第4話 一番くじ
週末、木波裕人はそわそわしていた。
今日は裕人が待ちに待った日なのだ。
裕人の好きなゲームの一番くじの発売日なのだ。
その一番くじはそのゲームの中でも人気のキャラクター達がメインの商品で、裕人一押しのキャラクターも上位賞の一つに入っているのだ。
だが、そのくじは1日で売り切れてしまうこともザラにあるせいで、お目当てのものがなくなってしまうのではないかと気が気ではなかった。
本来であれば休みをとってすぐにでも引に行きたかったのだが、先週のお見合いで休みをとってしまったせいで、その日まで休むとは言い難く、休みが取れなかったのだ。
だから定時で仕事を切り上げ、早々に近くのコンビニに行ってくじを引きたかった。
「木波さん、どうしたんですか?なんかそわそわして」
落ち着きのない裕人を見て、御堂未来が不思議そうな表情で声をかけてきた。
「あぁ……、ちょっとな」
裕人は自分の趣味を御堂に打ち明けていない。
だから曖昧な答えでお茶を濁す。
そんな態度に御堂は、「変なの……」といい、言葉を続ける。
「なんか今日は木波さんもですけど、藤間さんもそわそわしてるような気がします」
「えっ?」
藤間ミカンの名前が放たれた途端に、木波は身体を硬直させる。
月曜日に気持ちを切り替えたはずなのに、藤間さんの名前を聞くと、反応してしまうのだ。
そんな裕人を尻目に、彼女は自分のことなんて空気かの如く気にしていない。
普通なら相手の顔色を伺ったり、気まずそうな表情を浮かべるなど少しはお見合い相手だった人間を意識するようにはなるだろう。
それが藤間ミカンには一切ない。
同じ職場にいるのに、お見合い前と同じように会話をする事はなく、たまに挨拶を交わす機会があったとしても、視線すら交わることもない。
まさに"眼中にない"という言葉が当てはまる。
そんなことを考えながら、ふと藤間ミカンのデスクに視線を移す。
彼女はすでに退社していて、姿は見えない。
会社では優秀すぎて人間味を感じられない。
お見合いの時のあの姿は幻だったように思えて仕方がないのだ。
「どうしたんですか、木波さん?」
ぼーっと藤間さんのデスクを見るを裕人に御堂が再度尋ねる。
「いや、なんでもない」
「そんなことないですよ!!最近の木波さんはおかしいです」
そう言いながら、御堂は裕人の近づいてくる。
「そんな事はないぞ?」と言っては見るも、彼女は「いいえ!!」と納得せず、裕人の目をまじまじと見る。
……そんなに見つめられても、ろくな答えは返ってきませんぜ?
裕人は苦笑いを浮かべながら、彼女から視線を逸らす。
御堂との会話で忘れていたが、本来なら一足も早く最寄りのコンビニに走りたいのだ。
デスクの上の物をそそくさと片付ける。
そんな様子を見た御堂は裕人に聞こえないくらいの声で、「ココロここにあらず……ですよ」と呟き、ため息を付く。
そんな様子も一瞬だった。
さっきまで不貞腐れた様子を見せていた御堂がとある提案をしてきたのだ。
「そういえば、木波さん!!週末ですよ?ご飯でも食べに行きません?」
「無理!!」
切り替えの早い御堂の提案を裕人は一蹴する。
「えー、なんでですかぁー!!」
無理と即答された御堂が絶望に満ちた声で裕人に詰め寄ってくる。
「今日はちょっと用事があるんだ……、すまん」
「えーっ!!可愛い後輩とその用事、どっちが大事なんですか?」
「用事!!」
仕事人間の夫に詰め寄る妻のようなセリフを並べる御堂に裕人は再度、答えを即答する。
それを聞いた御堂は涙目になりながら、「少しは長考してくださいよぅー」とその端正な容姿と不釣り合いな声を発する。
裕人としては別に御堂と飯を食いに行きたくない訳じゃない。可愛い後輩なのだ、たまには付き合うこともできるだろう。
だが御堂と自分の用事どちらを優先させるかと言うと、間違いなく用事だ。とはいえ、涙目の女性を無碍にできない裕人は、一応のフォローは入れる。
「‥‥悪りぃな、また今度どっか連れてってやるから、今日は勘弁な?な?」
「ほ、ほんとですか?」
裕人の言葉を聞いた御堂は目を輝かせなが顔を上げる。
潤んだ瞳が上目遣いにこちらを見てくる。
大学でも1、2を争うほどの美貌の持ち主だった彼女の視線に居た堪れなくなった裕人は、「あぁ……」と、視線を逸らす。
……こんなオタクと連んでなにがいいのやら。
表には出していないだけで、根っからのオタク気質な裕人。親にお見合い相手を斡旋されるほど、自他共に結婚できないと思われている裕人。
そんな人間に対し、御堂がここまで絡んでくるのかが、正直分からなかった。
「じゃあ、来週にはどこか連れてってくださいよ!!」
「……わかった」
感情が乱高下する御堂の言葉に押されて、裕人はついうなづいてしまう。
「じゃあ、今日はお先に失礼します!!」
そう言って、御堂は荷物を抱えて颯爽と帰っていった。
その変わり身の速さについていけず、裕人は呆然と彼女の後ろ姿を追う。
「なんだったんだ……?」
ここ最近の御堂の態度の意味が分からない裕人は首を捻る。だが、考えたところで訳がわからないのは明白だ。
「まぁ、いいか……」
そう言って、裕人はデスクから鞄を取り立ち上がる。
その刹那……部署内から異様な殺気を感じる。
殺意を感じ取った裕人はその根源の方向を探す。
だが、その殺気は一つや二つではない……。
部屋中に充満している事に、裕人は今更ながらに気づいた。
部署内の男性陣からの憎しみにも似た視線があちらこちらから一身に突き刺さるのだ。
その視線の中には血涙まで流す者もいる。
「きーなーみー!!」
部署内の男性社員の怒号が響き、その現場はまさにカオスだった……。
※
「なんだったんだ……、全く」
ただ後輩と話をしていただけなのに、男性社員に捕まりそうになった裕人は、命からがら部署から逃げ出す。
彼らの行動の理由の意味がわかっていなかった裕人はどうしてこうなったのかを自問する……が、結局は答えは出なかった。
そうこうしているうちに、最寄りのコンビニの看板が目に入る。それを見た裕人の足取りが早くなる。
この時点で、彼の頭の中ではくじを引く事にのみ思考がいき、さっきまでの出来事は忘却の彼方だ。
意気揚々とコンビニに入った裕人は一番くじの置いてある棚へと向かう。とりあえず、現状確認だ。
一番くじの置いている棚には、大々的にそのゲームのキャラクターが載っていて、A〜G賞までの商品が書いてある。
通常、他の客が引き当ててしまい、無くなった商品には終了と書かれてしまうのだが、今回に関してはその文言はない。
それどころか、お目当ての物もまだ2つも残っていた。
「まだ残ってる」
それを見た裕人は安堵し、くじの引換券を手に取ると、スキップをする勢いでレジへと向かう。
だがそのレジの前には女が立っていた。
手には財布とエコバッグを持っていて、何がぶつぶつ言っている。
そんな怪しげな女をよそに、裕人はレジへと歩みを進め、店員に一番くじの引き換え券を差し出す。
「一番くじですね?何回しますか?」
店員が一番くじの挑戦回数を尋ねてくる。
「うーん、とりあえず5回で!!」
「えっ!?」
裕人がくじを引く回数を告げた瞬間、レジの前に立っていた女性が声を発する。
その声に裕人は驚き、「えっ?」と言いながらその声の主を見る。
そこには悲しげな顔をする藤間ミカンの姿があった……。
「「えっ!?」」
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