チョコバナナクレープ

   3


「いやー、いい話を聞いちゃったなあ。ドキドキした~」


 かなり機嫌のいい紬は、早瀬から仕入れたらしい怪物の話を僕にしてきそうだから慌てて話題を変える。


「ところで紬、今日文化祭にひとりで来た理由を教えてくれる?」

「――え?」


 紬は一瞬目を見開いて、立ち止まる。けれどすぐにヘラヘラと笑いながら歩き出した。


「なに言ってんの~。妹が兄さんに会いに来るのに理由はいらないでしょ~」


 最初から真面目に答えてもらえると思っていなかったので、そんな取り繕った嘘バレバレの答えを追求しようとかは思わなかった。


 すると、ピンポンパンポーンと文化祭独特のチャイムが告知の始まりを知らせた。


『……ゴホン、えー。本校の文化祭をお楽しみのお客様、本日はお越しいただき誠にありがとうございまぁす。えー、朗報です! えー、ただいまのお時間より三十分、二年B組の《クレープフェスティバル》は十円引きキャンペーンを実施します! えー、ぜひぜひね、お買い求めくださぁい! ……これもう一度言うべき? あ、いらない? えー、以上です』


 自分では気がつかないうちに何度も「えー」と言ってしまうタイプの人だ。数えていると面白くて笑えてくる。


 しかし十円引き。かなり儲かっていて余裕があるのか、はたまた全く売れていないのか。


 放送を聞いた紬は僕を横目にかけると、

「チョコバナナクレープ食べたい」と真顔で言った。


「食べれば?」


 せっかく今から割引されて安いんだし。


「兄さん奢って」

「やだよ」

「なんでよ、チート技で無料とかにできるでしょ」

「チートすぎだろ。先輩の屋台だし売り上げを下げるわけにはいかない」

「じゃあ兄さんが食べて売り上げに貢献してあげようよ」

「一番初めの言葉を思い出せ」

「『僕が買ってあげるから、チョコバナナクレープ食べよう』?」

捏造ねつぞうすんなて」


 ケラケラと笑う紬は心底楽しそうだ。


 久しぶりに会ったけれど、身長もかなり伸びているし、髪の毛も伸びて顔も大人びていた。

 僕は彼女の横顔から目を反らし、鼻から息をらす。


「わかったよ、いいよ。今日わざわざ文化祭来てもらったし、お礼で奢るよ」


 紬の顔はみるみる明るくなっていき、その笑顔はひまわりや太陽なんかを彷彿ほうふつさせた。


「ありがとう兄さん大好き! そうと決まればクレープフェスティバルまで走るよ!」

「え、走るの? 嘘でしょ」

「華の男子高校生も走るんだよ!」

「華じゃないけど」


 けっきょく、三十分という限られた時間の中で紬は二回おかわりした。……割引じゃなかったら絶対奢らない二回なんて。

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