第5話 遭遇
「はい、こちらA賞、B賞、C賞二つ、あとD賞になります!!」
裕人の引き当てだ商品が、レジの前に差し出される。
裕人一押しのキャラクターのぬいぐるみが1つ、もう一つのあたりのキャラのぬいぐるみが一つ、ブランケットが二つとマグカップ……。満遍なく当たった商品達を裕人はルンルン気分で自前のエコバッグ……、もちろん好きなゲームの絵柄のついた物に詰め込んでいく。
裕人自身、ここまで当たりがいいのは生まれて初めてだ。だが、今回はそれだけではない。
「あと、こちらがラストワン賞になります」
店員が1番最後に差し出してきた物……一番くじの1番最後に必ず得られるという、伝説のラストワン賞を裕人は初めて得たのだ。
大抵は残りが10個以上あったり、最初の方に買ってしまう。くじなんて全部買ってしまうと莫大な金額になるし、ワクワク感がない。
だからキリのいい所で引き上げてしまうせいでラストワン賞を得るなんて夢のまた夢だった。
だが、今回は運が良かった。
仕事の後だったにも関わらず、くじは引け、上位賞を当て、尚且つラストワン賞までゲットしたのだ。
裕人はその幸運に叫び出したくなるのを堪えつつ、商品の入った袋を店員から受け取る。
……今日は運がいい。今なら宝くじすら当選するのではないか?
そう思うほどの引きの良さに裕人の気分は最高潮だ。
だが人間、運の良い人がいる一方で運の悪い人もいる……。ほくほく顔の裕人の隣で口を鯉のようにぱくぱくさせた藤間ミカンの事だった。
その表情はくじを引いた裕人を侮蔑するような表情ではない。せっかく見つけた餌を目の前で掻っ攫われた猫のような悲しげな表情をしているのだ。
その証拠に、目の前にいるコンビニの店員も何処か痛ましげな表情を浮かべている。
まさか藤間さんが一番くじを引きにくるなんて思ってもいない裕人はその態度に戸惑いを覚える。
だが裕人の予想とは裏腹に、藤間さんは肩を落としながらコンビニを後にする。
「……藤間さん!!」
そんな悲しげな背中を見た裕人は、藤間ミカンの後を追いかけて声をかける。
裕人に呼び止められた藤間さんはピタッと足を止めて、気落ちした表情のままこちらを振り向く。
「……何?」
「いやぁ……、さっきの一番くじ引いてたのかなって思って」
「……だったら何?」
気落ちした声といつもの塩対応が余計に不機嫌そうな様子を見せる藤間ミカンに圧倒され、裕人は苦笑を浮かべる。
仕事では何事にも同時ない彼女の今の姿に何故か人間味を味わってしまったのだ。
「いや、何が当たったのかが気になって……」
裕人がそう言うと、藤間さんは不機嫌そうな表情を崩さず、持っていたエコバッグを徐に差し出してくる。
「失礼して……」
差し出されたエコバッグの中身を裕人は興味津々で覗き込む。
中身は薄い箱やペラペラな布製品がいくつも入っていた。それを見た裕人は、「うわぁ……」と呟く。
どう見ても下位賞ばかりなのだ。
その声を聞いた藤間さんはキッと裕人を睨む。
「わ、悪かったわね!!下位賞ばかりで!!」
今にも泣きそうな表情で八つ当たりのような言葉をぶつけてくる藤間さんが、独り言のように言葉を続ける。
「……今回は気合を入れて引いてみたけど、下位賞ばっか。そりゃまぁ、上位賞が当たらないことも理解はしてるけど、それでもこれは酷すぎよ!!」
……彼女の言うことも理解できる。
くじで100%当たりを引く事はできないことは仕方のない事だ。
だが、10回以上やって下位賞ばかりだったら凹むなと言う方が酷である。
「……予算を決めてたから、引くか引かないか悩んでいたらあなたがきちゃったから引くに引けなかったのよ!!」
まるで裕人のせいと言わんばかりの言いように、「知らんがな!!」と言いたくなるのを必死に抑える。
それでなくてもお見合いの件で気まずいのに、これ以上泣きっ面の彼女の心象を悪くしたくない。
「ちなみに何回引いたんですか?」
「……20回」
「うわぁ……」
裕人の想定以上に引いていた彼女に同情禁じ得ない。
1回700円……それでなくても安くない金額なのだ。彼女が行くべきを悩む気持ちもわかる。
「……あの、交換します?」
「えっ?」
可哀想な彼女の様子についつい口を滑らせた裕人の顔を藤間さんは驚きの表情でみる。
せっかくお気に入りのキャラクターのぬいぐるみを得ることができたのだ、惜しくない訳ではない。
だが、ラストワン賞なんて推しのキャラのメスバージョン……尻尾の形が少し違うだけなのだ。
それに、彼女がここまで引かなければラストワン賞どころか裕人自身が藤間ミカンの二の前になっていた事だろう……。
「でも……、いいの……?」
裕人の言葉に藤間さんは物欲と理性の入り混じった表情で裕人を見る。
彼女が例え年上とは言え、その上目遣いたるや、先程の涙目も相立ってメガネ越しでも可愛く映る。
今までにみた事のない、藤間ミカンのその表情に裕人はドキッとする。
久々に味わったこの感覚に、彼は戸惑ったのか、「……い、いいですよ」と口走る。
「ほんとに?」
やった、やった!!と今にも飛び跳ねてしまいそうなくらいに喜びの声を上げる藤間さんに悪気はしない。
「ただし!!」
喜んでいる彼女の腰を折るように、裕人は声を出す。一つ聞いておきたいことがあったのだ。
「……藤間さんはこのゲームは好きですか?」
「えっ?」
裕人の質問に、藤間さんは訝しむ。
裕人にしてみれば、特に労せず得た物だ……このゲームが好きな人に譲るくらい訳ないのだ。
だが、昨今の転売ヤーと呼ばれる存在も気になるだ。彼女がそれでないとは言い切れない。
まぁ……エコバッグを見る限り、その懸念は杞憂に終わるのだが、一応聞いておく。
「…………」
裕人の質問に、しばしの沈黙が流れる。
しかし次の瞬間、彼女は顔を赤らめながら一言呟く。
「好き……だけど」
その一言に、裕人は嬉しくなる。
世界的に人気のゲームとは言え、裕人の周りにそう言う知り合いはいない。いや、見つけてこなかった。だから、身近に同じゲームが好きな人がいて嬉しかったのだ。
「……じゃあ、交換しましょうか?」
裕人がラストワン賞じゃない方…‥オスの熊のキャラクターをエコバッグから取り出すと、藤間さんにそれを差し出す。
「やったー、やったやった!!」
彼女はそれを受け取ると、子供のようにはしゃぐ。
「うーっ、やったぁー。嬉しいよぅ〜」
と言って熊のキャラクターを見ながらうっとりする。
「可愛いよぅ〜。今日から君はクマちゃんだぁー」
藤間さんの口から安直な名前が熊のキャラクターにつけられる。そのクマにもキチンとした名前があるにも関わらず、安直すぎる名前を裕人は聞き逃していた。いや、むしろ別のことを考えていた。
裕人は再びエコバッグに手を伸ばす。
「……これも2つあるんで、良かったらどうぞ」
エコバッグから取り出したのは2つ当たっていたブランケットだった。
「えっ?悪いよー。この子だけでも申し訳ないのに、ブランケットまで……」
「いや、いいんですよ。どうせ一つは使わないですから、喜んで使ってくれるひとに渡した方がいいですし。その代わり、G賞を2つもらってもいいですか?」
「……えっ、そんなのでいいの」
「はい」
と言って、裕人は彼女の持っているエコバッグからおもむろに2つ、キーホルダーの入った箱に手を伸ばす。
せっかく何が入っているのかわからないのだ、くじ引きの感覚で箱をもらうと、自分の持っている袋へと入れる。
推しのキーホルダーが当たるといいな……。
そう思いながら、裕人は藤間ミカンと別れだのだった。
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