ハルの日常
@pianono
第1話
<陽(はる)side>
「陽ちゃん。」
突如、声をかけられた。空には、見事なまでに、青、ピンク、黄色と美しいグラデーションが広がっている。桜の木々は、とうに優し気な薄桃色から青々とした新緑へと衣替えをしている、そんな時期。
「私と、友達になってもらえませんか!」
「友達」なんて、どうにも胡散臭いと思う。
でも、小説やドラマなんかで「ずっと親友だよ」とか何とかいう、あれ。あれは別に許せる。許容範囲。そういう物語は好きだし。ただ現実となると話は別。途端に薄っぺらく感じる。
かといって、別にボッチがいいとは思っていない。むしろボッチにはなりたくない。ただ、親しい「友達」はいらないというだけで。
深入りせず、かといって他人行儀にもならない、そんな関係。私はそれを望んでいる。自分の情報を公開するのは必要最低限とし、休み時間の会話程度であれば軽く混ざって談笑する。でも放課後になれば一緒に帰るとか、部活に行くとか、そういうことはしない。
そんな関係を望んでいたのに。
なんだ、この子。
「えっと、その、なんで私?」
教室には私たち以外いない。ていうか、放課後に残っている生徒の方が珍しい。ふつうは、部活動に行ったり、さっさと帰ってしまったりするのに。私も、大した忘れ物でもないのだから、さっさと帰ればよかったんだ。後悔がじわじわと胸の中で広がっていく。
「ん、と、名前が同じで親近感がわいたから……?」
なんで疑問形。こっちが聞いているのに。そう思ってからふと、彼女の言った言葉を頭の中で復唱してみる。
『同じ名前で親近感がわいたから……?』
同じって、この子の名前は確か。
「あ、覚えていないよね。初めまして、私、影野春です。よろしくお願いします、福寿(ふくじゅ)陽(はる)ちゃん。」陽(はる)ちゃん。」
入学式の翌日だっただろうか。新しいクラス、と言ったらまずは自己紹介というのが学校では当たり前。出席番号順に、名前、出身中学校、好きなことなんかを話していった。もちろん、私は必要最低限しか言うことはなかったが。
それとは対照的に、長々と話していた人間がいた。話にまとまりがないうえに、声が小さい。おまけに俯きがちで顔もはっきり見えない。ただ、最初の名前だけははっきり聞こえた。いや、十六年間聞いてきた、耳が慣れていた響きだったからかもしれない。
「名前が同じだってことはなんとなく覚えてたけど……」
その言葉を聞いた途端、彼女は、ぱあと顔を輝かせた。本当にそれだけだけど、と付け足しても、影野春は嬉しそうだった。
「なんでそんなに嬉しそうなの?」
「今までは名前すら覚えてもらえていないことが多かったので……。」
笑顔を絶やすことなく、かなりイタい話をする。本当に、この子の考えていることがよくわからない。
こういった話を自分から、ましてや笑顔ですることなんてありえない。たいていの人間は隠そうとするはず。特に初対面の人間には。
自然と湧き上がってくる苛立ちを、何とか押し込んで、私は再び口を開く。口元に笑みを作るのを忘れずに。
「でも、私と友達になっても楽しくないかもよ。ほら、名前が同じでも趣味とか好みが一緒とは限らないわけだし。」
少なくとも、私はあなたのこと、何も知らないよ?と言えば、彼女は「でも」と食い下がる。
「これから友達になって、お互いに知っていけばいいんじゃないですか?だって、出会う前から相手のことを知っているわけではないのだし。」
そういうことじゃない。私が言いたいのは。確かに、影野春が言っていることは正論で、私に反論の余地はない。でも、そうじゃない。
私はあんたを、拒絶してるんだよ。
「あのさ、影野さん。私が言いたいのはね、私たちは友達になれないんじゃないかなってことなの。」
ついに、言った。不思議と胸がドキドキしている。彼女の目をまっすぐに見られなかった。彼女から吐き出される息は震えている。泣くのを我慢しているのだろうか。少し、言い方がきつかったかもしれない。
「あ、えっと、ごめん、いいす——」
「大丈夫です!」
「えっ?」
私の謝罪の言葉をさえぎって、影野春は予想外の、しかも会話の流れ的におかしなセリフを吐く。
大丈夫、とは?
「友達になれるよう、私、努力します!」
驚いたというか、あきれたというか、なんというか。
とにかく私は何も言えず、ポカンと呆けていた。
友達になれるよう、努力?そんなの、聞いたことない。第一、友達になるのに努力もくそもあるか。そもそも、友達になるために、「友達になってください」なんて言う変わり者、見たことない。
「努力って何?」
「えっと、それはまだわかんないんだけど……」
そういってへにゃへにゃと笑う影野春。
考えなしの猪突猛進型。おまけに極度のコミュ障っぷり。
見ていて、腹が立つ。
———あのコミュ障のせいで、マジ萎えるわあ。
ふと、どこからか、嘲笑と軽蔑のこもった声がふわりと浮かぶ。
湧き上がる苛立ちは収まるところを知らず、一気に噴き出した。
「さっきから何なの!?わざと気づいてないふりしてんの!?私は友達になりたくないって言ってんの!これでわかった?わかったら金輪際話しかけないで!!」
半分ヒステリック気味に怒鳴りながら、ああ、やってしまったと後悔が私を襲う。誰もいない教室だからって、きっとこのフロアのどこかには同級生が残っているだろうし、誰もいなくたって、この子がすべてを話してしまえば明日には学年中に知れ渡ることはまず確実だ。(現実問題、この子がそれをできるかどうかは別だけれど。)
だが今更後悔したって、一度発した言葉は取り消すことはできない。
私は逃げるようにして教室から出て行った。
<春side>
昔から人と付き合うということが苦手だった。どうしても周囲の空気がうまく読めなくて、頑張れば頑張るほど、空回りを繰り返してきた。それは今日も。
「やっちゃったな……」
一人、残された教室でぽつりとつぶやく。
本当に、いつもこうだ。空気が読めない、というか、自分を押し通そうとする。
よろよろと自分の席に座って机に突っ伏した。
「あのー、起きてる?」
そんな時だった。遥か頭上から、声が降ってきたのは。
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