第2話 藤間ミカン
「木波裕人です……」
「藤間みかんです……」
「…………」
「…………」
二人の間に気まずい空気が流れる。
それもそのはず、同じ会社の先輩、後輩がお見合いの相手として相対しているのだ。
しかも、裕人にとって親しい間柄でなければ、仕事以外での会話をしたかどうかすら怪しいくらいの関係だ。
そんな間柄の相手と会話が長続きするはずもなく、二人の間には長い沈黙が訪れていた。
そんな間を取り持つはずの母親二人はすでにこの場から離れている。裕人達が知り合いだと言うことを知った途端、「まぁまぁ、二人は知り合いだったの?」
「これは運命なのかしらね」
「私たちの子供だもの、当然よ」
「「ねー」」
と、5、60のおばさん二人が声をそろえて子供の様な事を言い放つ姿に裕人はげんなりする。
もうひとりの当事者も裕人と同じような感覚に陥っているのか、何処か罰の悪そうに二人を見ていた。
「二人が知り合いなら話は早いわ、あとはお若い二人で……」
「「ごゆっくり〜」」
と言って、俺たちのいる部屋から早々に飛び出していった。
「ちょ、ちょっと、お母さん!?」
裕人は去りゆく二人のおばさんの背中をただ眺めていると、藤間みかんはその二人を慌てて呼び止める……が、マザーズはもはや見る影もなく、視界から消えていた。
その速さに藤間さんは呆気に取られしばらく裕人と同じように呆然とする。
しばしの沈黙が室内に訪れる……。
「……とりあえず、座りましょうか?」
いつまでも呆然としているわけにもいかないので、裕人は藤間さんを席に着くように促す。
このままボーっとしていても何も始まらないのだ。
「……何か飲みます?」
それぞれ主人をなくした空の席に着くと、裕人は飲み物を尋ねると、「…………アイスコーヒー」と短く返事をする。
「じゃあ、俺も同じもので……」
「…………」
マザーズが視界から消えた藤間みかんは極端に口数が減り、先ほどまで母に見せていた表情とは違う表情を浮かべている。
まさに無口で無表情……、職場でのそれだった。
俺がコーヒーを頼んでいる間も、注文が終わりコーヒーが届くまでの間も二人に会話らしい会話は起こらなかった。
「失礼します、アイスコーヒー2つお持ちしました」
店員がアイスコーヒーを席まで運んでくる。
二人の間にアイスコーヒーが置かれ、店員が裕人達のいる部屋から出て行く。
……気まずい。
二人の間に一切会話がない事に店員も不思議に思っていたのではないか?
裕人はこの状況を打破するべく、藤間みかんに会話をすることを決意する。
断るとは言え、時間いっぱい無言で突き通すわけにもいかない。やはり男たるもの会話をリードしてなんぼのものだ!!などと、今の時代にふさわしくないであろうと決意を固める。
「藤間さん……、とりあえず自己紹介でもしませんか?」
「……そうね」
「じゃあ僕から……。木波裕人です」
「藤間みかんです」
「…………」
「…………」
……続かねー!!話が続かねぇ!!同じ職場の先輩だけに下手なことなんて言えねぇし、そもそもお見合いなんて時代錯誤なことをさせてんじゃねぇぞ、あのババア!!
話が続かない事を他人と時代のせいにしかできない裕人が心の中で叫ぶ。
しかし、初対面ならいざ知らずなまじ面識がある事で互いに会話に踏み出せない事もあり、裕人はひたすらに頭を回転させて質問を捻り出す。
「藤間さん、血液型は?俺はB型」
「A……」
「仕事は?」
「……あなたと同じ」
「歳は?俺は25!!」
「……27」
……年上!?まぁ、俺より2年先に入社してるんだから当然か。などと、頑張りが空回りするくらいに失礼な質問を並べてみるが、藤間さんは淡々とその質問に答える。
「じゃあ……趣味は?」
「…………」
……無言。
今までだったらすぐに返事が返ってきていたのだが、一瞬の静寂が訪れる。仕事ですら迷いなく返事を返してくるほど淡々としている彼女からこんなに簡単な質問の返答がない事に違和感を持った裕人は「……藤間さん?」、と声をかけて見る。
「…………特にないわ」
しばしとは言え、少し考えた後に出たこの答え、やはりどこか違和感を持つ。前もって答えを準備してくる彼女らしくなかった。
「……じゃあ、あなたは?」
不意に藤間みかんから質問が返ってくる。その言葉に俺はビクッと肩を揺らす。
突然、質問が返ってきた事に驚いたのか?それもあるだろう……。だが、それ以上に俺はこの質問が苦手だった。
『……ダッサ。ゲームなんて子供のすることじゃん』
不意に脳裏に嫌な記憶が蘇る。苦い記憶だった。
「…………」
「……木波くん?」
藤間さんの質問に俺は息を呑む。先程の藤間さんと同じように答えに詰まる。
それを感じ取ったのか、藤間さんは俺の名前を口にする。
その言葉に裕人はハッと我に帰り苦笑いを浮かべる。
「……ないですね。強いて言えば仕事が趣味みたいなものです」
なんて思ってもないことを口にする。
「……嘘ね」
唐突に藤間さんから確信をついた一言が飛び出してくる。その言葉に再度裕人は肩を震わせる。
裕人は自分の言葉を嘘だと言い放った藤間みかんの顔を見る。いつものように無表情で、口数の少ない彼女の視線が裕人に突き刺さる。
何か見透かされている……。そう思わざるを得ない。そんな視線だった。
趣味がないなんて嘘。仕事が趣味なんて嘘。
本当は自分の好きなことを人に伝えられない。趣味を知られて人に嫌われるのが怖い……そんな弱い自分の事を裕人は苦々しく思っていた。
もし、否定をされたら……、もし仮に彼女とそれを隠して結婚したら……。なんて事を考えると一歩前に踏み出すのが怖くなる。
彼女はそれをみすかしているのではないか?そう思わざるを得なかった。
「なんで……嘘だと思うんですか?」
裕人は嘘だと言い切った藤間さんにその真意を問う。
「だって仕事が趣味なら、もっと私の仕事が楽になるはずだもの……」
その答えに、俺は身体の力が抜ける。
そこまで相手のことを読める人なんてこの世にはいない。この年になってもまだ、世間が俺を見ている……なんて被害妄想にも似た感情を持つなんてどうにかしているのだ?
「藤間さん……失礼ながら、仕事はちゃんとやってますよ!!」
「どうかしら?後輩の女の子に言い寄られて鼻の下を伸ばしながら話をしているようならまだまだよ」
「えっ?」
「仕事は誰か一人でもサボったらその皺寄せが巡り巡って他の人に行くの……それだけは覚えといてね」
「……はい」
初めてのお見合いの現場でその相手から仕事の説教を受けるなんて思わなかった木波裕人、25歳の出来事だった。
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