1-4 湖上さんがぐいぐいくる! ~性癖語り編~
あなた好みの性癖を教えてください。
私もえっちな本が大好きなんです。
ファミレスで突然のカミングアウトを受けた僕が、まず考えた事は――何かの冗談。或いは僕をからかってるんだろうという疑念だった。
僕は陰キャで卑屈で挙動不審で、僕ですら僕自身を信用してない人間不信まっさかりの男である。
そんな僕に、本屋で見かけたからという理由だけで大胆な告白なんてするはず、ないし……。
「冗談、ですよね?」
おそるおそる聞いてみるも、彼女はふるふると首を振る。
「……本当に? 少女漫画に出てくる、ちょっとえっちなシーンが好き、とかでなく」
「本番たっぷりな方です……しっかり最後までヤっちゃってる方の……こう、すごく奔放だったり恥ずかしかったり、あと単純にえちぃのが好きなので……」
大人しそうな湖上さんから『ヤッちゃってる』とかいう言葉を聞くと、心臓の裏をかりかり搔かれるようにむず痒い。
まあ湖上さんの本屋巡りを考えれば、真実の可能性が高いけど……
それでもどう会話を繋ぐのか苦戦してる僕を余所目に、本性を露わにした湖上さんは中々饒舌だった。
「宮下さんが同じ本屋にいるのも、少し前から気付いていました。『春風屋』さん、いいですよね」
「う、うん。学校から程よく遠くて、しかも一階がふつうの本屋で、地下への階段がちょっと奥側にあるから、バレにくい感じのも嬉しいっていうか」
「ふつうの本屋を見てるだけですよっていう建前ができるの、言い訳めいてますけど嬉しいですよね」
ガチだった。
気持ち分かる……。
いや分かったからといって、どう対応したら良いのか分からないけれど。
「それで……改めまして、宮下さんのご趣味は」
「え」
「読書とゲームと、その……NTRとか……?」
「いや、そのっ……寝取られものはちょっと」
「じゃあ年上お姉さんに甘やかされるとか……触手とか……」
「ち、ちょっ。待っ……」
僕はもちろん慌てふためいた。
今日は平日ではあるけどファミレスはそこそこ込んでいてお客さんの目線が気になるし、それ以上に根本的な疑問がある。
「湖上さん。質問なんですけど。なんで僕なんかの話を聞きたいんでしょうか」
確かに僕と彼女は某本屋ですれ違い、お互い認識していた……
が、暴露する理由もないはずだ。
秘密は墓まで持っていくべき。
他人にこんなことを知られ、もし秘密をバラまかれでもしたら?
余計なトラブルや難癖をつけられたら?
親や教師に知られたら?
そんな危険を孕んだ秘密を、わざわざ僕みたいなクソ陰キャに打ち明ける理由がないのだ。
そう説明したところ、湖上さんも承知の上と頷きながら、僕をまっすぐに見つめてきた。
「……じつは、その」
言葉に詰まる湖上さん。
そっと下ろされた薄い睫毛に、息が詰まる。
僕は他人と目を合わせるのが大の苦手だ。
正直いつだって逃げ出したい。
けど、相手が真剣な話をしよう、としてることは理解出来る。
……もしかすると。
彼女には僕の想像も及ばないような、すごい事情があるのでは――
「新しい性癖を、開拓したくて……」
「はへっ」
変な声出ちゃった。
湖上さんは粛々と、それはもう先生のように教鞭を取り始めた。
「世の中って、私がまだ知らないけど面白いものが沢山あって……映画でも、普段見ないジャンルってありますよね。つい感動ものやハリウッドアクション映画に手が出てしまって、ホラーやミステリーには見向きもしないとか。……でも友達に勧められたらすごく面白くて、のめり込んでしまった、とか」
「あ、ある。大事なことだと、思う」
僕も”師匠”から『多様なジャンルを読み、見識を広めよ』とよく言われるし。
レトロゲームとかもその人のお勧めで遊んでドハマリしたり、エロのジャンルもまあ……って、
「つまり……僕のお勧めを知って、見識を深めて、もっと楽しみたい、と?」
「やはり元が男性向けの本ですし、男性の目から見たお勧めとか、気になりまして。お恥ずかしい話なんですけど、好きなものは好きなので、勇気を出して新境地に至りたいなと……そ、それで宮下さんの姿は本屋でこっそり見ていましたし、このたび委員長になったので良い機会だなとっ」
と、熱く語りはじめた湖上さんを前に――
「そう、ですか……」
僕は恥ずかしくもあったけど、ちょっとだけ、すごいなぁ、とも思った。
僕なら絶対、こんなアグレッシブな行動はできない。
自分の趣味のために、前のめりに。
しかも『野球が好き』とか『カラオケが好き』みたいな、公にしやすい趣味じゃない、まさかのエロ性癖で、だ。
そんなの……相手に打ち明けて笑われたり、学校中に知られて馬鹿にされる可能性を考えると、普通は怖くて言えないと思うのだ。
だから彼女に対する素直な賞賛と、……同時に、劣等感を抱えてしまう。
僕は自分の話なんか、絶対にしたくない。
他人にどう迫られても、自分の性癖なんか打ち明けたくない。
バカにされるのが、怖いから。
だから無難な返答に終始する。
「お話は分かりました。でも、僕の趣味はその……すみませんが、意外と普通、というか」
「普通、ですか?」
「先程お話にあがった、花沢ひいろさんの本も好きですし、えと、まあ、普通に幼馴染み同士が仲良くなるとか、もともと恋愛意識してた二人が仲良くなるとか……」
「そうなんですか?」
「はい。他の男子は分かりませんけど、僕は偏りがないというか、あ、でもすこし少女漫画は好きな傾向あるというか」
嘘。嘘。嘘。
ホントはアレな趣味が沢山ある。
でなければ本屋通いなんてするはずがない。
けど相手が秘密打ち明けてくれたから自分もオープンに出来るのは、自分に後ろめたさがない人の特権だ。
性癖なんて、心の奥底で楽しむもの。
世界は目玉焼きにかけるソースひとつで崩壊する。
だから僕は、湖上さんが好みそうな、返答を選んでいく。
……ああでも、あまりに期待に応え無さすぎて彼女に失望されるのも辛いので、僕は彼女が知らなそうな情報を追加しよう。
彼女に嫌われないために。
「ああ、湖上さん。漫画だけじゃなくて、意外と小説もお勧めですよ」
「小説、ですか?」
「はい。web小説ですと、もちろん十八禁ですがノクターンなんかは無料で読めて、品質の高い作品もありまして……あと普通にイラストつきのそっち系ライトノベルというか、美少女的な文庫もありますし……今は漫画も、小説もアプリで買えますし。こんな風に」
僕がそっとスマホアプリで電子書籍を開き、イラストは伏せつつ小説本文を見せる。
これなら無難かつ彼女に新情報を提供できて、嫌われるコトは無いだろう――
と、思ったのだが。
「!?」
湖上さんの目が釘付けになった。
そして僕が何か言うより先に、がたっと身を乗り出して迫る。
「宮下さん!? どうしてアプリで本が買えるんですか!?」
「え。普通に電子で買いましたけど……本屋にいかなくても便利で――」
「そうですけど、さきほど漫画も買われてるんですよね? この手のR-18電子書籍サイトって、クレジットカードかプリペイドカードがないと買えないはずですけど」
しまった。
――オンライン上の売買は基本クレジットカードやプリペイドカードで行われるが、クレジットカードの作成は十八歳未満は禁止されている。
適当にログインできるwebサイトと異なり、正確な審査があるためクレカ偽装は難しい。
もちろん親のクレジットや携帯料金を使おうものなら明細に残って即バレる。
となればプリペイドカードの購入に……といきたいが、十八禁系サイトで使用するカードは店頭販売時に身分証明の書類を書く必要がある。
それらの警戒網を、僕がなぜ平然と突破しているのか、と湖上さんは聞いているのだ。
いや……その……
「ええと。……じつは僕には年上の知人がいて、その人に許可を得て買って貰ってるんです。もちろん支払いは僕がしてまして……ち、ちなみに十八歳以上の大人がその手の本を購入して僕に渡すことは、法律上は犯罪でないというか、グレーゾーンなので法的に問題な――ふあっ!?」
「宮下さんっ!」
気付けば湖上さんが身を乗りだし、こちらの手をきゅっと握りしめていた。
思わずどぎまぎしてしまう僕に、湖上さんは子供のように目を潤ませながら言う。
「宮下さんはつまり、お店にいかなくても自由にオンラインで購入ができるんですよね?」
「は、はい。本屋には流行の市場調査……じゃなかった、本屋の魅力があるので行きますけど……」
「小説も漫画も、それどころか市販ゲームも同人ゲームも、動画もソシャゲもやりたい放題、犯したい放題で、何股しても許されるってことですよね?」
「ま、まあ予算の範囲内であれば、という条件付きですが、っていうか湖上さんあのっ」
「~~~っ!」
湖上さんは僕の手を握ったまま、目を >w< と可愛らしくつむって。
トタトタ足を震わせながら、それはもう幸せそうに口元をすぼめて、僕に思いっきりお願いしてきた。
「宮下さん、いえ宮下様お願いがあります。私にあなたの力を貸してくださいっ」
「様!? ちょ、何の話……」
「どうか私に、電子でえっちな本を買って下さい!!!」
「ぶはっ」
思わず吹き出した。
いや待って、落ち着いて――という声は、湖上さんには届かない。
「もちろん本だけでなく、ゲームも小説も教えてください。どうか私を電子とえっちのフロンティアに……!」
「こ、湖上さっ、お、落ち着いて! ちょ、待っ」
「私とくに同人RPGエロゲについて大変興味がありまして、体験版DLしたんですけどやっぱり本編為たくて、ああでも、オンラインで買えるなら同人漫画とか旧作エロゲとかも買えて、それに動画も見れてああもうどうしよう、どうしたらいいんですか!? 私にもどうか宮下さんが楽しんでるその世界をむぐぐっ」
慌てて口を塞ぐ僕。
もごもごと喋る湖上さん。
いやでもまずい、これは大変まずい。だってここは――
「湖上さん落ち着いて、落ち着いて聞いて下さい!」
「ん、んっ! ……ぷはっ。すみません無理を言ってるのは承知の上です。でも私――」
「分かったから! そうじゃなくて、場所……」
へ? と目を丸くする湖上さん。
僕はもう顔を真っ赤にしながら、そーっと……周りに視線を送る。
そこには不審げにこちらを見つめる家族連れや、あからさまにしかめ顔面をする店員さんの姿があった。
本日は始業式の午前授業。
平日とはいえ、お昼時には客がそれなりに居るわけで……
「ここ、ファミレスなので……あまり大声で話をされると、その……」
「――――」
湖上さんはまるで石化魔法でもかかったように硬直し。
んああっ!?
と、顔を真っ赤にしながら、すみませんすみませんと僕と周囲にひたすら謝り倒すのであった。
……。
なんかこの子、学校とずいぶん印象が違くないですか……?
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