第3話 世界が丸い証明

 赤い夕陽が半分以上沈んだ頃。

 俺らは、マンバ半島という北東方角に長く伸びた半島の浜辺に集まっていた。


「さぁ、ここならば日没を見られる。ここでどうやって世界が丸いことを証明するのだ?」

「はい、まず皆さん、横一列に並んで、夕日に向かって腹ばいになってください」


 ステンノたちは不思議そうにしながらも、俺の真似をして、砂浜に腹ばいになった。

 しばらく待つと、夕日は徐々に海に沈み、ついに最後の輪郭までも失った。


「ステンノ様! 日は沈みましたよね!?」

「むっ、それは見ればわかるだろう」

「はいでは皆さん立ち上がってください!」


 ステンノたちはわけがわからないといった風に立ち上がった。そして、その顔を驚愕に歪めた。

 俺らの前には、未だ沈み切らない、夕日の輪郭が残っていた。

 そして、夕日はあらためて沈んだ。



「馬鹿な……日が、二度沈んだぞ? これはなんの魔術だ?」

「違います。先程、船の帆先の話をしたでしょう? 太陽は世界の丸みに隠れているため、視線を高くすると、こうしてまた太陽を見ることができるのです。だから」


 言って、俺は失礼だとは思いつつも左右に立つステンノと娘さんのわき腹を抱きかかえると、空を飛んだ。

 すると、再び日は昇り、俺らの顔は夕日に赤く染まり、二人はまぶたを上げた。


「こうして視線を上げると、また夕陽を見られるのです。素敵でしょう?」

「……私たちは、世界の端に追いやられた種族では、なかったのだな?」

「はい。この世界に端っこなんてありません。世界は丸く、平等です」

「ッッ……」


 腕の中で、ステンノは感極まったように震えた。

 何も言わなくても、それだけで彼女の気持ちは痛いほど伝わってきた。

 今、彼女は心の中で泣いていた。



   ◆



 夕日の沈んだ暗い浜辺に下りると、誰もが戸惑った表情をしていた。

 無理もない。

 一瞬にして人生観が変わってしまったのだ。

 その衝撃は、想像するに難くない。

 しかし、反応に困る女性たちの中で、口火を切ったのはステンノの娘だった。


「レイト、ボクらの住む場所が世界の端ではないことを教えてくれてありがとう。さっきはママが怒ってごめんね」


 クールな表情を少し緩めると、彼女は途端に親しみやすい雰囲気になる。やわらかい微笑の魅力に、つい胸が高鳴った。


 ――そういえば、女王の娘ってことはこの子、王女様なんだよな。同じ王女様では、前の職場とは天地の差だ。


 俺のことを大陸から追放したクズ王女のことを思い出しながら、俺は彼女に惹かれた。


「レイト、頼みがあるんだ」


 声を硬くしながら、彼女は俺の手を取り、真摯な眼差しで向かい合ってきた。


「ボクらを助けてほしい」


 周りの女性たちがざわつく中、彼女は俺と見つめ合ったまま、必死に訴えてきた。


「キミのお陰で、ボクらが世界の端に追いやられたわけじゃないこと、ボクらの住む場所が最果てじゃないことは分かった。けどね、現実的な問題は解決しないんだ」


 彼女は、声ににじむ悲壮感をこらえようとしていた。

 それは、決して卑怯な泣き落としにはすまいとする、彼女の高潔さの表れにも思えた。


「世界がどうであろうと、ボクらゴルゴン族には男がいない。滅亡を避けるには大陸唯一の男がいるヴァンパイアの協力が必要だけど、これからもヴァンパイアたちはボクらを劣等民族と蔑むだろう」

「なら、簾中にも世界が丸いことを教えればいいんじゃないかな?」


 俺の提案に、彼女は哀し気に首を横に振った。


「ただでさえ、ヴァンパイアは居丈高でプライドの高い種族なんだ。なのに、世界の中央に住んでいるっていう誇りを否定するような事実、受け入れるわけがないよ」

「……」


 それは、俺にもわかる。

 前にいた大陸も、とにかく傲慢でプライドばかり高くてものごとを自分にとって都合のいいようにしか解釈しない連中ばかりだった。


「だからねレイト、あらためてお願いするよ。士官先を探しているなら、ボクらのところに来て欲しい」

「俺に、君らを救えるかな?」

「ボクはそう思っている。キミにはリヴァイアサンを倒す力があるし、色々なことを知っている。その力と知識を、貸してほしいんだ。頼む」


 つむじが見えるほど深く頭を下げながら、彼女は俺に懇願してきた。

 彼女たちの価値観はまだわからない。

 それでも、前の大陸で散々王侯貴族たちに比べれば、支配層の娘が頭を下げるというのは、俺も人生観が変わるほどの出来事だった。


 ――いい子だな。


 前の大陸は違う。


 力のある平民を見つけると、自分の道具にしようとするだけだった。

 だからこそ、連中の言動は支配者層特有の者ではなく、単なる人間性の問題だと証明された気分だ。


「わかった。俺の力をみんなのために使うよ。ただし、俺からもいくつか提案がある」

「提案?」

「ああ。まず、ヴァンパイアをさらうのをやめること。もしもいま、捉えているヴァンパイアがいたら、俺が指示した時期に開放すること。その代わり、繁殖役は俺が務める」


 正直、ジョブガチャスキルで手に入れた【種馬ジョブ】の力があれば、24時間ノンストップで子作りができるし、一度の子作りで確実に妊娠させられる。


「それでも良ければ」

「ママ」


 彼女が母親へ振り向くと、ステンノは静かに目を閉じ、沈思黙考を経てから、まぶたを開いて頷いた。


「いいだろう。特に問題が無い限り、ゴルゴン族は貴公の指示に従おう。しかし、ヴァンパイアをさらうのが禁止となれば、我らを子を作れない。代わりに、貴公との子作りは今夜にも初めて欲しいのだが」

「ッッ」


 最後の言葉に、俺はうろたえながらも下半身がうずいてしまった。

 今更だけど、ゴルゴン族は全員美女で、しかも色々と豊満だ。

 ちなみに、さっきステンノと娘さんを抱き上げた時、すごくいい匂いがした。

 これで期待するなと言うほうが無理だろう。


「そ、それなんだけど、実は俺、経験ないんだよね。それでその、できれば最初は思い出にしたいから、相手を選ばせてほしいんだけど」

「構わん。それで、誰が良いのだ?」

「それは……」


 俺の視線は自然、ステンノの娘に向けられた。

 俺と目が合うと、彼女は最初のクールな表情が一転、わずかに頬を染めてくれた。可愛い。


「え、ボク?」

「う、うん。年もたぶん近いと思うし。それに、お姫様なのにみんなのために頭を下げた行動力と気概に惹かれたよ。もちろん、君さえよければだけど」

「ううん、いっぱい嬉しいよ。じゃあ、初めて同士、今夜はよろしくね」


 その時、彼女が見せてくれた満面の笑みで、俺は恋に落ちた。

 最初はクールだった少女が見せてくれた笑顔の魅力は底無しだった。


「あ、ところで俺、君の名前知らないんだけど」

「あーそうだったね。ボクの名前はメイデ。ゴルゴン女王ステンノの娘だよ」


 楽し気に笑いながら、彼女は俺の顔を抱き寄せ唇を重ねてきた。

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