2-2 あっ、これガチなやつですねわかります


「宮下君。なんか酷い顔してるけど、どうしたの?」

「あ、う、うん、ちょっとゲームで手強いボスがいて、攻略法に悩んでて」

「試験より深刻に悩むボスがいるんだね……」


 小早川君に聞かれた僕は、そっと顔をうつむけ、ついつい目を逸らす。


 土日を挟んで迎えた月曜日。

 夏休みの名残も消えてようやく通常授業が始まるなか、僕の脳内は湖上さんとどう話すかでいっぱいいっぱいになっていた。

 ――とはいえ、自分なりに一応結論は出したつもりだ。

 ……推測だけど。多分――


 湖上さんの陵辱好き、というのは――ファッション的なものじゃないか? と、僕は考えた。


 よくよく考えると、女子が自分とおなじ陵辱ものが好き、っていうのは都合が良すぎる。

 えっちな本好きは、本当だと思う。

 趣味仲間として僕に接してくれたのも、たぶん嘘はない。

 けど陵辱好きまで行くと、何かの勘違い――或いは湖上さんの『好き』が『アイスって美味しいよね』程度のものでは? と思い始めたのだ。


 そもそも。

 僕みたいな陰キャに、湖上さんがあそこまでガチ趣味を打ち明け協力をお願いする、なんてことあり得るだろうか……?


 彼女のことは凄いなと思う一方、疑り深い僕としては、心のどこかでやっぱり引っかかってしまう。


「……ねえ小早川君。もし同級生の女子が、僕みたいなヤツと一緒にゲームしたい、とか言ってきたら……どう思う?」

「ラブコメ? ラノベ?」

「い、一応現実っぽいような、そうでもないような……いや絶対無いって思ってるんだけど、ていうかこれ僕の知人の友達の話なんだけどさ。一緒にゲームしようって誘われて、どうしたものかと困ってるみたいで」


 そう、友達の話だから。

 あくまで空想の話だから。

 そう前置きすると、小早川君はメガネの奥で真顔になり、じっと僕を見つめてきた。


「宮下君。変なツボとか買わされそうになってない?」

「そういうのじゃないとは、思うんだけど……」

「困ったことがあったら相談してね。宮川君ってさ、悩んでても誰にも相談しない所があるから心配な時あるんだよね」


 小早川君の有難い言葉を頂きつつ、でもこればっかりは誰にも相談できないよなぁと思うのだった。


*


 で、悩んだ結果――まずは湖上さんの真意を探ってみよう、と考えた。


 臆病というのは、同時に人間不信の塊でもある。

 僕はいつだって僕自身を疑い、不信感を抱いていて、それと同じくらい他人を疑っている。

 石橋を叩くどころか、石橋を割るくらいでないと信用できない性格なのだ。


 とはいえ学校で話せる内容ではない。

 そこで湖上さんにお願いし、自宅PCに導入したディスコードで通話を試みることにした。


 ディスコードは人によっては、LIMEやtuitterよりも便利なチャットサービスだろう。

 入力に遅延が少なく、複数人でゲームする時の会話ツールとして扱いやすいこと。ログ検索や画面共有機能なども便利なことから、実況動画等でもよく目にするサービスだ。

 という訳で僕は帰宅するなりサーバーへの招待状を送って湖上さんを招きつつ、頭の中で今日の会話をシミュレートする。


 湖上さんの真意を聞きたい。

 でも面と向かって「本当に陵辱好きなんですか?」と聞くのも失礼すぎるので……


「あの。湖上さん。じつは僕、その……陵辱系には、詳しくなくて……よければ教えて貰えると……」


 通話が始まった開口一番、知らないフリを決め込んでみた。

 せこい、という自覚はある。

 でもびびりで人間不信の僕としては、こうして一つ一つ足場を確かめないと安心できないのだ。

 それに僕自身、陵辱系作品はゲームや本や漫画すべて合わせても百作品程度しか知らないので、素人というのも嘘ではない。


「湖上さん。陵辱系って要するに、たくさんの男の人に……されちゃう作品ですよね。どの辺りが魅力的なのかな、と」

「あ、はい。そうですねぇ」


 湖上さんの返答に、ヘッドフォンを構えながらドキドキした。

 自分は変な事を口走っていないか? と。

 ていうか……男の人にアレされちゃう、とか、男性の自分が口に出して良かったのか?


 どくん、どくん、と心音が高鳴るなか、彼女の返答を待つ。


「宮下さん。話す前にひとつ、大事なことをお伝えしたいのですが……」

「は、はいっ……ええと、大事なこと、って?」


 嫌悪感をもたれたりしないだろうか。

 舌打ちされないだろうか。

 嫌われないだろうか。じつは僕のことを内心バカにしていたり、とか?


 いやな妄想が膨らむなか、湖上さんはゆっくりと『大事なこと』と前置きして――


「いま『たくさんの男の人に』といいましたけど、同じ陵辱でも、男性が複数の場合は輪姦で、単独の場合は独占ですので陵辱ジャンルで『たくさん』という言葉を安易に使うのは危険だと思います」

「!?」

「どちらも陵辱ではありますけど、世の中には独占オンリーじゃないと嫌という過激派もいますし、竿役が複数いてこそ絶望感が高まってイイという人もいます。これは人によっては、きのことたけのこ戦争と同じくらい大事なことです」

「な、なるほど……?」

「可愛いケモミミつけておけば全部ケモナーでしょ? って言うと、怒るのと同じというか……あ、ちなみに私はどっちも大好きです。一人でヤってよし、複数でマワして良し。陵辱に貴賎なし、仲良くみんなで辱めましょう穴兄弟派ですねっ」


 お、おうっ、と思わず固まる僕。

 マジ声だった。

 そして初手から強烈なパワーワード出てきた……陵辱に貴賎無しってすごい言葉だな……


「ちなみに私が好きなのは、主人公役の男が致してから部下にお裾分けするパターンですね! こう、女の子が噎び泣きながら処女散らして中出しされてひくつきながら絶望して、でも『もう終わった?』って顔を上げたところで、こいつらがまだ満足してないからなぐへへ~、って絶望させてみんなで回すのってもう最高にたまりませんよね! その時の泣き顔とか見てると、もうこっちもぐへへ~って感じでぞくぞくしません? いえ王道なのは分かっているんです、でも王道だからこそ素晴らしいと思うんです、そもそも陵辱作品に余計なエッセンスはいらな――」


 湖上さんのトーンが加熱していく。

 僕の脳裏には、湖上さんがヘッドフォンをしながらはぁはぁと性癖をよじらせつつ涎を垂らしてそうな素顔が浮かんだ。


 ……ま、まあ涎はないと思うけど。

 湖上さんは学園一の淑女であり、物腰柔らかくおしとやかな女の子である。

 いくら自宅とはいえ、そんなはしたない真似はしないと思う。

 たぶん。


「ああ陵辱といえば最初に襲う時の体位もすごく重要だと思うんです、とりあえず基本は正常位かバックか騎乗位だと思うんですけど、正常位はごく普通に恐怖を与えてスタンダードなショートケーキ的美味しさがあるんですが、でも後ろからっていうのも犯人の顔が見えないままされるっていう恐怖感が大変ビターであると思うんですよねチョコレートケーキ的な、でもじゃあ騎乗位はどうするかというと一見無理に思えますけどこれは人質を取った時に有効でこいつを助けて欲しければ自分からお願いして入れろよって脅迫するシチュに泣く泣く――」


 鬱屈が貯まっていたのだろうか。

 あるいはつい楽しすぎて喋ってるのか、湖上さんのトークは留まることを知らず僕の耳を揺らしていく。


 その怒濤の会話を聞きながら、僕は……

 まあ、実はちょっとだけ、ホッとしていた。


 これは誰が聞いてもガチ勢だ。

 取ってつけたハリボテ趣味に、人はこうも熱くなれはしない。

 あと、口にしないけど共感できるし。

 陵辱の醍醐味、すごい分かってる感がある……。


 心の中で感嘆していると、湖上さんの声がハタと途絶えた。

 沈黙の後、一旦お水を飲む音がちいさく聞こえ、はぁ~と耳元に響く呼吸音。


「……す、すみません、語りすぎちゃいました……まあその、百聞は一見にしかずといいますか、実際にゲームの体験版を軽く十本くらい遊んで貰えれば分かると思いますので……」

「あ、はい。分かりました」

「……あ、ひ、引きましたか?」

「いえ、だ、大丈夫です……」

「あっ、なんか明らかに引かれてますよね、すみませんすみません! 私、学校ではできるだけ控えるようにしてるんですが……好きなものの話をするとつい……」


 申し訳なさそうに、しおしおと元気がなくなっていく湖上さん。

 返事に躓いたのは、僕が深く感心してたせいだけど……伝わらなかったらしい。


 なので僕は返事の代わりに、ディスコードのチャット欄にとあるアドレスを入力する。

 僕は口下手なので、こういう形でしかお返しできない。


「これは?」

「えと、開いてみてください」


 僕の勧めに程なくアドレスを開いた湖上さんから、ふわぁ、と嬉しげな吐息が零れてきた。

 提示したのは、愛用してるDLサイトのアドレスだ。

 今ごろ画面の向こうで、湖上さんは目をきらきらさせてるのだろうなと思うと、なんだか心がくすぐったい。


「宮下さん、さっそく買ってもいいですか!?」

「はい。湖上さんのアカウントも登録しましたので、今すぐでも使えます」

「やったっ。これでお父さんとお母さんに内緒で遊べます!」


 興奮の止まらない湖上さんは、さっそくサイトを閲覧し始めたらしい。

 共有している画面上で、湖上さんのマウスがすいすいと泳いでいく。

 その度に、はわぁ、とか、んんんっ、という可愛らしい声をあげながらご馳走に目を光らせてるであろう湖上さんを思い浮かべ、僕は誰にも知られることなくひっそりと口元を緩めてしまうのであった。








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