1-1 陰キャな僕には荷が重い話
夏休み明けの教室には、開放的な空気が漂っていた。
日焼けしたクラスメイト達が再会に勤しみ、浮ついた空気をたっぷりと漂わせながら挨拶を交わしていく。
きゃあきゃあと女子達が夏の思い出を騒ぎ立て、男子達も部活や旅行の成果について比べ合う。
そんな賑わいを横目に僕はスマホを開き、数学の公式を眺めていた。
勉強がしたい訳じゃない。
将来を考えて、なんて殊勝なことを言う気もない。
もちろん、実力テストへの準備の意味はあったけど……
本当の理由は「今の僕にはやることがあって、他人を無視してる訳ではないですよ」という体を取りたかったのだ。
教室で教科書を開けば、いかにも真面目すぎる空気を出してしまう。
かといって窓を眺めていると、いかにも『それっぽいヤツ』と思われてしまう気がする。
それで人にかわれたり、笑われたりするんじゃないか、って思うと酷く居たたまれない気分になる。
それにもし他人と会話をしようものなら僕は途端にしどろもどろになってしまい、いや、あの、と言葉がどもってしまう。
それでいて変な事を口走り、あとで「僕、嫌に思われなかったかな……」とすぐに後悔が疼いてしまう。
でも「苦手です」ってあからさまに態度で示したら教室の空気を汚してしまうので、教室の隅でひっそりとスマホを開いて過ごす。
そうして人畜無害を装い、深海魚のように身を潜めている僕に声をかける生徒は――
まあ、一人くらいしか存在しない。
「おはよ、宮下君」
「っ!? ……あ、お、おはよう、小早川君」
びくっとするが、相手が唯一の顔見知りだと気付いてホッとする。
小早川優香。
女性のような名前だけど、立派な男子だ。
厚めの眼鏡をかけたひょろながい彼は、僕と同じくたっぷり陰の気配をまとっているけれど、そのぶん距離をきちんと測ってくれるし物腰柔らかい生徒だ。教室で唯一話せる相手でもある。
まあ……友達かと言われると、分からないけれど。
「宮下君、夏休みどうだった?」
「えと。まあ……普通。ゲームしたり、漫画読んだり……」
「僕も同じ。夏休み、あと一月くらい欲しいよねぇ」
さらりと流したのち、小早川はぽちぽちとスマホゲーでスタミナ消化を始めた。
彼の良いところは、会話が最低限で済むことだ。
おかげで気を張らずに自分事へと没頭できる。
隣人がみな小早川のように、会話を深掘りすることなく距離を取ってくれれば有難いなと思うのだけど……
多くの生徒はそうじゃない。
「あ、湖上さんおはよー!」「湖上さーん!」「夏休みどうだったー?」
「おはようございます。まだまだ暑い日が続きますね」
教室が一段と華やかさを増したのは、教室の華が現われたからだろう。
湖上奏。
まだ残暑が厳しいにもかかわらず和風美人さながらの涼しさで登場した彼女は、相変わらずクラスの人気者だ。
上級生の間でも噂になっているらしく、一学期にもバスケ部の先輩が告白したとか、そんな噂を耳にした。
そんな彼女にそっと背を向け、スマホに集中するフリをする。
本屋の件について彼女も触れる気はないだろうし、多分、気付いてないと思う。
そうあって欲しい。
穏便に。何事もなく……。
お互い知らないまま学校生活を過ごしていく。
叶うなら、二学期も平穏無事でありますように。
そう思いながら、僕は始業のチャイム音とともにスマホを仕舞うのだった。
*
――の、だけど。
「という訳でだな宮下! お前にクラス委員長を頼みたい」
「え」
うちの担任、郷戸先生が余計なことを言い出したのは、その日の放課後のことだった。
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