【遺伝の似】

 小・中学校のころ、僕は休み時間も昼休みも放課後も、教室か図書室で過ごすことが多かった。


 偏頭痛持ちのせいで、運動をしたり、過度に興奮したりすると、翌日頭が痛くなる。

 高学年にもなれば、自分の体質と付き合っていくということをしなくてはならない。


 一方で、紬は活発な子だった。僕が見る彼女はいつも走っていた。憧れてなんていなくて、僕とは別の破格なのだろうと割り切っていた。


 けれど周りは僕たち兄妹を比較した。


「紬ちゃんは明るいね」

「お兄さんの方は落ち着いているね」

「二人とも、あまり似ていないね」

「まるでお友達のようだわ」


 どんな言葉より、どんな陰口よりも、僕の心に刺さったのは、《似てない》の一言だった。

 もちろん、似ているなんて微塵も思っちゃいないし、似ていないことは誰よりも承知していた。


 好きなものや趣味、口癖、思考回路、そして素質さえも違っていた。


 似ていないところはいつしか僕の欠点となった。

 紬と比べて、僕は劣っている。周りの大人たちは、幼い僕に分かりやすくそれを示してくれた。


 今の僕は、彼女にどこかひとつでも勝るものがあるだろうか。

 何か一つでも、一つでいいから、彼女に勝てるものはあるだろうか。


 もうずいぶんと会っていない妹を思い浮かべながら、不自由に慣れきった左手をただ見下ろした。


 マグカップに注いだコーヒーに、砂糖スティックを一本入れ、ゆっくりとかきまぜる。


 喪失感。という言葉が正しいのだろう。何かがすっぽり自分の中から消えたような——消えたは消えたのだけど——消えてしまったんだなあという実感が湧く。


 だけど、平凡な日常ほど生き甲斐のないものはないと、僕は思う。

 別に戦争をしようとか、そういうことをいいたいんじゃない。

 僕はただ、この左手がもたらしたものは、僕を変える素晴らしさがあったとしみじみ思うのだ。

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