1-3 女子との初会話で○○本話をしてしまった件


 その三十分後、僕と湖上さんはお互い無言のまま顔を合わせていた。


 場所は学校近くのファミレス。

 先生に「せっかくの委員長同士だし、親睦を深めてこい!」と言われた手前、断ることが出来なかったのだ。

 そうして律儀に店に入った僕は、しかし何を話していいのか分からず固まったままテーブルに視線を落としていた。



 女子と話した記憶がない。

 小学校の頃から「宮下君っていつも勉強してるの? 楽しい?」と言われ。

 中学時代だともっと距離を置かれて「えっと。宮下君、だっけ?」と、文化祭のイベントでようやく名前を呼ばれるくらい。


 学年一の美少女と会話なんてできるはずも無い。

 湖上さんも僕を見つめては顔を逸らし、小さな口を何か言いたげに揺らしている。


 ……お互いに注文したアイスクリームが届いても、無言。


 どうしよう。


 このまま時間が過ぎて自然消滅しないかなと思う一方、先生から言われた「仲良くなっておけよ」という言葉が頭を過ぎる。

 頼まれた以上は、仲良くしなきゃいけない、ので。

 何か、話をしないと……


「えと。今日の最高気温は27度らしいです。でも夜は20度まで下がるらしいです」

「そ、そうなんですか。まだまだ暑い日が続きますね」

「はい」

「…………」

「…………」


 外は残暑と蝉の声。

 僕らの空気はファミレスの冷房のせいか、きんきんに冷え切っていた。


「えと、湖上さん。……ご趣味は?」

「……読書を、少々」

「へ、へぇ。やっぱりその、罪と罰とか、人間失格とか……?」


 何となく賢そうなタイトルを並べたが、湖上さんはなぜか睫毛を下ろして残念そうな顔をしてしまう。


 その口をきゅっとすぼめた様子に、ああやば、どうしようどうしよう、とにかく会話繋がないと嫌われる、と焦りまくる。

 機嫌を損ねてしまっただろうか。

 ていうか僕だとやっぱ会話相手として相応しくないと思う……けど委員長として仲良くしなきゃいけなくて……


 と、頭の中が大パニックに陥っていたそこに、湖上さんがやんわりと。


「私、じつは読書の他に、ゲームもします。宮下さんはされますか?」

「へ? ゲームは……まあ、そこそこ。家庭用ゲーム機メインですけど」


 ゲーマーと呼べる程ではないけど、某大乱闘ゲームを程々に嗜んでいる。

 ……ああでも湖上さん、大乱闘とか苦手だよな……?

 とすると、あつまれどうぶつの林とか――或いはソシャゲとか、彼女が好きそうなのは――


「良かった。私もそこそこ嗜みます。ソシャゲもするんですよ? 馬がぴょいぴょいするやつです」

「そうなんですか!? 僕はコンシュマー寄りで、配管工アクションものとか、あとは、えと、どうぶつの林とか」

「配管工さんは有名ですね。兄と弟ではどちらが好きですか?」

「僕は弟です。あの弱気な性格が、僕にはシンパシーがあるというか」


 共通の話題があった……!

 それだけで僕としては安堵の息をつく。

 よし。

 この話題をなるだけ引っ張ろう、これで仲良くなろう――


「湖上さんは、RPG等はされますか? あの、金髪の幼馴染みと、お金持ちのお嬢さま……って、わかりますか?」

「私は幼馴染み派ですね。でも動画で会話集なんかを見ると、どちらも魅力的で悩みます」

「はい。僕もゲームと分かっていても、つい感情移入してしまって……」

「ええ。宮下さんって、思ったより話しやすいんですね」

「え!? い、いや、湖上さんの話し方が柔らかいからで……それにたまたま、話題が合っただけで……」


 ああ良かった。

 嫌われてなさそうだ。

 大丈夫、これなら行ける。

 この調子で彼女の話題に合わせつつ、会話を、会話を続けていけば――


「宮下さんと話題が合って、私も嬉しいです」

「ぼ、僕もです。良かった、先生に仲良くしろって言われたときはどうしようかと……」

「私もです。緊張しましたけど、なんだかホッとしました」

「はい……なんか気持ちも、少しリラックスしたような……」

「ええ。じゃあもう少し気楽にお話しましょうか。あ、ちなみに宮下さんは、御木野刹那と冬馬かずのでは、どちら推しですか?」

「あ、こ、小秋ちゃん派です。真面目な後輩が闇落ちしてく思考がたまらなく共感できるしえっちシーンも恥ずかしがりなのに攻めまくりで可愛くて」

「いいですよね小秋ちゃん。バイト先でお口でやっちゃうシーン、私も好きです。そういえば先日、花沢ひいろ先生の新刊『先生と私の中出しらぶらぶ生活』が出てましたけど、前作の『誰にも言えない放課後ゲーム』とどっちがえっちだと思います?」

「一巻目ですね。絵柄は新作の方がいいんですけど、一巻目のほうが熱があるし眼鏡っ娘後輩の女子に勘違いで迫られるシチュがよく抜け、」


 そこで、ガチッ、と機械が故障したように僕はフリーズした。

 ……ん?

 あれ?


 なんか……流れ、おかしくない?


「………………」

「………………」


 気付けばじっとりと背中に冷や汗が流れ、ふるふると拳が震えて止まらない。


 ……いま、余計なことを喋った気が……

 勘違いだと嬉しいのだけど……

 いや明らかに気のせいではなく、現実問題として、僕は決して口走ってはならないことを口にしたような。


 …………。


「あ、いやその……」


 おそるおそる湖上さんを伺えば、彼女もなぜか黒髪の先を人差し指でちりちりと弄りながら、落ち着きなく視線をそっと遠くに流している。

 自分で話しておきながら、大変恥ずかしそうな……。


 というか湖上さん、いま僕を明らかに誘っていたような……。

 いやでも、僕の頭がおかしいだけで、今のって普通の会話なの、かな――?


 訳がわからなくなった僕は、とりあえず頼んだオレンジジュースを口にする。

 ずずっ、と身体に悪そうな果実を全部飲み干したのち、これで会計に行けますというアピールをしつつ目を逸らして。


「じゃあ、また学校で……」


 そっと伝票を取り、退散しようとした。

 その身体がぐっと止まる。


「あ、あの……」


 おそるおそる振り返れば、湖上さんは愛らしい瞳をぱっちり開いて僕をじいぃ~っと見つめていた。

 僕は蛇に睨まれたカエルの如く、ぴくりとも動けない。


 そして火ぶたは落とされた。


「あの。宮下さんって……その……えっちな本屋にいませんでしたか……?」


 ここでようやく気付いた――僕は、罠にかかったのだと。


 ……いや、まだ彼女の勘違いという可能性も捨てきれない。

 気のせいでは? と僕は固まったまま首をふるふる振り、いや、し、知りません人違いじゃないですか――


「具体的には、八栄町駅から徒歩十分にある『春川屋』店舗地下一階……とか……開店時間、朝十時ですよね、お店の。……好き、なんですか?」

「あ、ぅ、えぅ……」


 その時点で僕はもう顔が真っ赤になってしまって、心の中で「ごめんなさいごめんなさい」と謝りつつ、カタカタ震えながらどうしたものかと泣きそうになりながらただ震えるしか出来なかった。

 どうしよう。

 え。僕どうなるんだろう――


 と、震える僕に、湖上さんはそっとスマホを取り出し、あの、と、アプリを見せてくる。


「LIME、交換しませんかっ」

「へ?」

「これからお互いクラス委員になるので、連絡先があった方がいいかなと」

「あ、は、はい……」


 言われるがまま座席に戻りスマホを出すと、父親および『海賊同盟』と書かれたグループ以外は何もない履歴に『湖上奏』の文字が登録される。

 そして程なく、ぴこんと文字が届く。


 僕は無言で、メッセージに目を通す。


『私、じつは前からお話したいことがありまして』


 ぴこん。


『その』

『つまり』

『一度、宮下さんとお話してみたかったんです。宮下さんのよく読まれてる本といいますか、えっちなせいへ』


 ぴこんぴこん。


『すみません途中で送信しちゃいましたごめんなさい。でも緊張してしまててて』

『また打ち間違えました』

『じつは私』

『誰にも言えないんですが、でも宮下さんは気付いてたかもしれませんが』

『ちょっとだけ』

『えっちな本が、好き、でして』


 ぴこんぴこんぴこん。


『それで、お、男の人と、せ』

『せ』

『性癖について』

『話してみたいというか、つまり』


 ――ぴこん。


『こっそり語り合いませんか?』

『つまり』

『クラス委員長として、親睦のために、です!!!』


 最後にやけくそめいたメッセージが届いたのを見届けて、顔を上げると。

 湖上さんはそれはもう熟れたリンゴのように顔を赤らめ、しおしおと湯気を上げながら俯き、うっすらと目尻に涙を蓄えながら僕を見つめてもじもじしていた。


 それは普段教室で見る優等生でも、天使様らしい微笑みでもない。

 めちゃくちゃ恥ずかしい秘密を暴露し、穴に入りたいほど蹲るように照れまくっている、愛らしい女の子の姿だった。


 で、そこで僕の思考回路がようやく再起動して、思う。


 僕、からかわれてますか……?


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