1-2 絶対に仲良くしてくれと言われても


 放課後。

 職員室にいったら、担任の郷戸先生からクラス委員長に指名された。


 ……はい?


「あ、の。先生。……く、クラス委員って、教室のみんなをまとめる役、ですよね? 僕には、む、向いてないって言うか……」

「安心しろ宮下ぁ! 二学期の委員の仕事は多くない! 体育祭は一学期で終わったし、文化祭は別で実行委員がつくからな。仕事なんて授業の号令だけだから大丈夫!」


 あっはっは、とばしばし僕の肩を叩いて励ます先生だが、う、嬉しくない。

 ていうか、苦手……。


 いきなり距離を詰めてくる人って、どうして遠慮が無いんだろう。

 おかげで職員室なのに目立ってしまい、大変に居たたまれない。


 というか。


「そもそも、先生……クラス委員って、明日のHRで決めるんです、よね?」

「そうだな。立候補か推薦だ。でも先生としては宮下にお願いしたい!」

「なんで僕なんですか……?」

「宮下ぁ。一学期の、醤油ソース事件は知ってるな?」


 いかつい郷戸先生が眉間にしわを寄せて真顔になる。


 ――醤油ソース事件……

 高校入学したての一学期、僕らのクラスでも当然のように委員長の選出が行われ、二人の立候補者がでた。

 橘和夫。

 前園めぐみ。

 二人とも性格的に明るく頼りになると評判で、委員長の選出はスムーズに行われた。

 のちに二人が中学卒業頃から恋仲であることが分かり、クラス公認カップルとして大いに賑わったのはよく覚えている。

 まさに理想の二人だし、まあ、僕も自分に迷惑がかからなければ好きにしていいと思ってたのだけど――


「和夫さん。目玉焼きには醤油に決まってますよね? どうしてご理解頂けないんですか?」

「はぁ? 目玉焼きにはソースに決まってんだろお前馬鹿なの?」


 些細なことから、その喧嘩は始まって。

 気付けば焦げついた目玉焼きならぬ、無惨なスクランブルエッグと化していた。


 そして坊主憎けりゃ袈裟まで憎し。

 二人の論争は目玉焼きの話題から互いの郷土(沖縄と北海道)を罵るまでに至り「サーターアンダギー別に美味しくないし!」「ネタでもおちん○んチョコレート持ってくるあんたに愛想がつきた素直に恋人もってこいよ」と人目に憚れるレベルで戦争が始まり、結果……


 体育祭と合唱コンクールが超ギスギスしてしまった……。

 ふっ、と遠い目をする郷戸先生。


「宮下。人は歴史から学び、先生は目玉焼きから学んだ。まあリアルな夫婦でもマジで歯ブラシ一本で離婚するからな。という訳でお前に頼みたいんだ、宮下!」

「え、と」

「入学以来、ずっと学年成績一位の優等生! 授業態度も真面目だし先生の言うこともよく聞くし、お前なら任せても安心だろ。みんなより歳上だしな」


 何気ない一言に、ずきん、と胸が痛む。


 ……正直、委員長なんて御免被りたかった。

 そもそも僕みたいな冴えない陰キャ地味男が、クラスをまとめられるはずもない。

 教室のみんなだって僕が壇上に立つなんて嫌だろうし、なんであんなヤツが? と思うに違いない。


 頼りない、って笑われるだろうし――僕には、人に言えない秘密が多すぎる。


 断りたい。断るべきだ。

 僕には向いてない。

 すでに緊張でじっとり汗ばんでるし、心の中はずしりと鉛でも載せたかのように重く、喉がぎゅっと締め付けられるように息苦しい。

 でも。

 でも――


「宮下。お前なら大丈夫だ。な?」


 先生の期待の目を前に、足がすくむ。

 絶対に断りたいのに、断ったら叱られるし失望される、と考えると怖くて断れない。


 ――なんだよ宮下、お前に期待したのにな。残念だ。

 ――教室のまとめ役くらい難しくないだろ?

 ――あいつ委員長断ったんだって。部活も入ってなくて暇なくせにどうなのそれ?


 耳鳴りがする。

 僕が断ったら、先生は困るだろう。

 失望されるだろう。そして舌打ちの一つでもされたら、次の日からなんて言われるか分からない。それが怖い。


 嫌だという気持ちと、でも大人の期待には応えなきゃ、という気持ちが卵のようにかき混ぜられ――


「………………わ……わかり、ました。がんばり、ます……」

「そうか! ああ良かった、先生断られたらどうしようかと思ってたぞ!」


 先生が嬉しそうにまたぱしぱしと肩を叩き、僕は引きつった笑顔のまま引き受けた。

 胸の奥にじんわりと広がる憂鬱感。

 でも、顔に出してはいけない、と僕は笑う。


「…………」


 二学期は……長い。

 四ヶ月もの間、僕は教室で毎度号令をかけて……

 日直をこなし、みんなに委員長とひやかされ、誰かの視線の前に立ち続けながら、期待に応えなきゃいけない――


 ひどく憂鬱になっている僕に、先生はそれはもう嬉しそうに、にかっと白い歯を見せてこう告げた。


「ってことで、二学期の委員長はお前達ふたりだ。よろしくな、宮下。それと湖上!」

「……え?」


 先生の声に、僕はふっと振り返る。

 いつからだろう。気付けば僕の後ろに、教室一の美少女が佇んでいた。

 両手を前にそっと合わせ、はい、と柔らかくお辞儀をする湖上さん。


「……いや。え? え?」


 その彼女に聞こえるように、郷戸先生は僕をがしっと掴んで一番大事なことを告げてきた。


「安心しろ宮下。相方はあの湖上だからな、うん、これなら大丈夫! 今学期こそは頼むぞ。ぜったい、ぜーーったい喧嘩しないで仲良くやってくれよな?」


 そして先生はなにを思ったか、生徒である僕に現金二千円を渡してこう告げた。


「無理を言った詫びだ、二人で一緒に飯でも食ってこい!」

「えぇ……先生、生徒に現金渡すっていいんですか――」

「細かいことはいいんだよ」


 なんて滅茶苦茶な先生だろうと思いつつ、でも先生なりにクラスのことを考えての行動なのかな……とも思いつつ。

 こうして僕は湖上さんと”仲良し”を押しつけられることになったのだった。

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