第2話 強化スーツ

 一時間後。

 俺は冒険者ギルドに来ていた。


 俺は生産系スキルだが、ここなら素材の情報が聞けるだろうと思ったからだ。


 異世界転移と言えばの定番だが、この世界にもあって良かった。


 羽扉を両手で左右に押し開けると、酒を飲む男達で埋まった丸テーブルの間を通り抜けながら、奥のカウンターへ向かった。


「こんにちは。初めてですか?」


 若い受付の女の子が、優しくほほ笑みかけてくれる。

 生活に潤いなど皆無の俺は、これだけのやりとりに癒されてしまう。


「はい、えっと、凄く遠くの国から来まして、変な服ですいません。それで冒険者が俺に合っているかわからないので説明を聞きたいのですが」

「わかりました」


 受付嬢は嫌な顔ひとつせず、穏やかな口調で説明をしてくれた。



 彼女の話をまとめると、こんな感じだ。


 冒険者とは金次第でどんな危険な仕事も引き受ける何でも屋。


 収入源は主に二つ。


 ひとつはモンスターや薬草、鉱石などの素材を冒険者ギルドで換金すること。


 もうひとつはクエストと呼ばれる依頼をこなして報酬を貰うことだ。


 クエストは初心者向けの薬草採取やただの清掃活動や土方仕事から、上級者向けの凶悪モンスターの討伐や要人警護まで様々らしい。


 聞けば聞くほど、ラノベの世界まんまで助かった。


 冒険者には実力に合わせてランク付けがされており、難易度の高いクエストをこなすか強力なモンスターを討伐することで、昇格するようだ。



 ――俺が創造スキルで物を作ってもそれを金に換えられないと生活費を稼げない。ならせっかくストレージがあるんだ。森で薬草を大量に採取してそれを換金、てのが無難かな。


「登録されますか?」


 登録しようとして、そこでまた俺の心にブレーキがかかった。

 俺のストレージを活かせば、採取系クエストでお金を稼げそうではある。

 ただし、組織に所属するということは、縛られる、ということでもある。


「入会費や年会費はありますか?」

「ありませんが、初回のクエストの報酬から銀貨一枚分が差し引かれます」

「強制的に命令をされることはありますか?」

「ギルドからの強制クエストがあります。王室からのクエストや、街の危機などで発動されます」

「規則違反時の罰則はありますか?」

「罰金や活動停止、除名処分はありますが、刑法に触れる場合は憲兵さんが対応します」


 つまり、あのDQN王の言いなりで、逆らえば罰金を払わされると、それは辛い。もしも追放した俺が冒険者ギルドで生活していると知れば、干渉してくるかもしれない。

 俺は一考した。


「素材の買い取りは、冒険者登録していないとしてもらえないのですか?」


「できますよ。クエストの受注は冒険者登録が必須ですが、素材の買い取りは誰でもできます。でないとギルドを通さずに直接商人さんと取引する人が出てくるので、そこの間口はあえて広くしています。ギルドはあらゆる素材を年中買取しているので、買い取ってくれる商人さんを探す手間が無くて便利ですよ」


「なるほど……わかりました。じゃあ冒険者登録は良く考えておきます。では」


 そう言って、俺は踵を返した。

 けれど、「ありがとうございました」という声を背中にかけられるとなんだか後ろめたかった。

 コンビニに入って何も買わずに出て行くような気分だった。


 ――素材、いっぱい取らないと。


 そんな使命感が湧いた。



   ◆



 一時間後。

 俺は冒険者ギルドに貼り出されていた地図で確認した、王都郊外の森を訪れていた。


 鬱蒼と木々が生い茂る森の中は、太陽の光を遮って昼間でも薄暗く、少し不気味だ。


 けど、この森が俺の異世界生活の出発点になるのだ。


 周囲に誰もいないのを確認してから、手近な草をむしり、ストレージを使ってみた。


 スキルは、使おうと思えば使えた。


 変な感じだけど、三本目の腕を動かすように、使おうとすると発動する。


 同じように、収納した草を取り出そうとしたら取り出せた。


「ステータス画面にも収納ボタンがあるけど、これは何のためにあるんだ?」


 気になり、【収納】を指でタップすると、別の画面が開いた。


「ん? 範囲(最大一キロメートル)と対象(他者の管理下に無い物)と収納量(最大100パーセント)を決めてください?」


 それで気づいた。

 生きた動物以外をなんでも収納できるなら、敵の装備品も収納できてしまう。そんなの、とんだチートだ。


「つまり、誰の持ち物でもないものに限るってことか。でも、草を収納できたってことは、国とか組織とか法人は含めないのか? あと、一キロメートル先のものを収納できるって、それほとんど超能力のアポートだろ、そんなことができるわけ」


 わるふざけて、遥か前方の大木を意識しながらストレージを使った。

 大木はデザインソフトのレイヤーを削除したように消えた。


「…………マジ?」


 軽く愕然としながら、俺は試してみる。


「じゃ、じゃあ範囲は最大1キロメートルで、対象は創造スキルの材料になるもの。収納量は、生態系に影響が出るから半分。ただし木々と地面は10パーセント。金属は90パーセント」


 最後に【OK】を指でタップすると、木々の10パーセントが消えたせいだろう。森がちょっと明るくなった。


 そのコンマ一秒後、凄まじい量の情報が頭に流れ込んできた。


 ストレージに何がどれだけ入っているのか、まるで自分の家の引き出しや本棚のようにわかる。


 膨大な量の薬草、山菜、木の実、豆、鉱石、砂鉄、木材、粘土、堆肥、モンスターの死骸。


 それも、凄まじい量だ。


 ステータス画面の、創造可能物一覧を開くと、これまた凄い量が表示されていた。


「おぉ、もうこんなに作れるのか」


 一番下までスクロールすると、【カーボンナノチューブ製強化スーツ】まであって笑った。


「って、材料だけあってもこの世界の道具でこんなの作れるかよ」


 誰もいないのに、一人でツッコんでしまう。


「カーボンナノチューブってあれだろ? 人類が作れる史上最強の素材で、宇宙まで届く軌道エレベーターを作る時に使う、確か炭素原子をハニカム構造で繋げて作るとか言う。21世紀の日本でも少量しか作れないもんどうやって」


 戯れに【作る】をタップすると、目の前に黒いダイバースーツが現れた。思わず手で受け止めて、しばし沈黙した。


「…………え……えぇえええええええええええ!?」


 驚いた。超驚いて、素っ頓狂な声をあげてしまった。


「作るって、だってDQN王は大工スキルとか言っていたし、てっきり、作るって俺が手作りするんじゃなくて、完成品出せんの!? そんなのまるでゲームって、いやこの世界ほぼゲームだけどさ!」


 まさかと思って、俺は創造可能物一覧を、上から順に片っ端からタップした。


 すると、俺の回りには次々薬草から作ったポーションや木材から作った家具、粘土から作った陶器が現れた。


「やべぇ……創造スキルって、マジでチートじゃん……」


 しかも、素材は半径1キロ以内のものを自動で採取してくれる。


 こんなの、人間生産工場だ。


 驚愕に次ぐ驚愕、そして俺は、自分の手の中にある強化スーツの性能が気になった。


「これを着れば、もしかして……」


 とある誘惑がむくむくと湧きあがった時、不意に獣の咆哮が聞こえた。


 右を向くと、森の奥にサイのように大きく、象牙のように牙が長いイノシシがこちらに向かって突進してきた。


 延長上の木々をなぎ倒しながら進むソレに、俺は絶体絶命のピンチを感じて心臓が跳ね上がった。


「ぎゃあああああああああ! ちょっと待てよ神様! せめて強化スーツを着る時間ぐらいくれよ!」


 叫びながら、俺はイチかバチか、とある賭けに出た。


 ――強化スーツをストレージ・イン! 続けてストレージ・アウト! 場所は俺の装備する形で!


 そう念じた瞬間、俺は下着の中に何かが走り、肌と一体化するのを感じた。


 直後、巨大イノシシの牙が俺の胸板を直撃。


 俺はなすすべもなく吹っ飛ばされた。


 視界が回転して、樹木がへし折れる豪快な音と背中を撃つ衝撃に、けれど俺は冷静でいられた。


 まるで絶叫マシンに乗っているような感覚だ。


 スリルはあるが、危険は感じない。


「へぇ~、こりゃすごいや」


 なぎ倒された木々の中から跳ね起きて大地に立つと、巨大イノシシと向かい合った。


 ビジネススーツは引き裂けボロ布状態だが、体は全くの無傷、首から上も、薄型フルフェイスマスクが守ってくれた。


 ヘッドアップディスプレイ越しに巨大イノシシを見据えると、また突進してくる。


「今度はパワーテストだ」


 大地を揺らす振動が足の裏から心臓まで伝わって来る臨場感。けれど、俺は安心して左右の牙を両手の平で受け止めた。


「おぉおおおおおおおおおおおおおお!」

「■■■■■■■■■■■■■■!」


 五十音では表現できない獣の咆哮を上げながら、屈強な四肢を大事に突き立てるイノシシ。


 だが、俺の足はわずかに地面を抉っただけで、びくともしなかった。


 腕に伝わる衝撃、抵抗は、わずかなものだ。


「よし、じゃあこれはさっきのお返しだ」


 牙から右手を離し、左手一本で巨大イノシシの突進力を殺しながら、アゴにめいっぱいアッパーカットを叩き込んでやる。


 拳にアゴ骨が砕ける感触を感じた直後、推定体重2トンはありそうなイノシシは宙に放り出されて、鼻づらから地面に激突した。


 二度、三度と蹄の足を痙攣させて動かなくなった姿に、俺は少々の罪悪感を覚えた。

 そんな俺を支えてくれたのは、以前テレビで見た畜産家の言葉だった。



「ブタちゃん随分可愛がっていますけど、食べちゃうんですよね?」

「経済動物ですからッッ!」キリリッ



 ――愛玩動物のように猫可愛がりした豚だって食べる畜産家様に比べれば、俺とあのイノシシは縁もゆかりもない赤の他人! よしOK!


 俺の中で、モンスターを殺す決意が固まった。


 ありがとう畜産家様!


 貴方は俺の人生の先生です!



 木々の隙間から覗く青空に畜産家のおじさんの顔を思い浮かべながら、俺はガッツポーズを取った。

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