きく息をつき、押し寄せる疲労のまま机に突っ伏す。
……緊張した。
そして疲れた。
やっぱり誰かと会話をするのは、僕には全く向いてない。
他人と顔を合わせるだけでMPを大量消費してしまい、気疲れしてしまうのだ。
……でもまあ、今日の会話はそう悪くなかったと思う。
湖上さんも喜んでくれたようだし、期待に応えられた、とは思う。
そのことにホッとしつつ、でも次話す時どうしようかなぁ、という不安が頭をよぎり始めた、そのとき。
『へへ、どうだお嬢ちゃん、俺様のモノは最高だろぉ?』
『い、いやぁぁぁぁーーーっ!』
外したヘッドフォンからなまめかしい悲鳴が聞こえてきた。
顔を上げると、湖上さんが早速ゲームを始め、オープニングの十八禁シーンが始まっている様子が――パソコンの画面共有を通じてバッチリこちらに映っていた。
……いや、あの……
画面共有、切り忘れてた……!
慌ててマウスを走らせ、共有を切ろうとする。
が――ここで僕が共有切ったら相手の画面にも『共有切断』の効果音が出てしまい、湖上さんに気付かれてしまうかも。
それって、湖上さんにめっちゃ恥ずかしい思いをさせてしまうのでは?
僕が見てました、なんて今さら言い出すのは恥ずかしいような。
……なんて変な意識をしすぎてしまったせいで、言い出せず。
その間にもゲームはばっちり進んでクライマックスシーンに到達し、白濁に晒された女の子の目が死んでいく差分絵が表示される。
僕はああもうこれ言い出せないな、と悶々としつつ、湖上さんがゲームを終えるまでじっと待機したまま、彼女の実況プレイを鑑賞するのであった。
――まあ、この覗き見。
ちょっとだけ楽しいな……と思ったのは、誰にも言えない秘密である。
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