第3話 御堂未来
「はぁ……」
ハプニングだらけの週末が終わり、週明けの月曜日……木波裕人は深くため息をついていた。
日常が戻ってきた……、そう言う事ならこんなに深くため息をつく事はない。
だが、今日は違った。いや、当面の間気まずい空気が職場に流れる事になるのだ。
お見合い相手が同じ会社の先輩……、その曲げようのない事実に会社への足取が重くなる。
『どうせ、このお見合いは断るつもりだったんでしょう?』
藤間みかんの言葉が脳裏によぎる。
そう……当初の予定通り、裕人はこの縁談を白紙にする事が出来た。それも、相手を傷つける事なく……だ。
それは相手にとっても同様だったようで、すんなりと破談が決まったのだ。
だが、その代償に気まずい日常がこれから訪れるのだ。
「はぁ……」
裕人は再度深くため息をつく。
「木波さん、どうしたんですかぁ?」
「うわぁ!!」
突然、裕人の背後から女性の声がする。その声に裕人は小さく飛び上がる。驚かされることに耐性のない裕人は今にも飛び出してきそうな心臓を落ち着けながら、その声の方向に視線を向ける。
そこには170センチはあろうスタイルの良い女性が悪戯っぽい笑みを浮かべて立っていた。
「うわぁ!!だって!!面白ーい!!」
「御堂、お前なぁ……」
急に声をかけてきた女性、御堂未来に裕人は恨めし気な視線を送る。
彼女は裕人の大学の後輩にあたる女性で、その抜群のプロポーションと、誰とでも親し気に話せると言ったパーフェクトコミュニケーションの持ち主の女だった。
とある事がキッカケで御堂と知り合ったのだが、本来なら大学でも高嶺の花である彼女に対し、裕人は苦手意識をもっていた。
だが、なんの偶然か、彼女は俺の会社に入ってきて、そのまま同じ部署で働く事になった。
まぁ、苦手とはいえ旧知の中である彼女を裕人が無碍にできるはずもなく、職場でもよく会話をしているのだ。
「おはようございます、木波さん!!」
「あぁ、おはようさん」
「どうしたんですか?朝っぱらから大きなため息をついて……」
御堂は全てを知っているかのような笑みを浮かべながらため息の理由を聞いてくる。
「あぁ……ちょっとな」
「さては、昨日のお見合いがうまくいかなかったんですね?わかります!!」
「お前……知ってていってるよな?あっ?」
そう自信ありげに一人納得する彼女のほっぺたを裕人は軽くつねる。
「いたい、いたいですよ!!先輩!!セクハラ、パワハラ、DV男!!」
痛いと宣いながらも何故か楽しそうに裕人を罵倒する彼女に呆れ、裕人はゆっくりと手を離す。
「はぁ……。うまく行かなかったというか、うまく行ったというか……はぁ。わからん」
「どうせ先輩が振られたんでしょ?わかりますって!!」
俺が落ち込んでいるにも関わらず、相変わらず笑顔で心無い言葉を浴びせてくる彼女に俺は軽く殺意を覚える。
だが、もう社会人なのだ。側から見たら先輩、後輩の仲睦まじいやりとりも、社会では先程御堂が並べた言葉で断罪される時代なのだ。
嗚呼、大人になるとはなんて悲しい事なのだろう。
心の中で裕人が悲しんでいると、御堂は嬉しそうな声で言葉を続ける。
「けど、先輩にとってはそれで良かったんじゃないですか?元々は断る予定だって言ってたじゃないですか?」
「……ん。あぁ、その通りだ」
「なら、気にしなくていいじゃないですか?もう会うわけでもないんでしょ?」
何も事情を知らない御堂がにこやかな表情を浮かべている。
彼女の言うように、今後会うことがなければなんの問題もないのだが、常日頃から会わなければならないと言う事実に気が重くなっているのだ。
「とーこーろでぇ、お相手の方はどんな方だったんですか?」
……ギクリ。
御堂の口から今一番聞かれたくない言葉が放たれる。
「どんな相手って?」
「ほーらぁ〜。先輩がここまで引きずる人って珍しくて」
流石は学生時代から付き合いのある奴である。
裕人が女性関係で尾を引く事などないと言う事をよく知っているのだ。
「……お前がそんなことを知ってどうする?」
「だって〜」と言いかけて、彼女は口籠る。
何かボソボソといっているようだが、よく聞こえない。
並んで歩きながら、彼女の様子に俺は首を捻る。
「どんな人だったか、ただ気になっただけです!!どんな人だったんですか?」
「おっ、おう……。けど、どんな人って言われても……」
何故かムキになって声を荒げる御堂の言葉に俺は気圧されながら、藤間ミカンの言葉を思い出してしまう。
『……今日のことは他言無用で』
帰り際に藤間さんが念を押してきた言葉だ。
同じ会社という事で、変に噂になりたくはないのだろう。裕人自身も言うつもりはない。
だが、昨日のことを誰か愚痴りたい……そんな相対する気持ちが入り混じっているのだ。
「……まぁ、いい人だったんじゃないか?それ以上はよく分からん」
「そうですか……」
いい人……、どんな人かを言えない以上それ以外に答えを持ち合わせていない裕人は曖昧に答えを濁すしかできなかった。
だが、その答えを聞いた御堂は複雑そうな表情を浮かべ、一言付け加える。
「その人は‥‥可愛かったですか?」
その一言は今まで藤間ミカンという人間を意識していなかった裕人に一つの意識を植え付ける。
職場では地味な格好に地味な眼鏡、無口で無愛想と言ったイメージだった。
だが昨日の彼女にそう言ったイメージはない。
親や知り合いの前では意外と感情を見せ、眼鏡を外しただけとはいえ、薄化粧なのに可愛らしいと感じさせる顔立ち。
そして、いつも職場で見せる地味な服装とは違ったノースリーブのワンピースが普段とのギャップを浮き彫りにする。
……意外と感情を見せる人だったんだ。
仕事モード以外の彼女の内面に多少の興味が沸いたのは事実だった。だが、裕人は頭を振る。
そんな意識を持った所で、あの人は藤間ミカンであり、裕人は裕人なのだ。
「まぁ、関わることはないか……」
ふと、独り言のように裕人は呟く。
交わる点もなければ、線で繋がることはない。
同じ職場とはいえ、彼女があんな性格な以上、俺から関わらなければ日々はそう変わらない。
そう考えたら少し気が楽になってきた。
裕人は軽く伸びをして、さっきまでの重い空気を一蹴する。
そして、付き物が落ちたかのような表情で御堂の顔を見る。すると、急に振り向かれた御堂は焦った表情を浮かべながら、「どうしたんですか?急に……」と、尋ねてくる。
「いや?御堂のおかげで気分が晴れたよ。サンキュな!!」
満面の笑みで裕人はお礼をいうと、御堂は「へっ?」と戸惑いの表情を浮かべ、「……訳わかんない」と呟き、裕人から顔を背けてしまう。
そんな御堂の不可解な言動を裕人は気付くことなく顔を上げた。
……そうだ。別に相手が誰であろうと気にする必要はないのだ。交わらなければいつも通りに過ごせるのだ。切り替えが大事!!
そう思いつつ、ふと視線の先にコンビニがある事に気付く。会社から程近いそのコンビニの入り口にはとあるポスターが貼ってあった。
そのポスターは俺の好きなゲームの一番くじのポスターだった。
まさかそのくじが裕人と藤間ミカンを結ぶものになろうとは、この時の裕人は思いもしなかったのだ。
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