第1話 おばあちゃんVS蚊

 何から語ればいいのだろう。


 ...そうだな。うちのおばあちゃんは、普通だった。幼い頃にはおんぶやお手玉をして見せてくれたし、コンコン、と狐の真似をしながらかくれんぼの鬼をやってくれた。


 そんなある日のことだ。僕が小学生高学年になる頃、おばあちゃんの家に泥棒が入った。以来ショックでおばあちゃんは認知症を発症してしまった。


 それがトリガーになったのかは分からない。直近の記憶を、さっき食べたご飯を忘れる代わりに、おばあちゃんは最強になった。

 そんな僕のおばあちゃん最強伝説を、ここに残していこうと思う。


 最初に異変に気がついたのは、僕の部屋で蚊が出てからだ。というのも、おばあちゃんは認知症になってしまったため、僕の家で介護をすることになっていた。


 ぷーん、とあの不快な音が左右に、自然が捻り出す立体音響を感じさせてくる。僕はそれを頼りに拍手、違うな。殺しに行った。


 それでもあいつは寸分の差で避けると、ナメた様子で顔の周りを徘徊するのだ。

 うるさくてたまらないし、刺されたら痒いし。だから思わず叫んでやった。

「この際刺すのはいいけど!痒くするのはいい加減やめませんかねぇ!?」


 その声を聞いたのか、

「あぁ?なんだぁあ?」

 どうやら自分の悪口を言われていると勘違いしたらしい。


「ばあちゃん、蚊だよ、刺されるよ」

 そう忠告すると、おばあちゃんは唸り始めるのだ。まるでレース開始前のスーパーカーみたいに。

「ううーんンンンンー....」

 それに引き寄せられたのか、おばあちゃんの周りに黒いゴマ粒が飛んでいくのが見えた。


 おばあちゃんはそれを捉えていたのか分からない。さっきと同じ忠告を繰り返すと、

「おらぁ、バガでねえどおお!?ふぉ」


 おばあちゃんはやはりバカにされていると勘違いしていたらしく、いや、そんなことはどうでもいい。そう怒ったおばあちゃんの口から光にも達するスピードで、歯を模したミサイルが飛ばされた。それは見事にゴマを捉え捕食。


 着弾した先は僕の枕。それもど真ん中に、ゴマのついた入れ歯。


 その時のことは、その時のことだけは、今でも鮮明に覚えている。


 明日、枕買いに行こう...。

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