第7話 アンチ巨乳文化になった理由
数分後。
リリーに服を着てもらい、どうにか鼻血を止めた俺は、彼女の家でもてなされていた。
彼女の家は巨大な木の中にあり、これぞファンタジーと言った風情だった。
サキュバスというよりも、エルフの家を連想してしまう。
「え? リリーってこの森に一人で暮らしているのか?」
「そうだよ。母さんは1年前に出て行ったきりだし、ボクも20歳になったら子供を作るために森を出るけどね」
けっこう重めの話だけど、リリーは飄々と舌を警戒に回した。
神秘的な雰囲気のする美人だけど、外見とは裏腹にノリは軽く無邪気だ。
「でも不便じゃないか、こんな森の中で暮らしていて」
「魔法があるから平気だよ。この家も家財道具も、全部植物魔法や土魔法で作ったんだ。それに、ボクらサキュバスは人間に嫌われているし、街じゃ暮らせないよ」
「なんで?」
俺の問いに、リリーはお茶を淹れながら答えてくれた。
「ボクらはチャームの魔法で男を強制的に興奮させて子種を奪えるからね。そこから人の心を操る悪魔の化身って噂が立ってね。一部の人は、ボクらを人間じゃなくて魔族側だって信じてるくらいさ」
テーブルにティーカップを置いてから、彼女は自嘲気味に苦笑した。
「まぁ、おかげでヴァルキリーやアマゾネスたちと違って子作りは楽らしいよ。他の女系人種は、男にお金を払って子供を作るみたいだけど。ボクらはこんな下品な胸でも問題無し。キミは変態さんみたいだけどね」
ピースサインを作る彼女の言葉に、俺は引っかかるものがあった。
「ねぇ、女系人種って、女しかいない種族のこと?」
「そうだよ?」
「もしかして、みんなおっぱい大きいの?」
「当たり前じゃん。理不尽だよね。女しか生まれないからヒューマンの男の協力がないと子供を作れないのに胸とお尻が大きすぎて嫌われるなんて」
「逆、じゃないかな?」
「ん?」
俺の前の席に座りながら、リリーは首を傾げた。その姿が可愛い。
「紹介が遅れたね。俺は最近、国が異世界から召喚した勇者なんだ。ジョブは賢者。それで、俺の世界には進化心理学って言って人間の心理的特徴を生き物の進化と結びつける学問があるんだ。それによると、女性は男性から好かれるためのおっぱいを大きく進化させたんだ」
「いやいや、それはおかしいよ」
彼女は呆れ半分に笑いながら手をひらひらと振った。
でも、これは猥談じゃなくて、真面目な話だ。
「ライオンのタテガミ、ニワトリのトサカ、ゾウの牙。多くの動物は子供を作れるようになると体に大きな変化が現れる。異性はその変化を見て惹きつけられる。人間の場合はお尻とおっぱいだ。だから、本来はお尻とおっぱいが大きい程、男性からモテるはずなんだ」
その証拠は、いま、リリーが教えてくれた。
「女しか生まれない女系人種は全員巨乳。それは、女系人種は確実に子孫を残せるよう、ヒューマンの男性を惹きつけるために巨乳に進化したからだに他ならない」
「でもヒューマンの男ってみんな巨乳嫌いだよ。大きなおっぱいは下品で不格好で醜いって」
可愛いきょとん顔のリリー。本当に何をしても可愛いから困る。
「それはきっと、文化的な背景だと思う。俺のいた日本がそうなんだ。1000年前までは、日本は巨乳大好き文化だった。けど、着物っていう、貧乳のほうが綺麗に着られる服を着るようになると、巨乳は不格好って印象になった。それからは1000年間、アンチ巨乳文化だ」
俺の話に、リリーはやや前のめりになって聞き入ってくれた。
「それから外国文化が入ってきて着物を着るのをやめたら、今度は空前の巨乳ブームが起きた。一時期は、ただおっぱいが大きい、それだけでテレビ、えーっと、とにかく有名人の仲間入りをしたりスター扱いをされたぐらいだよ」
そもそも【巨乳】という単語が生まれたのは昭和だし、【ボイン】という言い方もこの頃に生まれた。
当時は、巨乳タレント、というジャンルが大人気で、特別トークが上手いわけでもないのに、ただおっぱいが大きいという理由だけでテレビに引っ張りだこだったし、番組の司会を任されることもあったようだ。
「なのに、最近またアンチ巨乳文化が復活した。理由は諸説あるんだけど、まず最初に性的でエッチなことは悪い事、おっぱいは性的でエッチなもの、だから大きなおっぱいは下品で淫らでイヤらしいモノって考えが生まれた。最近じゃイラストで胸の谷間が見えるのはもちろん、服の胸元が大きく膨らんでいるだけでもバッシングの対象だ」
「じゃあ、もしかしてこの世界も?」
俺は大きく頷いた。
「俺はそう思う。この世界も、昔は普通に大きなおっぱいに魅力を感じていた。けれど、文化的背景で大きな胸が忌避されるようになって、そうした社会で育った子供たちも巨乳を敵視する価値観が植え付けられたんだ」
「…………」
俺の話に、リリーは悩むように口を閉ざしてしまい、表情から無邪気さが消えてしまう。
「やだなぁ、そういうの」
それから、どこか達観した、大人びた口調で感想を口にした。
「外見は生まれ持ったものなのに、身体的特徴を悪物扱いされたら、どうしようもないじゃん……」
彼女の言葉に深い苦悩を感じて、俺もしばし黙った。
それは、凄くデリケートで、当事者以外が簡単に口にしていい問題じゃない。
だけど、俺は自然とその言葉を口にしていた。
「リリー、なら、俺と一緒にエリーゼ王女の軍に入らないか?」
「軍に?」
「ああ。この国は今、王位争奪戦の魔王討伐戦だからね。軍を持たないエリーゼ王女はヴァルキリーを集めて歩兵隊を組織した。あとは魔法兵が欲しいところなんだけどどうかな? うちの部隊は巨乳好きの俺とあとはヴァルキリーたち女系種族しかいないよ」
ちょっと媚びるような口調で勧誘してみる。
すると、リリーはちょっと悩んだ。
「う~ん、魔王軍との戦いかぁ……」
「あと実は俺、ストレージスキルでこの森の資源だいぶ取っちゃったから、君の生活にも影響するかも。給料はいい額出すからお願い」
「ストレージスキルってのが何かは知らないけど、賢者のキミが言うならトンデモない量を取ったんだろうね。OK、キミについていくよ」
「ほんと? やったね」
俺が指を鳴らすと、リリーは立ち上がり、メモ用紙に羽ペンで何かを書き始めた。
「元から20歳で森を出るつもりだったし、賢者でボクのことが好きなキミなら結婚してくれるかもしれないし」
「え?」
俺がドキリとすると、リリーは舌を出しながら小悪魔的な笑みを浮かべてスカートをたくし上げた。
「ダーリンのえっち」
俺が上げた純白のヒモパンを見せつけられて、俺はテーブルに身を乗り出した。
リリーが勝利の笑みを浮かべて、正気に戻った俺は甘美な敗北感に打ちひしがれた。
◆
同じ頃。
王城では第一王子のベクターが男子たち相手に講釈を垂れていた。
「がはははは! 心配しなくてもあの牛チチ野郎が王位につくことはねぇよ。何せあいつは軍を持っていない。いくら賢者がいても無駄無駄。そもそも、こっちにはハイランクが4人もいるんだからな!」
そのハイランク筆頭、勇者ジョブ持ちの鈴木森が瞬殺されたことには触れない。
ベクターの脳味噌は、都合の悪いことは都合よく解釈するようにできている。
坊主頭になってイラつく鈴木森の敗北も、何かの間違いだと信じて疑わない。
そしてそれは、他の男子たちも同じだった。
「ですよね。だいたいあんな性犯罪者野郎に賢者ジョブが使いこなせるかよ」
「言えてる。スペックが高ければ勝てるとか馬鹿の言いそうなことだよな」
「実際に戦ったらオレらのが強いでしょ」
「ていうかいくら強くても一人じゃな」
日本にいた頃は冷静だった男子も、今では周囲の同調圧力と熱に浮かされ、似たようなことを口走っていた。
●今日の雑学
おっぱいは貧乳でも子供を産むと一時的に大きくなる。
おっぱいは9割が脂肪、1割が乳腺。
子供を産むと母乳を与えるために母乳を作る器官である乳腺が発達する。
乳腺が発達した分おっぱいが大きくなる。
子供が乳児期を過ぎると元の大きさに戻る。
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