アイドルの星 (後編)

『おい!どう言うことだよ!見せろ!』


『ああ』

一つのネット記事が映し出された。


「アイドルグループ(ピンクダンス)のセンター、アラさんの熱愛報道!!相手は他事務所の男性アイドル?!我々を騙して2ヶ月間の交際!?」

なんとも下品な記事だった。


『くそ!なんでこんな時に!』


『すみません、さっきはちょっと取り乱して……』

落ち着いたのかシミさんがトイレから出てきた。


『あ!シミちゃん!?……今は!』

デカデカと映し出されている記事に気づかれないように記事を見つけたファンがその体で隠す。


『え?なんで?……あ、アラ……嘘……』

そう言うとシミさんは膝から崩れ落ちるように床に倒れた。

言葉すら出ないほどの衝撃なのか、呆然としている。


『あわあわわわ!……これは何かの間違いだよ。ね!』

ファンの一人がすぐに記事を消してそう、励ます。


『間違いじゃ、ない。いいえ。本当のことよ……みんな、今日は解散して店長さん今日はお休みもらいます』

その後はみんなシミさんが一人になりたいのを察したのかそそくさと店を出た。

僕が店を出ると

『今日は大変なもの見せちまったな。すまねえ』

店長さんがそう謝って店の扉を閉めて、臨時休業の札を扉にかけた。



『あら、敵前偵察を兼ねて店に来たのに着いた瞬間臨時休業とは、驚きだわ』

一人の黒い日傘を刺した少女がそこには居た。周りには屈強な男性を2人連れて。


『あら、坊や。お前さんはあのシミの珍しいファン?……あの子も大変よね律儀に亡くなったメンバーの意思を継いで、居心地の悪い2流アイドルに成り下がった挙句に、足まで引っ張られるなんて。哀れだわ。それに憎らしい子』


『あ!?』

思わず、あまりにもシミさんのことを悪く言っていたので。答えてしまった。


『あら、ごめんなさい。まあでもあなたみたいなファンを作れる。純粋な心を持つなんて才能ね。美しいわ』


『なんなんですか?』


『あら、いい顔。気に入ったわ。ロイエンタール、シェーンコップ。あの子が気に入りました。茶会に連れて行くわ』


『は!アリステラ様!』



『おきなさい』

『おきなさい』

『わ!』

気づいた時には何処かのレストランにいた。そして目の前にはさっきの少女がいた。日傘で隠れていた顔を見るに20歳ぐらいに見えるが。


『ああ。あのボディーガードはこの店の最低信用スコアの基準値以下だから入れないわ。だから、怯える必要はないわ。それにあの二人にはキツく言っといたから。客人には丁重にて』


『え』

全く状況が見えない。


『ねえ、坊や?あなたはシミの新しいファンなのよね』

彼女はジュースの入ったグラスを持ちながら聞いてきた。


『いいや、昨日初めて会っただけ』


『そう、やっぱりあの子は強いわね。だから残念なんだけど』


『あなたは何なんですか?!』

苛立ちで少し声を荒げてしまった。周囲の席からの冷たい視線が来たのを感じる。


『あら、ご存知ないのね。私はアリステラ、アイドルグループ「凪」のリーダーよ』


『「凪」……メンバーを殺した……』


『厳密には私は殺してない。ファンが事故を起こした。でも、私の責任ね、制御しきれなかった私の』


『しなかったの間違いでは?』


『いいえ、あの時の私達はまだ無名。あの外に居るようなボディーガードすら頼めないレベル。ファンの暴走をあの護衛に抑えるようにすることなんてできなかったわ。それにあの当時の「ピンクダンス」は凄く好きだった。輝いて見えたわ……ねえ、あなたは練習用の靴に画鋲が入ってるとか、演技中に足を踏まれる、化粧品の中身を洗剤に変えられる、そんな毎日知ってる?私は知ってるわ、そんな地獄。

でもね、彼女たちは違った。みんな選考で選ばれずに路上ライブからのし上がった。地獄に触れずに、純粋に。私にはできない。だから、私は彼女たちが好き。だから、あの時の事件は辛かった。だから今みたいな女王様気取りをとってファンを統率してもう起きないようにしてる……』


彼女はグラスのジュースを一気に飲んで。

『長話だったわね。こんなに話してあげるなんて光栄に思いなさい。まあ、でも明日で最後だし。このキャラも終わりだからな〜』


『そう言えば君は明日の投票誰にするの?』

目の前の彼女は僕に聞いてくる。


『わかりません』


『そう、「ピンクダンス」に入れなさい。今回は不祥事でダメでも次回は勝つはずよ。その時にシミさんが居ないと嫌だからね。今回の件でファンが離れたなんてあの子に見せないでね。今度こそ辞めちゃいそうだから……』



『先ほどはすみませんでした』

『すみませんでした』

店を出る時にさっきのボディーガードの二人に謝られた。


店を出た後はまた街をぶらぶら歩いた。


『何でだよ!!!〜〜嘘だったのかよ!!!』

『殺してやる!!』

『俺の努力は何なんだよ!!』

『「ピンクダンス」私嫌いなだったのよね。なんか男性に媚びてる感じで』

『あんなブス!推すんじゃなかった』

『好きだよ、て嘘なのかよ〜〜』

街の所々で「ピンクダンス」の話がちょこちょこ活気のある道の雑音みたいに聞こえる。


今日は空気感が一層苦しく感じたので、自分の宇宙船に戻った。



翌日、僕はネットにあった大規模ドームで行われるアイドル総選挙を観に行った。


『えーと、僕は信用スコアが4900万台だから、最前列か……』

たった2日で信用スコアが10ぐらい下がってしまったけど、最前列にこれた。

ドームの席はステージに近いほど信用スコアが高く、低いスコアほどステージから遠い席になっていた。


『お!新人!お前も!最前列か!』

シミさんと入った店にいた厄介オタクの人たちがいた。


『では!これより!第8953回アイドル総選挙!をはじめます!!』

ステージから司会らしき人が現れた。


『エントリーグループは8グループ!では!最初は!グループ「凪」!!ではどうぞ!!』


『皆様!ご機嫌よう!「凪」ですわ!今日も皆様の熱い応援お願いしますわ』

ステージから昨日会ったアリステラさん、その他のメンバーが出てきた。


(🎵〜🎵〜〜🎵🎵〜🎵🎵)

「凪」のライブが始まった。


(〜🎵🎵〜〜〜🎵🎵🎵🎵🎵)

近くで見ているからのか、ダンスも歌も凄くいい。シミさんのと比べても遜色無いというか、それより上手いと錯覚するぐらいにうまい。


『皆様!ありがとうございました。皆様の清き一票をよろしくお願いしますわ!』

あっという間に終わってしまった。


『はい!「凪」の皆さん、ありがとうございました!続いては「ピンクダンス」の皆様です!』

「凪」がステージを出て司会者が「ピンクダンス」という単語を言った瞬間ドーム全体が嫌な感じで静まった。


『み、みな、様。こんにちは、「ピンク、ダンス」でs、す』

ステージに「ピンクダンス」のメンバーが出てきた。

真ん中で不自然に周りに空間を作るアラさんがぎこちなく挨拶した。

挨拶に反応する者はいない。今だに地獄の無音が続いた。


『う、裏切り者!!!!』

どこかからそんな心の叫びが聞こえた。


『死ね!このブス!』

『阿婆擦れブス!』

『私の夢を返せ!』

『時間返せ!!』

『帰れ!このゴミグループ!!』


『アラめ!地獄に落ちろ!!!』

ダムが決壊したみたいに次々と罵声がステージに向かって飛んでいく。


『俺は恋人じゃねえのかよ!嘘つきじゃねえか!!!!』

ドームの2階席の方を見ると見覚えのあるお爺さんがいた。お爺さんも彼女達に罵声を浴びせている。


(〜〜あなたのことが好きなのに〜〜)

罵声のドーム中に2日前に聞いた「ピンクダンス」の曲が流れる。


『何が!好きだ!このゴミ!』

『帰れ!裏切り者!』

『死ね!』

曲が流れたせいで罵声は激しくなりドーム内は一層地獄でカオスな状態になった。


『ああ、お、わりだ……』

隣にいた厄介オタクの一人が絶望感を隠せない感じで呟いた。


『ああ、どうすんだよ……』

『お、終わりだ……』

『なんで、ここまで……』

他の仲間も顔を暗くした。それどころか泣いている。


ドーム内はまるで、地獄の悪魔の鍋のようになっていた。


『🎶〜🎶🎶〜🎶🎶🎶〜🎶』

一人の少女の歌声がドーム中のスピーカーから出てきた。


『シミさん』

ステージの真ん中。罵声を浴びて縮こまりステージで怯えているアラさんの前で一人シミさんが曲に合わせて踊り、歌っていた。


『🎶〜〜〜🎶🎶🎶〜🎶🎶🎶』

地獄の中で彼女は一人、夢に向かっていた。


『が、頑張れ……頑張れ!!、頑張れ!!シミ!!!』

無意識に彼女を応援してしまった。


『さきちゃん……が、頑張れ!!!』

『頑張れ!!!おい!お前達!新人に先越されてるぞ!先輩の威厳を見せろ!!!』

近くにいた厄介オタクのみんなが僕に続いてシミさんを応援しはじめた。


『何応援してんだ!このアホ!!』

後ろの方からそんな声がした。


『うっせえ!このゴミども!夢を邪魔してやんな!!!それでもファンか!?オタクか!?良いものは良いて認めろ!』

一人の厄介オタクが反論した。


(🎶〜🎶🎶〜〜🎶🎶)

『🎶〜🎶🎶〜〜🎶🎶』

『頑張れー!!さき!あ、やべ、シミ!!!』

『シミ!!!』

『お、が、頑張れ!』

徐々に僕たちの周りから罵声は消えていき、ステージの真ん中で立つシルに対する声援が増えていった。それと同時にどんどんシミさんのダンスのキレや、歌声の美しさ、可愛さが上がっていく。


(🎶〜🎶🎶〜🎶〜🎶🎶〜🎶〜〜🎶🎶🎶🎶。)

『🎶〜🎶🎶〜🎶〜🎶🎶〜🎶〜〜🎶🎶🎶🎶。…………はあ、はあ、はあ、ありがとうございました!!!!』

曲が終わり、シミさんが観客に挨拶する。

(ピュー!!)

『ありがとう!!!』

『うおおお!!』

ドームには誰一人罵声を出す人はいなかった。




結局その後は圧倒な得票率で「凪」の優勝が決まった。結果発表と同時に「凪」のメンバー全員の集合写真をつけた巨大な物体が、空へと上がって宇宙の方へ消えていった。後々聞いた話だとその物体は1044年後の「思想の終わり」の時までこのアイドルの星の衛星として記念に残るらしい。


『あ、あの、ルイくん……今日のライブはありがとうね。ルイくんの声援のおかげで何だかんだで優勝はできなかったけど楽しく終われたよ。ありがとう。私ね「ピンクダンス」のみんなと話し合ったよ。次回、来年こそ優勝するて。……今度こそ、夢を叶えるて。……だから、その、もし時間があったらまたこの星に来年きてね』

最後のシルさんは少し、過去に囚われきれない頼れるリーダーみたいだった。



アイドルは地獄で、苦しい。ファンは幻想に囚われ、それに気づかないようにしている。アイドルはアイドルで、地獄の競争と努力。そんな地獄だから輝く一人の少女、一つのグループが素晴らしいのかもしれない。後世に残るのかもしれない。地獄だから輝くのは一層眩しく美しく見える。



*作者(ライカ)からのコメント


最後まで読んで下さり有り難うございました。

何だか最後の結論は『推しの子』みたいになってしまいました。が、それでも良いかな?と思います。当たり前のことを伝える当たり前の物語になったけどよかったです。


アリステラの護衛のロイエンタール、シェーンコップは銀河英雄伝説のキャラ名丸パクリです。とても好きなキャラなので入れてしまいました。てか、文章を書いているときに、ちょうどアニメみていたからですね。


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