第10話 イキリ冒険者にバイバイキン
翌日の朝。
自らの足で隣国へ辿り着いた俺は、とある都市の冒険者ギルドを訪ねていた。
両手で羽扉を左右に押し開けると、長テーブルの上で朝食を食べながら作戦会議をしている冒険者たちが目に入る。
エントランスの構造は、どこの国でも変わらないのかもしれない。
テーブルとテーブルの間を通って受付カウンターへ足を運ぶと、若い女性が顔を上げた。
「おはようございます。初めてですか?」
「はい。隣の国から参りました。素材の換金がメインなので冒険者登録はしておらず申し訳ないのですが、本日はモンスターの生息地について尋ねたく参りました」
「確かに、冒険者さんというよりも商人さんみたいですね」
俺の言葉遣いに、お姉さんはちょっと感心した風だった。
荒くれ者が多いであろう冒険者は、敬語や丁寧口調なんて使わないのかもしれない。
「おっしゃる通り、私は商人かもしれませんね。ではまず、自己紹介とお近づきの印にこちらを換金させてください」
言って、俺はストレージから薬草をいくつか取り出した。
「まぁ、どれもレアリティの高い物ばかり。実力は本物みたいですね」
お姉さんは他の職員に薬草を渡してから、俺と向き直ってくれた。
「では、どのようなモンスターの生息地が知りたいですか?」
「ありがとうございます。ではこの国で一番高位のドラゴンの生息地を教えて貰ってもいいですか?」
「げひゃひゃひゃひゃ! おいおいオッサンまじかよ!?」
下卑た笑い声を振り返ると、テーブルの席を立った3人組がこちらへのしのしと歩いてくる。
3人とも筋骨隆々で体格が良く、腰には肉厚な剣や斧を挿している。
ついでに言えば、
――おっさんて、お前らもおっさんだろ。
とは思っても口にしないのが大人の対応である。
一方で、三人組はイキリDQN丸出しの下劣さで嘲笑してくる。
「あのなぁオッサン、ドラゴンと言えばモンスターの最強種。ザコのワイバーンやワームでさえBランク冒険者案件だ」
「テメェみたいなひょろっちぃモヤシなんかエサにもならねぇよ!」
「今の言葉は、日々命をかけて冒険者業をしているオレらへの侮辱だよなぁ、ああん!?」
最後の男は、メンチを切りながら腰の斧に手をかけた。
受付のお姉さんを一瞥すると、青ざめて萎縮してしまっていた。
他の職員も困るばかりで、仲裁はしてくれそうにない。
むしろ階段を駆け上がって逃げる職員もいた。
どうやら、自分でなんとかするしかないらしい。
「あの、要求はなんですか?」
「あん?」
「いや、結局、皆さんは私にどうして欲しいんですか? 謝れば許して貰えるんですか?」
俺は下手に出るでも居丈高に振舞うわけでもない、ビジネストーク風に淡々と尋ねた。
一方で、向こうは眉間にしわを寄せて声を荒らげた。
「テメェ、チョーシこいてんじゃねぇぞ!」
――出たぁあああああああ! DQNの常套句THE【チョーシこいてんじゃねぇぞ】。【調子こく】の意味知ってる? それともテンプレ典型文なの? 食事の前の【いただきます】なの?
「調子こくもなにも初対面ですよね? 私のことも知らないのに調子こいているって言葉がおかしいと思うんですが、何がどう調子こいているのか教えて貰えますか?」
「ッ、屁理屈言ってんじゃねぇぞジジイ!」
とうとうオッサンからジジイにクラスアップした。
なにがしたいのかまるでわからない。
小学生の頃からずっと気になっていることなので、俺はちょっと聞いてみた。
「あの、どうして貴方たちはこういうことするんですか?」
「はぁん?」
男たちは顔を歪めて睨んでくる。
「いや、だっておかしいですよね? 私たちは初対面ですし、皆さんに迷惑はかけていませんし、そもそも私は受付の方と話していて貴方たちに関わってもいません。なのに一方的に絡んできて怒鳴ったり睨んだりしてきました。これが悪いこと、相手に嫌な思いをさせる行為だっていうのは子供でも知っています。どうしてそれをするんですか?」
地球では、こんなこと絶対に聞かなかったのに不思議だ。
――俺も精神に余裕ができたのかなぁ。
俺の問いかけに、男たちは激昂した。
「うっせえええんだよボケがぁ!」
「屁理屈ゴネてんじゃねぇぞダボがぁ!」
「いいか、ここはオレらのシマだ! ここではオレらがルールでキングなんだよ! 新人の分際でオレらを不快にさせた責任取れやゴルぁ!」
こめかみに青筋を立ててがなり立てる男たちに、俺は静かな憎しみが湧いてきた。
こいつらは、本当の意味で価値観が違うんだろう。
他人に迷惑をかけた時に、罪悪感ではなく快楽を感じる。
その快楽を味わうために、インネンを付ける相手を探す。
そして難癖をつけて攻撃する。
しかもそれが許されると思い込んでいる。
救いようがない。
「おっさん、冒険者登録してねぇんだよなぁ!? なら冒険者をバカにすると痛い目をみるって教えてやるよ!」
腰の斧から手を離して、拳で殴りかかってきた。
――斧に手をかけたのはあくまで威嚇か。ここで殺人事件を起こす気が無いのは冷静だけど、なんだか小物に見えるな。
レベル48の動体視力と瞬発力で、俺はなんなく男の拳をつかみとった。
男の目が丸く驚く。
「なっ、テメッ、動かな……」
――弱いな。強化スーツを使うまでもない。
俺のレベルは48で、強化スーツの出力に追いついてきている。
それでも、出力を最大にすればもっと強くなれた。
「おい、なにやってるんだよ!?」
「こんなモヤシだぞ!」
仲間にどやしつけられて、男は必死にもがいた。
「うっせ、本当に動かねんだ!」
――あとは手首をひねり上げて力の差を見せつければ逃げるだろう……いや。
モンスターや魔族ではなく人間相手。しかも高校生たちの時と違って決闘じゃない。
殴る必要なんてない。
なのに、胸の中には30年分のモヤモヤがあった。
学校で、会社で、メディアのニュースでDQNを見るたびに思った。
ぶっ飛ばしてやりてぇ。
それこそ、少年漫画の主人公のように。
けれど、そんなことをすれば俺が悪になる。
日本は悪党を殴ると捕まる国だからだ。
でもここは日本じゃない。
襲い掛かってきたのは向こう側。
ちょっと痛い目に遭わせてもまた来るかもしれない。
なら、これは問題ないだろう。
そう思って、俺は空いた左手で拳、は作らず手の平を男の胸に叩き込んだ。
「ぶげぇぶぉおおおおおおおおおおおおお!」
「「ぎゃあああああああああ!」」
男が水平にぶっ飛び、後ろにいた二人を巻き込んで壁にめり込み動かなくなった。
俺の足元は反動に耐え切れず陥没していた。
そして、下がりゆく溜飲。
高校生との決闘とは違う、達成感。
30年分のモヤモヤが晴れていく感覚を覚えながら、俺はひとつの倫理観をアップデートした。
――悪党はブチのめしてよし! ただし自分か他人を守るために限る!
「これに懲りたら、弱い者いじめはいけませんよ」
安いセリフをキメてから、受付のお姉さんに向き直る。
「では話の続きですが、ドラゴンの生息地を教えてください……?」
お姉さんは唖然としたまままばたきをしてから一言。
「す、すごいんですね……」
遅れて、二階から大柄な男が下りてきた。
「こっちですギルマス!」
「ギルド内での乱闘はご法度だぞ! て、あれ?」
どうやら、さっきの職員は二階へ逃げたのではなくギルマスを呼びに行ったらしい。勘違いしてごめんね。
「彼らなら私が退治しましたよ」
「お前さん、見た目によらず強いんだな? その恰好、冒険者か?」
自身のビジネススーツに苦笑いしてから、俺は頬をかいた。
「いえ。私はフリーの素材収集人とでも言いましょうか。本日はこの国で一番強いドラゴンの生息地を教えて頂きたく参りました」
受付のお姉さんがハッとした。
「と、すいませんでした。それなら火山地帯に住むファイヤードレイクがオススメですよ」
「いや」
と、お姉さんの言葉を遮るようにギルマスが口を挟んだ。
「とあるダンジョンの奥に、もっと凄いのがいるぜ」
俺を注視しながら、ギルマスは階段を一段ずつ下りてきた。
「これは本来有料の情報なんだが、お前さんになら教えてもいい。迷惑料ってことでな」
「それは助かります」
どうやら、ギルマスは良識人らしい。
――それとも、俺に親切にして取り込む腹かな?
有料の情報という単語に、周囲の冒険者たちは聞き耳を立て、ギルマスは聞かれないよう、こっそりと耳打ちしてきた。
「ブルーサンダードレイク。推定レベル65の上級ドラゴンだ」
素敵な響きに、心が躍った。
◆
その頃、王城では兵士たちがこんな噂話をしていた。
「おい聞いたかよ。砦奪還戦の話」
「聞いた聞いた。勇者たち役立たずだったらしいな」
「ていうか仮登録のオッサン冒険者でもワンパンで倒せるような相手に30人がかりで負けるとか弱すぎだろ」
「とんだ期待外れだよな」
「あーあ、あんなクソガキ共に様なんてつけたくねぇよな」
「ていうかトップ5の1人なんて玉無しらしいぜ」
「ナニソレ笑える」
「おいっ、玉無し勇者たちだぞ」
「えっ? マジで!?」
「勇者様、お疲れ様です!」
兵士たちの敬礼を無視して通り過ぎながら、高校生たちは歯噛みした。
彼らの噂話はしっかり聞こえていたのだ。
コメント紹介
万能戦闘メイドロボ・・・武蔵さんか鹿角さんかはたまた三河さんか・・・(´・ω・`)
鏡銀鉢のイチオシは鹿角さんです。
日本中の一人暮らし童貞男子の元に鹿角さんがいたらみんなZ戦士並に覚醒するでしょう。
●万能戦闘メイドロボが好きな方は★とフォローをお願いします。
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