1-7 彼女の抱えたホントの秘密


「本日は、本っっっっ当に申し訳ありませんでした!」

「いや、湖上さんに頼まれた訳じゃなくて、僕が勝手にやったことなので……」


 エロ本発覚の危機を乗り越えた放課後。

 改めて本の受け渡しをするため、僕らは近所の公園で落ち合っていた。


 昼過ぎの公園には人影もほぼおらず、手つかずのブランコやシーソーがぽつんと残されている。

 片隅にあるベンチに腰掛けると、湖上さんが改めて僕に謝り倒してきてくれた。

 昼休みにもLIMEで謝罪の言葉をもらっていたけれど、まだ謝り足りないらしい……けど、僕としてはそんなに謝られると困るというか。


「いや本当、大したことしてないから……お礼言われる程のことじゃ……」

「なに言ってるんですか、大したことですよ! いま考えてみれば私がお馬鹿すぎたんですけど……!」

「いやでも……」


 僕は彼女を助けたいと思った訳でなく、みっともない保身で動いただけだし。

 スマホ作戦もたまたま上手くいっただけで、下手すれば封筒を抜く場面を見られていたし……

 そう考えると、僕は謝られるような行動は一切してない。


 このまま謝られるのも恥ずかしいので、鞄から封筒を取り出す。


「あ、ではお返しします。本当、見つからなくて良かったです」

「ありがとうございます。……あ、でも……元は宮下さんに持ってきたものですので、いま開けても大丈夫ですよ?」

「あ、う、うん」


 一応、二人できょろきょろ周囲を確認。

 大丈夫なようだし、湖上さんにいいよと言われて開けないのも失礼な気がする。


 よし、と封筒に手を伸ばしつつ、どんなガチ本が出てくるのかと緊張していると――


「……あれ?」


 出てきたのは少女漫画だった。

 主人公と思わしきイケメンのスーツ男が、メイド服の女性をお姫様抱っこしている表紙。

 しかも、シリーズものの六巻。


「少女漫画、ですか?」

「一般漫画に出てくるえっちなシーンって、こう、普通の本よりドキドキしません……?」

「ああ分かります。あれな本って当然ですけどすぐ行為が始まっちゃうので、主人公とヒロインが仲良くなるまでの溜めがないんですよね。でも漫画だと、シリーズの積み重ねでようやく結ばれたんだ、っていう感じがあって盛り上がります」

「そうなんです。大変燃えますよね」


 うんうんと同意しつつ、密かに安堵する。


「僕てっきり、湖上さんがガチ十八禁もってきたのかと思って……これなら見つかっても大丈夫だったかも――」

「いえ、ガチ本はその後ろにあります」

「……二冊持ってきたんですね」

「いえ。そのぉ……」

「……三冊持ってきたんですね」

「宮下さんの趣味が分からなかったので、性癖の選択肢は複数あった方が良いかなと」

「は、はい……ありがとう、ございます……?」


 むずむずしながら封筒に手を伸ばすと、本物が登場した。


 メイド服姿の巨乳少女がいやらしく指先を口元に当て、挑発的にこちらを見上げている表紙。ぺたんと女の子座りしながら胸元を開いて男を魅惑し、ガチ本にある例の白い液体もばっちり全身に浴びている。

 続いてもう一冊取り出すと、こちらもメイド服のお嬢さまが恥ずかしがりながら胸元をご開帳なされており、同じく例のアレがばっちりと。


 緊張からじっとり汗を流していると、湖上さんがあたふたと弁明してきた。


「もしかして貧乳の方がお好みでしたか? だいたいの男性は大きくてメイドが好きかなと思ったのですけど」


 違う、そうじゃない論点そこじゃない。でもメイドさんは好きです。

 ……なんて返答できる勇気が、僕にはこれっぽっちもない。


「そこは性癖によるので……僕はその……む、胸のサイズについては、野菜炒めも生姜焼きも、トンカツも唐揚げも好きなので……」


 なんか混乱してる。

 ……とにかく、今日はこの辺にしておこうと思う。

 一応ここ公園だし。確か公園って案外、職務質問とかされる場所らしいし。


「湖上さん、本、ありがとうございます。あとは家に帰って読みますので」

「こちらこそ、ネットでの購入の件でご迷惑をおかけしたうえ、今日はとんでもないご迷惑を……私、楽しい話ができて、舞い上がってしまって……」


 再度謝罪する湖上さん。

 目も当てられない大失態だと思っているのだろう。


 でも本当、僕としてはそこまで気にしてないし。

 それに……まあ……

 うっかり勢い任せに暴走してしまうその気持ち、僕も一介のオタクとして分かるのだ。


 だから、


「あの。上手く言えませんけど。僕、湖上さんのそういうところ、いいと思います」

「……へ?」

「好きなことにまっすぐっていうか、突っ走れる性格っていうか。……普段、学校で見かける湖上さんはみんなの模範になるような真面目で優しい人ですけど、そんな湖上さんの別の一面が見れて、すごく人間ぽくて嬉しかったというか……すいません、自分でもなに言ってるか分からないんですけど……」


 自分はどうしてこんなに口下手なのだろう。


 それでも、湖上さんのことが、いいなぁって思ったのも本当だ。

 僕はつい他人の視線を意識してしまい、自分の気持ちを表に出来ない性格で、そんな自分を嫌っている。

 だから、学校にエロ本を持ってくるような、大胆な暴走ができる湖上さんのことを、驚きつつも――


 羨ましいな、って思うし、嫌いじゃない。

 ……まあ、学校にエロ本持ってくるのは勘弁して欲しいけど。


「だから今後も気にせず、話しかけて貰えると……まあ僕、話下手なので楽しくないかもしれませんけど、そ、相談があったら乗りますので……まあ、学校に本を持ってこられるのは、恥ずかしいですけど」

「………………」

「あ、じゃあ僕そろそろ帰るので……」


 いけない。陰キャが自分語りしてしまった。

 慌てて封筒を鞄にしまい「ではまた」と挨拶しつつ背を向ける。


 ああ、これは今日も後悔するな、と確信した。

 人と話すのはやっぱり苦手だ。

 本当、心のイケメンになりたい――いやイケメンじゃなくていいから、普通の人になりたい……

 と、頭の中で後悔の渦をかき混ぜながら歩き出そうとして――


 ひしっ、と袖を掴まれた。

 ……?

 振り返ると、湖上さんが制服をきゅっと掴んでいた。


「湖上さん?」

「…………あ、のっ」

「どうかしましたか?」


 聞き返すも、湖上さんはその綺麗な睫毛を下ろして俯いたまま考え込んでしまう。

 艶やかな黒髪がさらりと夏風に攫われ、ゆられ、一瞬、僕の視線を釘付けにする。


 その湖上さんがきゅっと結んだ唇を開き、眩しい瞳で僕を見上げて。


「……もう少しだけ、お時間頂けませんか?」

「え。大丈夫ですけど」

「すぐに戻りますので!」


 叫ぶなり、湖上さんは背を向け全力で走り出してしまった。

 その姿が交差点の向こうに消えていく。




 ……待つこと二十分以上。

 もしかして僕、逃げられる程いやなこと口にした?

 と不安に駆られ始めたころに彼女が戻ってきた。


 暑いなかガンダッシュしたのだろう、湖上さんははぁはぁと肩で大きく息継ぎをしていた。


「す、すみま、遅くっ……これ、私が、人生で一番、す、好きなっ、ゲームっ……はーっ」

「落ち着いて。湖上さん落ち着いて、深呼吸」

「は、はいっ! ふーっ……」


 湖上さんが顔をあげ、ゆっくりと天を仰いで深呼吸。

 その胸元に大粒の汗がしたたり、白い制服にしっとり滲んでいるのが見えてさっと目を逸らす。

 けど――次に受けた衝撃は、そんなものの比ではなかった。


「じつは、宮下さんにもう一つだけ、お渡ししたいものがありまして」


 これですけど、と彼女が鞄から取り出したのは、ゲームソフトのパッケージだ。

 それを丁重に受け取り、


「――――っ」


 どくん、と心臓が大きく跳ね上がった。


 表紙に描かれたのは、首輪を繋がれた女騎士の姿だ。

 肩当てだけが残された鎧に、破かれたインナーと晒された豊満な胸、という構図がたまらないギャップとなって目に刺さる。くっころ系女騎士ものの作品として大変にわかりやすい。

 内容はいわゆる十八禁版インディーズゲームのパッケージであり、タイトル名は『フィーンテイル』。


 そして、女騎士がくっころされる十八禁ジャンルといえば――


「私、男性向けのえっちな本はどれも好きなんです。年上のお姉さんにマウントされる本も好きですし、幼馴染み同士がいちゃいちゃするのも、メイドさんが御奉仕するのも、好きです。ただ、ただ……一番好きなのは、えっと……」


 湖上さんの声がさらに小さくなる。

 もじもじと指先を弄りながら、恥ずかしそうに俯き……。


「一番は、強気な女の子が好きなんです。健気で一途で、がんばりやで、いつも前向きな女の子が――野蛮な男に捕まって、泣き叫びながらも抵抗できず、ぐっちゃぐちゃに回されるのとか大好きなんです……」

「……え」

「つまり、その」


 そして湖上さんは、こっそり、決して誰にも聞かれないように、その性癖を打ち明けた。


「私の、一番の性癖は、じつは……がっちがちの……陵辱もの、なんです」


 と。






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