1-8 僕の抱えたホントの秘密


 性的嗜好。十八禁作品の中にも様々なジャンルが存在する。

 幼馴染みもの。

 メイドもの。

 女騎士にお嬢さま、ナースに魔法少女におねショタ人妻モン娘、純愛NTR、寝取りに倒錯、SMに触手やスライム等など人の業には限界がない。


 中でも、人に知られてはならない……いや、知られたくない分野がある。

 陵辱系。

 女の子を無理やり虐げるそのジャンルは海外勢から真っ先に断罪処刑され、どこからか現われるフェミニスト達がこぞって薪をくべ燃やし尽くし、ときには地方議員すらも声をあげて糾弾するもの。

 知られてはいけない。

 バレてはいけない。

 パンドラの箱よりもなお開けてはならず、誰にも知られることなく墓の奥まで持っていくべきもの――



 その性癖を打ち明けた湖上さんは、真っ赤なリンゴのように染めた頬を指先でちいさく搔いていた。

 しきりに黒髪の先をいじりつつ視線を逸らし、でも、僕に聞いて欲しいと語りかける。


「すみません。宮下さんにこんな話をしていのか、悩んだのですが……でも電子でお買い物を頼んだ以上、いつかバレてしまいますし……す、好きなものは、好きと、きちんと伝えた方が、いいかなって」

「ぅ、えと」

「こっそり集めた漫画もこっち系で……今日持ってきた本は、ちょっと見栄を張っちゃいました。……けど、宮下さんになら話してもいいかな、って」


 それで、と湖上さんが改めて僕に、十八禁RPG『フィーンテイル』を握らせる。

 女騎士の眼差しがこちらを捕え、どくん、と再び心臓が跳ね上がる。


「このゲーム、ジャンルは陵辱ものなんですけど、ストーリーも本当に面白いんです。お姫様を攫われてしまった女騎士が、どんな目にあっても助けにいく姿が格好良いですし、ゲーム性も高くてやり込み要素もあって……あ、もちろん例のシーンも背徳感がすごくて、催眠オチもモンスター姦も揃ってますのでいろんな性癖に刺さると思います」


 それから彼女はこのゲームについて熱く語った。

 RPGとしてのバランスも楽しいし、物語もドキドキワクワクするし悲壮感もたまらない。

 それからそれから――という言葉の大半が、僕の耳を素通りしていく。


「私が初めてこのジャンルにはまったキッカケなので、良ければ遊んでみてくださいっ」


 ゲームソフトと一緒に僕の手を握りつつ訴えてくる湖上さん。

 その目はキラキラと輝いていて、まさに性癖全開という様だ。


 ……僕が沈黙で応えていると、湖上さんはハッと慌てて手を離した。


「あ、でも……陵辱系が嫌いだったら、すみません。でも一度試しに、お貸しします!」

「う、うん。ありがとう」

「……ええと」

「……はい」

「あの。そろそろ恥ずかしくなってきたので、今日は、この辺で……つ、続きはまた今度改めて!」


 一通り語り尽くして冷静になったのか、湖上さんが慌てて頭を下げてきた。

 再度のお礼ののち、とととっ、と彼女が足早に去っていく。


 その後ろ姿を、僕はただ呆然と眺めるしかできなかった。


*


 そうして彼女の姿が消えてなお、僕は呆然としたのち……

 鞄にゲームソフトをしまい、ゆっくりと帰宅道を歩いて行く。


 とぼとぼと足を進めながら――

 胸の内から聞こえてくる、トクン、トクン、という心音を抑えられない自分に気がついた。


 ……大丈夫。バレてない。

 ……焦るな。

 焦るな。

 緊張するなと自分に言い聞かせながらも心拍数はどんどんと高鳴り、足下がぐらぐらと地震のように揺れ動く。


 これは偶然。

 本当にたまたま、偶然が重なっただけ――


 吐き気をともなうくらい緊張しながら帰宅し、大きく息をつく。

 いつものように制服をハンガーにひっかけつつデスクトップPCを起動し、私服に着替えながら……

 ふと、自室の押し入れに目を向ける。


 両親が不在になって、どれくらい経つだろう。

 1LDKの手広な一室は既に僕のお城となっていたけど、それでも、自分の押入れにしまい込んだ秘密はいまも昔も変わらない。

 奥に並ぶのは、数々の漫画や小説、そしてゲームソフト。



『虜姫 ~可憐な歌姫が響かせる陵辱の喘ぎ声~』

『鬼娘散華』

『メスガキ孕ませ十連発! 鬼畜犯罪者黙示録』



 その大半は王道の陵辱系――漫画、ゲーム、CG集に小説と媒体を問わず集めた、秘蔵のコレクション。

 そう。

 僕は湖上さんが心配するまでもなく、既にたっぷり毒されていたのだ。


 ……そして他人に言えない秘密が、もう二つ。


 瞼の裏に浮かべたコレクションリストを振り払った所で、ぴろん、と起動したデスクトップPCにメール着信音が響き渡った。

 ――差出人、同人サークル『海賊同盟』ディレクター『喜多園あずま』。


『始業式おつかれさん。夏休み明けリアルJKどうよ、日焼けした肌と半袖の隙間から見える白さのギャップとかマジでシコいっしょ? いいなぁ~リアルJKいいなぁ~! で、仕事の話なんだけど』


 頭の痛くなる”師匠”の文面を素通りし、最後の一文に目を細めた。


『フィーンテイル、一万五千超えだってさ。で、次回作の進捗どう? プロット出来たら頂戴ね、期待の新人シナリオライターさん? ああそれと面白い新作RPGみつけたからリンク送るね』


 メッセージを確認後、張られたリンクをチェック。

 すぐに同人エロゲ購買画面が表示され、僕は問題なくログイン。購入画面に進み、ぽちっ、と自分名義のクレジットカードで即購入した。

 すぐに支払い画面を通り過ぎてダウンロードが始まり、今日から遊んでみようと思いつつ、……やっぱりこんな趣味、人には絶対に話せないなと強く思う。





 ――宮下清正。

 学校一の陰キャにして、学年成績一位。

 人見知りで臆病で真面目なクラス委員長を勤める僕には、他人に言えない性癖がある。


 僕は根っからの十八禁好き。それも陵辱作品の愛好家であり。

 同人サークル『海賊同盟』シナリオライターにして『フィーンテイル』のメインライター。


 そして自前でクレカも用意できる、高校一年生に混じり込んだ――元引きこもりの18歳。

 それがあまりにも情けない、僕の本当の姿だった。

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