第2話 この大陸美女しかいねぇ……
――どうしてこうなった?
一時間後。
俺は漁村の奥に建設された、大きな石造りの館に通されていた。
俺の左右には、古代ギリーシア地方の服を思わせるキトーン服姿のお姉さんが二人、槍を手に怖い顔で睨んでくる。
――めっちゃ警戒されている。そりゃあまぁ、いきなり空から人が降ってきたら警戒されるよね。でも、なんだか違和感が。
漁村の人たちが俺を目にした時の反応は、警戒、というよりも驚きに近かった。
それに、何故かさっきから女の人しか見ていない。
ちなみにみんな美人で胸が大きい。そんで、妙に髪が長い。正直、毛先が地面につきそうだ。そういう文化なのかな?
石造りの館には絨毯が布かれておらず、石床が剥き出しだ。
大陸の辺境国でも、レンガぐらいは使っているのに。
まるで古代遺跡の中にでもいるようだ。
文明レベルは、あまり高くないように思える。
「ステンノ様、空から降ってきた男を捕らえました!」
木製の門の前で、衛兵の女性が声を張り上げた。
「入れ」
という美しく威厳のある声が返って来ると、衛兵の女性は門を押し開けた。
謁見の間、なのだろうが、前にいた国の倍以上の広さがあり、まるで祭事を執り行う神殿のようだった。
何百人と言う美女たちが床に直接座り、俺に視線を向けてきた。
ここは娼館かと思うほどのプレッシャーを感じつつ、視線を上げると、ソレに目が留まった。
美女たちの向こう側、部屋の奥には座りにくそうな石造りの玉座に布を布き、その上に背の高い女性がお尻を落ち着けていた。
その威容に、俺は一目で視線を奪われた。
ひと際長くボリュームのある髪は玉座から溢れ、床に垂れているのもさることながら、前いた大陸では見たこともない程の絶世の美貌にはち切れんばかりに実ったバストが衝撃的だった。
左右に控える文官らしき女性から、何か報告を聞いている最中だったように見える。
「ほう、貴公が空から落ちて来たという男か。待っていたぞ。私はゴルゴン族の王、ステンノだ」
「ゴルゴン族!?」
それは、伝説上の怪物の名前だ。
曰く、頭から髪の代わりに無数の蛇が生え、見た者を石に変えてしまうと言う。
けれど、さっきから目が合っているけど俺はなんともないし、ステンノ頭から生えているのは美しい紫色の美髪だ。
「なんだ、ゴルゴン族を見るのは初めてか? なら、もっと近くで見よ。近う寄れ」
言うなり、床に垂れる髪の1房が蛇のようにうごめき、10メートル以上も伸びて俺に巻き付いてきた。
髪がわき腹に食い込み、そのまま、大蛇を思わせる膂力で俺は宙に持ち上げられて引き寄せられてしまった。
「ほお、若いだけでなく可愛い顔立ちをしているな。好みだぞ」
絶世の美貌が目の前に迫り、ちょっと恥ずかしい。
「ふふ、それで貴公の名は?」
王と言う割にはややくだけた態度でやや面食らうも、俺は背筋を伸ばしながら礼儀正しく答えた。ちなみに、髪はもうほどけている。
「海を越え、中央大陸から参りました。レイトと申します。現在、士官先を求めて旅の途中でございます」
「中央大陸? 大陸の中央から来たという意味か? だが、髪も目も黒い。男なのに、ヴァンパイアではなさそうだ……余程の稀少少数種族か?」
色々と疑問が残る言葉に、質問してもいいのか悩んだ。
「士官先ならここに住むが良い。男なら繁殖役がいる。仕事はうちの女たちと子作りすること。あとは自由にしな」
「はひっ!?」
爆弾発言に、王様の前だと言うのに俺は変な声が出てしまった。
部屋を埋め尽くす爆乳美女たちとのハレンチ極まる淫乱な妄想が膨らみそうになってから、必死に理性を保った。
「あ、あの繁殖役ってなんですか?」
「その反応、どこぞの孤島出身か? なら説明が必要であろう。この大陸に男はヴァンパイア族しかおらん。我らゴルゴン族を含め、他はヴァルキリー族、アマゾネス族、デュラハン族など、女しか生まれない人種だ」
――ゴルゴン!? ヴァンパイア!? どれも伝説上の存在じゃないか!?
もしかすると、彼女たちが元ネタなのかもしれない。
「え!? じゃあどうやって……」
子供を作っているんですか、と聞く前に、ステンノは飄々と答えてくれた。
「ヴァンパイア族から男をさらうのだよ。どの人種もな。そして繁殖用に皆で共有し、子種を搾り取る」
嫌悪感で、こめかみと胸に重たい圧迫感が生まれた。
前の大陸では、王女に忠言して追放された。
口は災いの元。
権力者に逆らわないのも、生き抜くための処世術だ。
それでも、やはり俺は黙ってはいられなかった。
「それではまるで性奴隷ではないですか。相手の男性の気持ちを考えないのですか?」
やや語気を強める俺に、けれどステンノは自虐的な微笑を浮かべた。
「生憎と、我らを蛮族と蔑む輩の気持ちをおもんばかる程の余裕はないさ」
「え……」
唖然とする俺に、ステンノは続けて説明してくれた。
「奴らヴァンパイアは、この大陸の中央に住んでいる。一方で、我らゴルゴンは見ての通り、海辺という世界の果てに追いやられた種族だ。まぁ、見下して当然であろうな」
やや視線を伏せ、悲観的に声のトーンを落とすステンノ。
けれど、その声はすぐに熱を帯びた。
「だが、我らもただ虐げられるばかりではない。奴らが我らの祖先を世界の端に追いやり祖先の勝利を盾に我らを蔑むならば容赦はせん。我らは奴らを拉致し、奴らの忌み嫌うこの世界の端に縛り付け死ぬまで搾取するのみだ」
ステンノが語る間、部屋を埋め尽くしていた美女たちは皆、劣等感や自己否定感、そして怒りや反逆心の入り混じる、複雑な表情を浮かべていた。
きっと、自分たちの現状に並々ならぬ想いがあるに違いない。
だけど、俺は彼女たちの大きすぎる勘違いについて、指摘したくて仕方なかった。
「心配せずとも、恨みの無い貴公をどうこうしようとは思わん。ある程度なら抱く女は選ばせてやるし、疲れればその日の務めは免除しよう。それとも、貴公も世界の端で暮らすのは嫌か?」
「ここは世界のはしっこじゃないですよ。他にも大陸あるし世界は丸いので」
世界の時が凍り付いたような静寂に、耳がきーんとした。
「……貴公は何を言っている? 他にも大陸? 世界が丸い?」
眉をひそめるステンノに、俺はいっそう語気を強めた。
「先程も言いましたが、俺はこの大陸より海を越えて遥か東の、中央大陸という地から参りました。また、この世界は丸いボールのようになっておりまして、中央や端というものはありません」
「そんなわけがなかろう!」
ステンノは石のひざ掛けを鋭く叩いて怒鳴った。
尊大な印象を受ける彼女らしくない態度だが、それだけ彼女の琴線に触れる内容なのだろう。
けれど、こちらもここで引くわけにはいかない。
「本当です。俺の大陸では男と女の数は同じで、現にヴァンパイアではない男の俺が目の前にいるじゃないですか」
「むっ、それは……待て、東の大洋を渡ってきたと言うが、リヴァイアサンはどうした?」
「倒しました」
「馬鹿を言うな! あれは今まで多くの同胞の命を奪った我等が怨敵にして生きた災害。人の手に負えるものではないぞ!」
「これが証明です」
言って、俺はアイテムボックスからリヴァイアサンのウロコを一枚取り出した。
タワーシールド並みに巨大な真紅のウロコに、部屋は騒然となった。
「必要なら死体をまるごと出しても構いませんが、館が壊れてしまいますね」
ステンノは息を呑みながら、負けじと反論してきた。
「だ、だが、世界が丸いボール状な訳がなかろう! 丸い大地にどうやって人が立つ? そもそもそれでは海が全て下に落ちてしまうだろう!」
「それはありません。まず、世界は人間が丸みを感じることができないぐらい大きいため、立つことはできます。また、下とはボールを中身のことで、ステンノ様の反対側に立っている人から見ればステンノ様が天上からぶら下がってるようなものです。この世界の物質は全て、球体の中に引っ張られているのです」
「貴公、いくら世界の端に住む蛮族だからと我らを愚弄しているのか? 古都と次第によっては死ぬまで家畜として絞り殺してくれるぞ?」
ステンノは溢れそうな怒りを抑えるように握り拳を震わせ、切れ長瞳を細め、射殺すように睨んできた。
対する俺は、熱弁を振るって向か撃つ。
「証明できます。海辺に多くの船が停泊していましたが、皆さんは海辺に住むだけあり、船に精通しているとお見受けいたします」
「無論だ。我らゴルゴンは海の民。主食は海産物で陸より船の上にいる時間が長い者も珍しくはない」
「では尋ねます、水平線の向こうから船が現れる時、帆先から現れますよね?」
「それがどうした?」
苛立たし気なステンノと、それから部屋を埋め尽くす皆へ届くよう、俺は声を大にした。
「世界が平らなら! 船はどれだけ離れていても小さく見えるだけのはず! なのに上から順に見えるのは、船が丸みに隠れているからじゃないですか!?」
「なっ!?」
再び、部屋がざわついた。
「それに、夜、遠洋漁業をした人はいませんか? なら気づいているはずです。東西に移動しても星の見え方は変わらないのに、何故か南北に移動した時だけ星の見え方が変わることに。あれは空が東から西向かって流れているため、東西に移動しても変わりませんが、南北移動すると皆さんが丸みに影響されて星の角度が変わるんです」
一斉に、美女たちが隣近所と騒ぎ始めた。
そこかしこから、
「確かにそうだけど」
「あたしもある。東に行っても変わらないけど南に行ったら星座変わるよね」
「え、あれって気のせいじゃなかったの?」
という囁き声が聞こえてきた。
――地球の自転や公転についても説明したいんだけど、そっちまで説明すると混乱するから今は黙っておこう。けど、いい感じだ。流石は漁業民族、理解が早いや。
このまま納得してくれるかとも思ったけれど、だがステンノは再びひざ掛けを殴りつけた。
「そんなわけがあるか! 何が星の見え方が変わるだ。そんなもので世界が丸い証明になるか!」
「なら明日の朝、日の出前に浜辺に集まってください。俺の言っていることが本当だと、皆さんに物理的に証明して見せます」
「黙れ! もう貴公の話は聞きたくない! だれか、この不愉快な男を地下牢に閉じ込めておけ!」
「待ってよママ」
若い声に振り返ると、玉座近くに座っていた美少女が立ち上がった。
年は俺と同じぐらいだろうか。
ステンノと同じく紫色の髪と豊満すぎるバスト、それにクールな切れ長の目元が魅力的な絶世の美貌の持ち主ではあるものの、顔立ちにはまだ十代の愛らしさがある。
やや無機質でぶっきらぼうな口調で、彼女はステンノに語り掛けた。
「彼はあのリヴァイアサンを倒した英雄だろう? それほどの傑物の話なら、聞くに値すると思うよ。どうしても納得できないなら、彼のことはボクに任せて貰えるかな?」
ママと呼ばれる以上、母親なのだろう。
ステンノは娘の頼みは無下にできないらしく、息を突いて玉座の背もたれに体重を預けた。
「いいだろう。では明日の日の出を待ってやろう」
「それなんですけど、夕日が海に沈むところを見られる浜辺があっても証明できます」
「……ここは大陸の東側だが、そうだな、マンバ半島の舳先なら見られるだろう。今から移動すれば、日没にも間に合う」
「それは助かります」
わずらわしそうなステンノとは対照的に、俺は勝利の笑みを浮かべた。
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