湖上さんは隠れ性癖を語りたい ―可愛い委員長が陵辱エロゲ好きではダメですか?―

時田唯

プロローグ 彼女を見たのはエロ本屋


(見間違い……だよな?)


 僕が彼女――湖上さんの姿を学校外で見かけたのは、ゴールデンウィークも明けた五月下旬のことだった。


 湖上奏。

 公立元部高校一年にして同級生でもある彼女は、人見知りな僕ですら名前を覚えているほどに有名だ。


 腰元まですらりと流れる、清らかな黒のロングストレート。

 目鼻立ちのはっきりした顔立ちに、白雪のようにさらりとした肌。

 淡い唇をそっと緩め、おしとやかに笑う微笑みはまさに教室の天使だと呼ばれることがあるそうだけど、その評判もあながち嘘ではない、と思わせる程に整った美少女だと思う。

 おまけに成績も常に十番圏内、そのうえ運動もできて愛想もよいとなれば、人見知りの僕だって噂くらいは聞いたことがある。


 とはいえ、僕――宮下清正としては、彼女に特別な感情を向けたり、つい見惚れてしまう……

 なんてことは一つもない。

 むしろ積極的に関わらないよう心がけている。


 単純に、住む世界が違うし……

 猫背で陰キャで、教室の端でいつもびくびくおどおどしてる僕とは、世界そのものが違うのだ。


 それに僕は他人が苦手で、喋るのも関わるのも苦手で、ただ目が合っただけで『何か叱られることをしたんじゃないか』と余計な意識を回してしまうくらいに臆病だ。

 そんな僕と彼女はまさに海水魚と淡水魚、交わることなく無関心なクラスメイト同士として、静かに過ごせた方が幸せだろう、と僕は密かに思っていた。



 そんな僕が、学校外とはいえ彼女を二度見してしまった理由は、僕らがいるお店にある。


 八栄町駅から徒歩十分ほどに位置する『春風屋』店舗地下一階。

 大通りから一本外れた絶妙な雑居ビルは、一階フロアが漫画アニメ系作品を扱い、二階はラノベを扱う典型的なオタク向けショップであり……

 その地下一階には独特のグレー色の暖簾に『18』と書かれた数字と、道路標識の禁止マークがついていて……


 男の花園というか、その。


 よ、要するにえっちな漫画がきっちりと並んだお店であり――

 クラス一の美少女天使が訪れるなんて絶対あり得ない、はず、だと思う。


(やっぱり……見間違い、だよな……? 湖上さんがこんな所にいるはずないし)


 本棚に並ぶのは、肌色成分が多め……なんて言葉も生ぬるい、全裸で挑発的な女の子の表紙ばかり。

 それどころか例の白い液体だとか、性癖ガン出しの水着女子が出してはいけないところを自らの手で晒していたりともう完全アウトの品ばかり並んでいる。


 だから、間違いだよな? と思う。


 とはいえ彼女の顔をガン見する訳にもいかない。

 気付かれたら最悪だ。

 僕がエロ本屋に居たなんて教室で吹聴されたらそれこそ僕は即死だろうし、そもそも相手が本物の湖上さんであれ見間違いであれ、関わる理由はない。


 お互いに無関心。

 僕の存在は空気であり、居なかったことにして欲しい……と、メスガキにざぁこざぁこ♡されるえっちな本に顔を埋め、他人のフリを決め込んでいく。

 幸い湖上さん(?)はこちらに気付くことなく店を後にし、僕は密かに胸をなで下ろした。


 よく似た別人だろう。

 僕はそう自分に言い聞かせ、いま見たことは全て忘れようと思った。






―3ヶ月前(梅雨)―



 また他人のそら似に遭遇した。


 暖簾をくぐったその先で、湖上さんによく似た……いや今度こそ間違いなく湖上さんだとわかる、ゆるやかなストレートの黒髪を目にした直後、僕はくるりと背を向けていた。

 と同時に再度、見間違いではないか? と自分を疑う。


 僕は自分のことを信用していない。

 家の鍵だって出る時何度も確認するし、忘れ物だって何度確認したっていつも不安になる。


 ……まあ何にせよ顔を見られたくなかったのでそのまま逃亡しつつ、僕の存在に気付かれてませんようにと密かに祈るのだった。






―2ヶ月前(夏休み序盤)―



 否定できなくなってきた。


 世間はすっかり夏本場を迎えた湖上さんは、目に眩しい半袖姿だ。

 周囲の男性客にもちらちら見られていたが、湖上さんはそれに気付くことなく、じーっと本棚を見つめている。

 というか口元をにやけさせ、湖上さんらしからぬ悪魔めいた顔でぐへへと微笑んでいるような……見間違いだと思うけど……


 この本屋、お気に入りだったけどさすがにお店変えようかな……と思う僕であった。






――半月前(夏休み終盤)―


 この子ぜったい本屋巡りしてる……。

 しかも僕と思考パターンが似てる。


 次はもっと、彼女が知らない本屋に行こう。

 遠く遠く、絶対に知られないところまで遠く――







―今日―


「あの。宮下さんって……その……えっちな本屋にいませんでしたか……?」


 バレました。もう死にたい。


 ……けど、どうして僕が迂闊にも、彼女に正体を知られてしまったのか。

 その理由は今日の午前中。

 二学期の始業式後に起きた、ちょっとした出来事まで遡る。










――――――――――

連載はじめました。一区切りする10万文字分までは掲載予定です。

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