オカルト研究部②
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県内でも三本の指に入る生徒数を誇る私立高校。一つの校舎では収まらず、数年前から校舎をもう一つとなりに新設し、古い方をA棟、新しい方をB棟とした。
少子高齢化が進む社会ではあるが、この周辺地域は子供が増え続け保育園や幼稚園の方が足りていないらしい。
とにかく、まずは部室の場所を確認しなければならなかった。幸い屋外にいたので、A棟だろうがB棟だろうが距離はさほどかわらない。だが、この学校の校内地図は覚えるだけでも二カ月ほどかかった。
A棟は一年生の教室と音楽室やマルチメディア教室が主で、B棟は二三年生の教室とLL教室が少しだけある。
一方、金工木工室というのは予備棟と呼ばれるプレハブのことだ。あまり用もないので近寄ることはめったにないけれど、裏は喫煙所だと聞いたことがある。
「まさにオカルト臭が漂ってるね。予備棟、しかもあまり人が近づかない……」
ホラー好きの紬は行きたそうに浮き足立っている。
「体験したいならひとりで行ってよ」と釘を刺すと作った困り顔で、
「愛しい妹ほっぽりだす気?」
「だからもう――」
「妹じゃないんだよね、ごめんね」
紬が深くため息をついた。
血は繋がっている。だけど、やっぱり兄妹とは思えない。
「じゃあとりあえず、部室のあるA棟に行こうよ」
「見て終わりだからな」
「わかってるって~♪」
上機嫌な紬は、今にもスキップし始めそうな足取りで僕の数歩前を行く。
僕はホラーが苦手だからそこにどんな良さがあるのかわからないけれど、ホラー映画とかホラー小説とかを好む紬とつくづく違うな、と感じる。
オカルト研究部はそれほど熱心に宣伝していないようで、二階の端にある部室に着くまでそれらしいポスターも仮装をした人も見なかった。
いたって普通の教室、という感じの外観だ。他のクラスはお化け屋敷とかの催しで外観が闇仕様のクラスもある。
「あれ、
横から呼びかけられて、ビクッと体を震わせる。
オカルト研究部という名札をぶら下げている金髪の男子が手を振ってくる。
僕の名前を知っているということは同学年でおそらくクラスメートだろうが、残念ながらこちらは全く見覚えがない。
それに金髪ってぜったい生徒指導とかで目立っていそうだけど……。
「もしかしなくても俺認識されてないっぽい?」
「あ…………うん」
「素直かよ」
カッカと笑う彼は頭の後ろに手を当てると、金髪が揺れた。
「えっ」
その金髪は、ウィッグだった。
金髪の中からのぞいた襟足がすっきりしていて清潔感のある黒髪は、クラスの副学級委員長を思い起こさせた。
「あ、わかったっぽいわ」
「えっと……
で合ってる、よな?
おそるおそる顔を上げると、彼は爽やかに微笑んでいた。
「あってるあってる。白部も彼女とかいたんだな、意外~」
「え? あ」
紬を彼女と勘違いさせてしまったらしい。
「はじめまして。妹の紬です!」
頬にピースを添えて元気よく自己紹介をした紬に早瀬も「どうも~」と笑顔で返す。
「あの、早瀬……さんは、オカルト研究部の部員ですか?」
「おや、さては白部妹ホラー好きだな?」
「あたし大っ好きなんですよ!」
「それなら金工木工室に――」
「行かないよッ!」
盛り上がりかけている二人の間に入って止める。危うく体験コーナーに行く流れになりそうだ。
「オカルトを知るコーナーで十分だよ」
早瀬は不満そうに口をとがらせる。
「俺らけっこう頑張ったんだけどな」
「ほらー、兄さんやっぱり体験したほうが」
「じゃあひとりで行ってくれよほんとに」
「諦められなかったらそうする~」
同行しないのなら、別に何しようと関係ない。
僕はあまり乗り気ではなかったオカルト研究部に入った。
「白部、ここに名前書いてって」
教室に入ってすぐ、早瀬に透明のバインダーを手渡された。
挟まっている用紙の一番上に[来店者名簿]と書かれている。
「これ書かなくてもいいやつじゃ……?」
「そうなんだけど、集客数でランキングつけるらしくてやっぱり一位狙いたいじゃん? それに来年も部として活動したいからね」
「兄さん協力してあげようよ!あたしも書いていいですかー?」
「ぜひぜひ~」
紬は早瀬から受け取ったボールペンで名前を書いた後、彼女は僕にバインダーを押し付けた。
「書くんだ兄さん。ライトユアネイム」
「英会話習い始めたのかお前」
「いや英語の成績なら空飛んで海外行けるほどに良好だから安心して」
「じゃあ発音の勉強をしたらどう?」
あたしのことはいいから、と急かされて、僕はしぶしぶボールペンを握る。
一番上に書かれた名前を見て一瞬動揺するも、顔には出さずに自分の名前を書いた。
「オカルト研究部存続に貢献してくれてさんきゅー」
早瀬がバインダーを長いテーブルの上に戻した。僕は後ろにいる紬にこっそりと声をかける。
「名字、白部で書いたの?」
紬の姓はもう白部ではないのに、名簿に[白部紬]と書かれていたことにとても驚いたのだ。
「え、これダメだっけ? 犯罪? 逮捕?」
「違うけどさ……」
それで本当にいいのかよ。
その言葉が声になることはなく、早瀬の後ろについていく紬の後ろ姿を眺めながら彼女を遠く感じた。
◇◆◇
[オカルトな話、売ってます]
これまた変わったテロップだなと思う。
やたら恐怖心を煽るフォントでそう書かれたGIFを映し出すビッグパッド。
これから授業でビックパットを見るたびに思い出しそうだ。
「この教室は主に俺たちが調べたオカルトな話をパネルにしてるんだけど。この時間の担当俺しかいないんだ、ごめんね?」
「部員は?」
「七人。人員がほとんど体験コーナーで使われてて、俺は一年だからっことでプレゼン担当に。ま、こっちはあまりお客さん来ないから楽なんだけどな」
紬は目を輝かせて教室の四方八方にあるストーリーパネルを読んでいる。
「あれ、説明しなくていいの?」
「大体のことは書いてあるから。俺の仕事を最大限に減らしてくれるパネルちゃんなんでね。今日までの俺の努力と準備の
ただ仕事したくないだけじゃないか。
しかし、噂では聞いていたがあの早瀬がオカ研部に所属していて、まともに仕事をしているところを見ると、やはりあの噂は少々語弊があったのかもしれないと考え直す。
早瀬は紬の様子を伺いながらあんなにワクワクしてる人は素質あるなぁとこぼす。
「早瀬さん!」
紬がひと通りストーリーパネルを読み終えて、興奮気味に戻ってきた。
「お、どうだった? 白部妹」
「もう最高に震えが止まりません!」
「いや止まってるでしょ」
そうツッコんだ僕は紬に軽く睨まれた。
「あの、最近入手した、まだ誰にも言っていないオカルトありますかっ? あ、お金なら! 払うんで!」
「白部妹グイグイくるね! 実は、一個だけ、まだ詳しくは調べられてないけど、今週入荷したオカルトあるよ」
「聞きたいです!」
「そう来なくちゃ!」
入荷とかお金とか、オカルトを売るとか、なんでそんな商売っぽいんだ……?
僕たち三人は受付まで戻ってくると、机が四つひとまとめになったスペースに座るよう促されて、早瀬は黒板側に、僕と紬は彼の正面になるように座った。
彼は身を乗り出して、自身の左手を僕らに見せた。
手相占い?
「左手がね、怪物になるオカルトさ」
「か、怪物ッ?! 」
「あー僕そういうの聞きたくないからちょっと出てる」
僕は自分がどれくらいの恐怖を知るとトイレに行けなくなるかを知っているから席を立って教室を後にする。
呆れる紬の声が背中に刺さったが、すぐに周りの雑音に掻き消された。
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