第4話 イキり高校生が弱すぎる!

 5日後の昼前。


 俺は王都発の馬車に揺られ続け、王都から遠く離れた砦周辺の草原に布陣していた。


 周囲は大勢の人でごった返し、その人込みは花見シーズンの東京上野公園のようだった。


 一人一人が違う装備のグループは、国中から集まってきた冒険者だろう。


 逆に、ある程度だが装備に統一感のある鎧姿の騎士たちは王国の軍人だろう。


 あくまでも地球の話だが、中世ヨーロッパの騎士の装備は現代の自衛隊とは違って持参品の私物らしい。


 だから、兵士は一人一人違う鎧が当たり前で、逆に全員が制服よろしく同じ鎧を着ているのはアニメの中だけだと思っていい。


 それに比べて、ある程度の統一感があるところを見ると、一定の規定を設けているのだろう。


「おい、あれを見ろ、勇者様たちだぞ!」


 その声に振り向くと、まさしく全員ひとそろいのまったく同じ格好をした制服姿の一団が姿を現した。


 俺と一緒にこの世界に召喚された、高校生たちだ。


 豪奢な鎧の騎士たちをボディーガードのように随伴させながら肩で偉そうに風を切って歩く彼ら彼女らの先頭を歩くのは、剣聖スキルを持つ刈谷とかいう男子と、散々俺を馬鹿にしてきた賢者スキルを持つあの男子だった。名前は知らない。


「彼らが陛下が異世界より召喚したと言う」

「全員戦闘スキル持ちのエリート集団らしいぞ」

「戦闘スキル、憧れるぜ」

「最初から戦闘のプロフェッショナルだもんな。オレらとはモノが違うぜ」


 冒険者や兵士たちが送る羨望の眼差しから、この世界における戦闘系スキルの価値がよくわかる。


 もっとも、俺には関係ないし関わりたくもない。


 俺はゆっくりと、気配を殺してその場から離れようとした。


「あれ? そこにいるのおっさんじゃね?」


 見つかった。


 そりゃ気配を殺して、とかできるわけないし。ていうか気配ってなんだよ。視界に

入ったら認識されるに決まってるじゃん俺の馬鹿。


 刈谷がこちらに近づくと、他の高校生たちも回遊魚の群れのようにぞろぞろとついていく。


 これがスクールカーストというものか。


 それとも、みんな俺を馬鹿にしたいのか。


 辟易する俺の気持ちを汲むこともなく、刈谷は得意げに180センチ以上ありそうな長身で俺のことを物理的に見下してきた。


「なぁんで無能のおっさんがこんなところにいるんだよ? おっさん生産系だろ? それとも武器係りか? この戦場って銅の剣でも役に立つぐらいぬるいんだな」


 刈谷の言葉が合図だったように、高校生たちは男女問わず爆笑した。


 続けて、賢者男子が嘲笑気味に口を開いた。


「冒険者ギルドに登録してクエスト受注、まぁ異世界転移生活の王道だけど、ここに来たのは勇み足だったんじゃない? オレらはこれから魔王軍に奪われた砦を奪還するんだ。砦のボスは相当な強さらしいし、オレらみたく戦闘系スキル持ちじゃないと」


 それが年上に対する口の利き方か、とたしなめたい気持ちをぐっとこらえた。ここは、大人として冷静に対処しよう。


「……けど、君らだってレベル1だろ? いくら戦闘系スキルを持っていても、いきなり実践てのはどうなんだ?」


「おっさんバカですクァ~? 戦闘スキルは持っているだけで一人前の戦闘技能を発揮できるんだよ。それに、あれからすぐに城の兵士と模擬戦をしたけど、オレらの圧勝。オレと刈谷なんて、10人がかりでも圧倒したぜ」


「それに、オレや高村たちトップ5は城の罪人を殺してもうレベル6だ」


 ――こいつら、人殺したのか!?


 賢者男子の名前が高村だと判明したことがどうでもよくなるくらい驚いた。


 仮にも倫理観の進んだ現代の令和高校生が、簡単に人を殺せるものなのか?


 サイコパス。


 いや、それとも特殊な状況下による認知の歪みかもしれない。


 突然超常の力を手に入れて、人の命が軽い異世界に転移、しかもゲームのような世界だ。


 それこそ、テレビゲームの敵キャラを倒すぐらいの気持ちしか湧かないのかもしれない。


 相手が犯罪者となれば、なおさらだ。


 以前、聞いたことのある実験だ。


 被験者に夫が妻を殴る映像を見せると、誰もが嫌悪感を示した。


 なのに、妻は浮気をした、という情報を与えた途端、被験者は快楽を感じたらしい。


 人は、正義の名を借りた暴力には快楽を感じる性質がある。


 俺も、もしも自分が悪党に襲われたら正当防衛で攻撃するだろうし、誰かを襲っている悪党がいても、救助の名目で攻撃できてしまうだろう。


 けれど、人殺しを誇らしげに語る刈谷には共感できなかった。


「まったく、おとなしく街で大工仕事していればいいのに。なぁ、おっさん邪魔だから帰ってくんね?」

「は?」


 刈谷の言葉に、俺は耳を疑った。


「わっかんないかなぁ」


 物覚えの悪い子供を相手にするように、刈谷は焦れた声を漏らしながら俺の肩に手を回して耳打ちしてきた。


「あのさぁ、オレら異世界召喚人はブランドなの。なのにおっさんがこの戦いでヘタレて異世界召喚人も大したことない、みたいに思われるのだけはナシじゃん? だからおっさんは正体を隠したまま地味ぃにスローライフ送っててほしい訳よ。社会人なら世の中の常識、わかるよね? ん?」


 完全に俺を見下し切ったモラハラ自己中発言に腹が立った。


 ブラック企業の上司や先輩、取引先にも似たような態度を取られたが、高校生で既にこの仕上がりとは恐れ入る。


 ――こいつ、将来は絶対にロクな大人にならないぞ。


 ここで従順な演技をして受け流すのは簡単だ。

 社畜時代、散々やってきたことだ。

 今更、頭を下げる回数が増えたところで微々たるものだ。

 なのに、俺は無意識に承諾の言葉を飲み込んでいた。


 ――俺は、異世界に来ても社畜なのか?


 子供の頃、俺は家族に逆らえない家畜だった。

 学校では、先生やクラスメイトに逆らえない学畜だった。

 会社では、仕事関係の人間に逆らえない社畜だった。


 そして今も、会社のではなく、社会に言いなりの、社畜になろうとしている。


 みんなは社会を生き抜く処世術と言うだろうが、海外からはNOと言えない日本人とバカにされている。


 何よりも、俺自身が嫌だと感じていた。


 ずっと理不尽の言いなりで、異世界に来てまで、理不尽の言いなりになんて、もうなりたくない!


 その思いが、俺の手を動かした。


「悪いけど、お前の命令を聞く義理ないんで。俺は俺のやりたいようにやらせてもらうわ」


 刈谷の胸板を手で押しのけて、俺は人込みに隠れようとした。

 すると、刈谷の不機嫌そうな息遣いを遮るように、違う男子の声が割り込んできた。


「おいおいテメェ、せっかく刈谷が話しかけてんのに何様だ!」

「そういう君が何様だ。まずは言葉遣いの勉強からやり直しなさい」


 前に進み出てきたスポーツ刈りの男子に、俺はキビキビと言葉を返した。

 男子の顔が、みるみる歪みながら赤くなっていく。


「んだとぶっ殺すぞオイ! オレの剣術スキルで経験値にしてやるよ!」


 これでオレもレベル2だ、と叫びながら剣を抜き、男子は俺に斬りかかってきた。


 ――遅。


 俺は振り下ろされる剣身を左手でつかみ取った。

 男子の剣も、俺の手も肘も肩も微動だにせず、まるで時間が止まったようだった。


「なっ!? このっ、このっ、うごかなっ!」


 男子はまるで壁面に突き刺さった剣を引き抜こうとするようにして全身を揺するも、俺の手に握られた剣はこゆるぎもしない。


 おそらくはDQN王が用意したであろう一級品の剣なのだろうが、手の平の中で握力に負けて曲がっていく感触を噛みしめながら、俺は男子の腹を軽く殴った。


「げぶぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 男子の両手は剣から離れて体は斜めに上にカッ飛びクラスメイトたちの頭上を飛び越え、地面に叩きつけられて三バウントしてからタルのようにゴロゴロと転がってからようやく止まった。


 陸地に打ち上げられて数分たち、死ぬ寸前の金魚のように痙攣している姿には、ちょっと罪悪感が湧いた。


 それでも、俺は一言だけ、どうしても言いたかった。


「わー驚いた。顔面に剣を振り下ろされるなんて殺されるかと思ったよ。けど、勇者って弱いんだな。じゃ、俺はこれで」


 目玉が落ちそうなくらいまぶたを丸く開いた高校生たちをその場に残して、俺は立ち去った。


 今のが暴力問題になることはないだろう。


 何せ、事案にすれば、勇者が負けたことを認めることになるのだから。


 むしろ、今の出来事は他言無用の緘口令が布かれるだろう。


 僅かに溜飲が下がる想いで、俺の足取りは軽かった。


 ちなみに、いくら強化スーツを着ているとはいえ、俺が剣術スキル持ちの剣筋を見切って手で受け止められた理由は。



 薄井恭二30歳 レベル48。

 森で上級モンスターを倒しまくった俺の動体視力の前では、あんなの止まっているのと変わらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る